memorys,01
こちらの作品にお立ち寄りくださり、ありがとうございます。
あらすじにも書いてあるとおり、こちらは〜執事と恋したら、どうなりますか?〜のスピンオフとなっております。2019年7月〜2022年2月で投稿し、完結済みの作品です。
今回、執事目線のお話を書きたくなり、4年越しになってしまいましたが、この度、実現いたしました。
私にとっては思い出深い長編ラブストーリーをまたこうしてかけることが出来て嬉しく思っております。
もし、興味があれば本編と一緒にお楽しみいただけたらと思います。
一章は、白藤あおいの目線を描いた物語となっております。
どうぞお楽しみください!
豪華なパーティー会場で、俺は嘘の笑顔を浮かべ、主人の隣に立っていた。
今の主人は坂城グループの社長。そこそこ名の知れた、紳士服を専門に取り扱う会社を海外にまで広げたやり手の男だ。
「おい、白藤。俺はあっちにいる柏社長に挨拶して来るから、しばらくどこかで待機していなさい。何かあれば呼ぶ」
「かしこまりました」
俺は軽く頭を下げ、言われたとおり待機場所へと移動する。
主人の目の届く範囲で、呼ばれればすぐさま駆けつける距離にいなければならないため、待機場所といっても会場の壁側で立っているだけだ。周りには豪華な料理もあれば、ウエイターが美味しそうな飲み物を運んでいる。それに手をつけることもないまま、長い時間を過ごさなくてはならない。
不意に視線を感じて、目だけをそちらへ向ける。そこには、数名の婦人たちが何やらヒソヒソと内緒話を交わしながら、熱っぽい目を俺に注いでいた。
(だるっ)
俺は少しだけ場所を移動し、その視線から逃れるように距離を取った。だが、場所を移動しただけで、婦人たちの熱い視線から逃れられたわけではない。
このパーティー自体に嫌気が差して、俺は聞こえない程度の小さなため息を吐いた。
「もしかして、気分でも悪いかしら?」
いきなりかけられた言葉に、俺は少し驚いて目を見開く。ため息は確かに吐いたが、表情を崩さないよう、細心の注意を払っていた。誰かに悟られることはないと思っていた。
だから、余計にその言葉は俺を動揺させた。
「ごめんなさいね。急に話しかけられて迷惑だったわね」
「いえ、とんでもございません」
四十代半ばか後半のその女性は、年齢にあったシンプルな黒のドレスを着て、地味過ぎず派手過ぎず、とても落ち着きのある気品を兼ね備えていた。先ほどのご婦人のように甘ったるい視線を向けてくることもなく、ただ心配そうに眉を下げ、俺を見つめていた。
「あなた、坂城家の執事さんでしょ? 若いのに、とてもしっかりしてるのね」
「あ、いえ……ありがとうございます」
「あら、ごめんなさい。いきなり、こんなおばさんに話しかけられても困っちゃうわよね」
自分をおばさんと言うが、このパーティーは名の知れた企業が集まる場。目の前にいるのは、どこぞの社長夫人かご令嬢なのは、言わずとも明らかだった。
俺は失礼がないように、深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。わたしが何か不快になるような表情をしてしまったようで……それなのにお気遣いくださり、ありがとうございます。わたしは何も問題ございませんので、心配には及びません」
丁寧にお詫びとお礼を告げてから顔を上げると、女性はおかしそうに俺を見て笑っていた。
「本当に立派な執事さんね。真面目なところは、そうね……うちの神木に少し似てるかしら」
「え?」
「良かったら、これ……受け取ってくださるかしら」
女性が俺にそっと何かを手渡す。
それは名刺だった。
「朝比奈、涼華様……」
「もし困ったことがあれば、遠慮なくわたしに連絡してちょうだい。なんでも相談に乗るわ」
そして涼華は小さく手を振って、また会場の中心へと戻っていった。
「朝比奈って、あの朝比奈かよ」
大物の名前に、俺はしばし唖然とした。
これが初めて、涼華と出会った日だった。
◇◇◇ ◇◇◇
涼華から名刺を貰ってから二年の月日が流れた。
そんな俺の耳に届いたのは、今仕えている主人の会社が経営不振で、業績が悪化しているという噂だった。もしかしたらと察していた頃、主人から呼び出しを受けた。
「もう耳にしてるかもしれないが、白藤……もうお前を雇えるだけの余裕がなくなった。今月いっぱいで屋敷から出ていってほしい。もし、違う屋敷に移りたいなら、わたしの方で伝手を探すが」
「いえ、そのようなお手間は要りません」
「そうか。急にこんなことになって、すまなかった」
主人は落胆を顔に滲ませながら、俺に頭を下げた。
「執事に頭を下げないでください。わたしのことは心配いりませんので、どうか旦那様もあまり気に病まないでください」
「ありがとう」
俺は仕事を失くしてしまった。
今の主人は、転々としてきた屋敷の主人たちの中では、良い人の部類に入っていた。奥様を早くに亡くし、残された息子たちと懸命に会社を守ってきた立派な人だ。そんな主人のもとを離れるのは惜しいが、経営難という事情であれば仕方がない。
(しかし、どうしたもんかな)
執事を好きで続けてきたわけではない俺にとって、また新しい屋敷に移るのは億劫に感じた。しかし、短い期間で、執事とはまったく関係ない職種に就くのは少々困難なことではあった。多少のことはなんでも卒なくこなせる自信はあるが、これまで執事しかしてこなかった俺には、それ以外の仕事に深く関心を抱いたことがない。
(こういう時に夢とかあればいいんだろうけどな)
夢を持つ暇もなければ、それ以外の選択をさせてもらえなかった。
自分の部屋へと戻ってきた俺は、椅子に腰かけ、胸ポケットにしまっていた手帳を開く。そこには数枚、名刺が挟まれていた。
パーティーなどに主人の付き人として参加すると、毎回のように婦人たちから名刺を貰うことがある。けれど、それは俺を執事としてではなく、男として見る、下品な下心ゆえの誘いだとわかりきっていた。正直、そんな色目を使う婦人が蔓延る屋敷に仕えるのは嫌悪しか湧いてこない。
新しい仕事が決まるまでの繋ぎ程度と思って、適当な屋敷を探すしかないかと、半ば開き直った状態で名刺に目を通していく。すると、ある一枚の名刺が目についた。
「朝比奈涼華……朝比奈財閥のご令嬢か」
二年前に出会ったきり、顔を合わせることもなければ、連絡を取ったこともなかった。けれど、涼華は他の婦人たちと違って色目を使うこともなく、普通に俺と接してくれていた。
しかも、顔色を変えていない俺の心配をした不思議な人物でもある。
「とりあえず、連絡してみるか」
もう二年が経っているため、声をかけた執事のことなど、当に忘れているかもしれない。それでも、連絡を取ってみる価値はあるだろう。
俺は、ポケットからスマホを取り出し、名刺に書かれた電話番号を入力した。
数日後、俺は朝比奈家ではなく、九条家の前に立っていた。
「ここが……九条家」
涼華に連絡をすると、俺のことを今でも覚えていたようで、事情を話すと快く会うことを承諾してくれた。しかし、なぜか朝比奈家ではない家に来るよう指定された。
自分で朝比奈涼華について調べてみたところ、どうやら再婚して、今は九条姓を名乗っているようだった。
「朝比奈家を出ても、ご立派な屋敷に住んでるもんだ。よほど、九条家も裕福な家柄なんだな」
九条家についても調べてはみたが、どうやらドレスコンテストで優勝した逸材らしいところまでは把握できた。しかし、それ以上のことはあまり詳しく載っていなかった。それでも、目の前に広がる豪邸を前にすれば、どれだけの実力者なのかは一目で想像がつく。
俺は一つ息を吐き、豪邸へと続く道を歩き出した。
「連絡をもらえて嬉しかったわ。白藤くん、一段と男前になったんじゃない。けど……あまり顔色は優れないみたいね。今のお屋敷は大変なの?」
用意された珈琲に口をつける俺を見ながら、涼華がまた心配そうに言った。
「いえ、そのようなことは」
「でも、残念ね。坂城グループの社長さんはとても良い人なのに……経営難で会社が吸収合併されると聞いたわ。とても惜しいことね」
「はい」
「けど、白藤くんがわたしたちの家に来てくれるのはとても幸運ね。あの時、スカウトしておいて正解だったわ。こうして連絡をくれてありがとう」
屈託のない笑顔を向ける涼華に、俺は内心安堵していた。
変な目を向けられないことが、今の俺にとって一番ありがたい。
「それでなんだけど」
「すまないすまない! 待たせたね」
涼華が話を切り出した時、応対室に男性が慌てて入ってきた。この人が九条家の主人だと察し、俺は立ち上がり、軽くお辞儀をする。
「頭を上げて、座って構わないよ」
「失礼します」
「わたしは九条俊彦だ。君のことは涼華から話は聞いているよ。これからよろしく頼む」
挨拶し終えた途端、涼華が俊彦の肩を少し強めに叩いた。
「ちょっと! 俊彦さん、まだ家の事情を何も話してないんだから……しっかり聞いてもらってから、白藤くんに決めてもらわないと駄目よ」
「そうか、そうだったか。ごめんごめん」
俊彦は楽しげに涼華を見て微笑む。なんとも言えない和やかな空気に、俺は自然と肩の力を抜いた。
(なんか平和ボケというか……呑気というか)
今まで仕えてきた主人たちとは明らかに違う穏やかな雰囲気の二人に、思わず笑みが零れる。
「それじゃあ、本題ね!」
涼華がパンッと手を叩くと、俊彦は背筋を伸ばして俺に目を向けた。
「知ってるとは思うが、涼華と俺は再婚したばかりなんだ。朝比奈家からずっと仕えてくれている神木くん一人が、すべての業務を管理してこなしてくれているんだが……これからわたしも、仕事で海外を飛び回ることが増えそうなんだ。そういう時は、やはり身の回りのことを頼める人を、一人連れていかないといけないと思ってね」
「この人ね、仕事のことになると食事を摂るのも忘れちゃうの……けど、わたしがいつも見張るわけにもいかないでしょ? だから、つきっきりでお世話をしてくれる人が必要になってくるの」
話の流れを聞く限り、俺が俊彦の見張り役として選ばれたのだろうかと、一瞬考えた。
「それでは、その神木さんに代わって旦那様のお世話をわたくしに……というお話でしょうか?」
「それも考えたんだけど、わたしも俊彦さんについて行くことが多いから、長年仕えて、わたしのこともよく理解してくれている、神木くんを連れていくのが一番だと思ってるの。だから、白藤くんにはお屋敷で、わたしたちの子供たちのお世話をお願いすることになると思うわ」
子供たちという言葉に、俺は頭の中にある記憶を巡らせた。涼華には二人の息子がいると、調べた時に知った。
(まあ、男二人ならなんてことないか)
男相手なら、さすがに色目を使われることはない。
そう思っていた俺に、俊彦が告げた。
「家には涼華の息子二人と、わたしの娘が一人いる。わたしの娘に関しては、まだこういう財閥のような家の環境に不慣れな子だ……白藤くんには、わたしの娘のサポートもお願いしたいと思っている」
「娘さん?」
俺はザワっと、嫌な記憶に背中が震える。
「新しい環境でいろいろ困ることが多い。そんな娘を支えてあげてはくれないだろうか? 兄弟や神木くんとはだいぶ打ち解けてきてはいるが、神木くんがいない時に頼れる人は兄弟だけになってしまう。余計なところに気を遣う子だから、うまく兄弟たちに頼れないんじゃないかと心配なんだ。だから、白藤くんが代わりとなって、様子を気にしてもらえると助かるんだ」
「亜矢ちゃんって言うんだけど、とっても優しくていい子なの。きっと白藤くんも亜矢ちゃんに会えば、気に入ると思うわよ」
「どうかな? 家の執事として働いてもらえないだろうか?」
令嬢に対しては、あまりいい印象はない。けれど、それだけのことで仕事を選んでもいられない。
俺は嘘の笑顔を向ける。
「喜んで……誠心誠意、仕えさせていただきます」
そう答えると、涼華も俊彦も嬉しそうに笑顔を浮かべ、俺に握手を求めた。
俺はいい執事を演じ、その手を取った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
始まりは、本編では描かれていなかった白藤が涼華にスカウトされるお話でした。
涼華さんの行動力と洞察力がすごいと作者も拍手(笑)
次回からは本編に沿って進んでいきますので、白藤はあの時何を考えて行動していたのか?
想像しながらお楽しみいただけると嬉しいです。
それでは引き続き〜お嬢様と恋したら、どうなりますか?〜をよろしくお願いいたしますm(_ _)m




