勇者ですが何か?(19)次の試合ですが?
初戦を終えて、広場の端の待機場所に向かったアイリーン。
アーシャやチームメンバーの少女達はそこにいて、すぐに負けた二人はアーシャの手を取り、すごいだの、やった! などと喜んでいた。
そんな二人の態度にアーシャは苦笑いで返していた。いつもなら大喜びするところだったが、今は心から喜べなかった。
アーシャ達の近くまで来たアイリーンにアーシャ達は振り返る。二人の少女は気まずそうな表情でアイリーンを見ていた。
「……」
沈黙が4人の中に流れる。気まずい空気を感じ取りアイリーンも何も言わない。そもそも、今まで口を聞くこともほとんどなく、ただ馬鹿にされてきただけのアイリーンだ。そして馬鹿にしてきた方の少女達でもある。勝ったことのない少女の勝利は素晴らしいことだが、今まで見下してた相手が勝利を運び、見下した自分たちは呆気なく諦めて負けた…。その状況の中でアイリーンと二人の少女はどうすればいいのか?何事もなかったかのように今までの関係性のまま次の試合を迎えればいいのか?それが分からなかった。
そんな沈黙を破ったのはアーシャだった。
「そういやあんた達さぁ、諦めてたでしょ?」
その言葉に肩をビクッとさせてアーシャに振り返る二人。
アーシャが怒っていると思い手をブンブンと横に振る。
「ち、違うよ! あれは、ちょっと、調子が悪かったっていうか! その…ねぇ?」
「そ、そう! 昼の休憩のせいでちょっと体がなまってたっていうか! ねぇ?」
2人の慌てた言い訳にフゥと小さく笑うアーシャ。
「別に……あんたらに怒っちゃいないよ」
(そう、か……怒ってるのは2人にじゃない……。誰に? アイリーン? それとも……私自身に?)
アーシャはアイリーンの方を見る。アイリーンもアーシャ達の方を見ていた為に目が合う。アイリーンの顔は午前までの顔とは違い、自信と、初めての勝利への喜びで、凛々しく、強く見えた。
(そう…か、私は嫉妬してるんだ……。私の持っていないモノを持つアイリーンに。何を言われても揺るがない気持ちを持つこの子に…。そして今まで負け続けてたのに勝利を手にしたこの子に…。嫉妬してるんだ)
アーシャは2人の少女の間を割るようにしてアイリーンの近くへと足を進めた。
それに対して、2人は疑問を持ちつつ、その行方を見守る。
アイリーンもまた、アーシャが近づいて来た為、体の向きをアーシャに合わせる。
「……何?」
「さっきも言ったけど、今まであんたを馬鹿にしたことは謝るわ。見事に勝利を導いたのはあんたなわけだしね」
アーシャの意外な言葉にアイリーンはたじろいだ。いつも自分に強気で来てアイリーンを認めるような発言はしないのに、今は悔しそうにとはいえ、自分を認めている。
「あ、ありがとう……」
「とにかく! 次も勝つわよ! あんたたちも、次はもう少し頑張りなさいよ」
アーシャはアイリーン含む3人を見ながらそう言って、「ほら」と試合観戦を促した。
そのタイミングで2人もアイリーンに気まずそうに頭を下げ、アイリーンも苦笑いしつつアーシャ達と共に試合の始まる広場へと目をやった。
次の試合は『第三チーム』対『第四チーム』の試合だった。
「ではメイジー率いる第三チーム対、レベッカ率いる第四チームの試合を始める! 両チームとも正々堂々と戦うように! それでは……両チーム、離れよ!」
その言葉に少女達はポジションを動く。第三チームの少女達はリーダーのメイジーを後ろに置き、残りの3人が前に横並びに構えていたが、レベッカはなんと先頭に立っていた。
「先頭に……?」
アーシャはレベッカを険しい表情で見つめる。レベッカの顔はいつも通りの凛とした表情だった。
「……気に入らないわね」
そして教官の女騎士の笛が鳴った。
ー勇者ですが何か?ー(19)
<アリアーハン近隣の森>
警備兵達の隊列は、森の入り口近くで、街に連絡を取ると言っていた警備兵が来るのを待っていた。
「遅いな…何してるんだろ?」
「ワイン飲んでるんじゃねーの?」
警備兵の中には地面に座り込んでいる者達もいて、士気は相当に低いことが見れば一目同然だった。
森の中に目を配らせていた1人がため息を吐きながら振り返り、叱る。
「お前らもっとシャキッとしろよ! 俺たちは騎士だろ? 騎士がそんなにダラけるんじゃない!」
「何言ってんだよお前! 騎士ってもただの警備兵だろうが! 別に今は待ち時間なんだから、多少腰を落ち着かせても良いだろうが!」
座っていた1人が地面の雑草を抜き、叱ってきた警備兵の方へと投げる。
当然雑草は警備兵に届くことはなく、地面にすぐに落ちた。
「警備兵だって立派だろ? 俺たちはアリアーハンという素晴らしい街を守るんだ! 誇りに思うべきだし、誇りになるべきだろ?」
「熱い思いは伝わるが、街を守るったって、ガキんちょのスリを止めたりだとか、酔っ払ったおっさんを補導するとかそんなことしかしてねぇだろお前。今は平和そのものだぞこの世界は」
木に背中を預けた警備兵が笑いながら続ける。
「確かに、未だに賊がいるし、紛争や戦争も起きてる。最近じゃあなんだ、あれだ、ラクダヨ王国にクルシカ帝国が攻めようとしたりだ! だが、すぐ解決したろ?ゲンシュー王国の十二騎士団が大陸を見張ってくれているんだし、魔王だっていない! 正直、俺たちの仕事はもう無いに等しいだろ? 門から外眺めるか、門の中で起きたちっぽけないざこざや事件を解決するだけ」
その警備兵の言葉に多くの警備兵達が頷いたりと、肯定していた。
それを見て、「もう良い」と熱く語っていた警備兵は森の中へと入っていく。
「おい、どこ行くんだよ?」
「賊を探すんだよ! お前らはそこで一生座っとけ!」
「へっ! 腹を立ててやがる! まあ良いや、真面目にポイント稼ぎ、頑張りな!」
そう言って警備兵達は笑い合う。
「ーー悪いが、真面目なお仲間さんはポイントを稼ぐことはもうなさそうだぞ?」
森の中から警備兵の声とは違う男の声が返ってきて、警備兵達の表情が固まる。
警備兵達が森の方へと振り向くと、そこには警備兵を誇りだと言って、一人で森へと入ったばかりの警備兵の首を持つ男が立っていた。
男は眼帯を着けており、首を警備兵達に投げて笑った。
「お、お前は!?」
警備兵の一人がギズベルを見て驚きの声を上げた。
森からは、ぞろぞろと悪漢達が出てくる。一体今までどこに隠れていたのかと問いたいほどの数が森の奥から出てきて、先ほどまで座り込んでいた警備兵や、木に背中を預けていた警備兵も皆、青ざめた顔で離れて剣を抜く。
「俺を知ってるのか? それは警備兵だった頃の俺か? それとも……ギズベル盗賊団の頭としての俺か?」
ギズベルは冷酷な顔で笑い、後ろにいる悪漢共へと合図を出した。
「……殺れぇっ!」
<アリアーハン・武具修理屋>
「まだ修理は出来とらんのかぁ? 早く直してくれんかのう!」
武器屋の老婆は剣幕を立てていたが、修理屋からは人の気配が無かった。
先ほどまでトイレで爆睡していた老婆であったが、寝てませんでしたよと言うような雰囲気を醸し出し、店先で吠えていた。
「仕事もろくにできんのかぁ! さっさ剣を直さんかい!」
ぎゃあぎゃあと叫んでいたが、一向に人の気配が感じられず、老婆はため息を漏らしつつ武器屋へと戻っていった。
修理屋のカウンターにはしっかりと、買い出しで留守にすると書かれた紙が置かれていたのに老婆は気づくことが無かった。
「全く……、修理もせんで修理屋なんて開くんじゃないよ! はぁぁぁ、勇者がわしの店を訪れてくれたらのう……」
老婆は空を見た。空は青々としていて老婆には少しばかり太陽の熱が熱く感じられた。
「あの女……強いな」
第三チームと第四チームの試合はあっという間に終わった。圧倒的な実力を見せたレベッカを見てタロウは言った。
試合が始まると同時に、レベッカは素早く前に出て、三人の少女達の剣を華麗に捌きながら見事な速さで三撃ずつ剣を当て、そのままメイジーの元へと駆けて、剣を振るった。
メイジーは防戦一方で、何もできずに崩れ落ちた。
「さすがねレベッカ!」
レベッカのチームメンバーの少女達はきゃっきゃと浮かれてレベッカの元へと駆け寄る。だがレベッカはそんな少女達をたしなめて、端へと颯爽と戻っていく。
「いつも凄いけど、今日はまた一段と凄くなかった?」
「うん、すごかったよね、アーシャ」
二人の言葉に舌打ちしつつも頷くアーシャ。
「いつもそうだけど……ムカつくほど上手いわね、アイツは……」
アーシャの言葉を聞きつつアイリーンもレベッカをただ見つめていた。
圧倒的なまでの剣術、憧れの父、ログウェルまでの道のりが遠く感じる。レベッカを超えることができる気が全く起きないアイリーンだった。
「一試合ずつは終わったな! 次は戦ってないチーム同士で戦ってもらう。次の試合は……アーシャ率いる第二チーム対、メイジー率いる第三チーム! 今の試合では実力が分からなかった、第三チームはしっかりと力を発揮しろ!」
「お?第一じゃなくて私たちか」
そう言ってアーシャは広場へと歩いていく。
「何ぼさっとしてんの?勝ちに行くよ! アイリーン、あんたもさっきみたいに頑張ってよね、これでいつもみたいにやられたら覚えときなさいよ?」
「わ、分かってるわよ、アーシャだってさっきは二回も当てられて負けそうだったんだから、頑張ってよね」
「ったく、一回勝ったからって調子に乗るんじゃないわよ。まぁ良いわ……勝つわよ」
整列も終えて、ポジションに着く頃、アイリーンはアーシャの後ろに、さっきの試合の時のように立とうとしたが、
「あんたも前に出なさい、攻めの姿勢で行くわよ」
そう言われて、アイリーンは頷き、アーシャの前に立った。
(さっきの試合がまぐれかどうか……確かめさせてもらうわよ、アイリーン)
ピッ! と教官の笛がなり、一斉に少女達は前方へと駆けて行く。
剣と剣がぶつかり、鉄の甲高い音が空に響き渡る。
「良いかアイリーン、大振りはよせよ」
タロウの声を聞き、あまり剣を振らず相手の少女の剣を受け続けるアイリーン。
今のアイリーンは突きを入れることが相手に剣を当てることが出来る唯一の技と言っても過言ではない。
しかし、先ほどの試合で、見事に突きを入れることに成功したからこそ、ここで防がれることがあればもう通用しなくなる。
タロウとアイリーンは攻撃を当てる隙を待ち、そして作らなければならなかった。
「どうしたのアイリーン!さっきみたいに攻撃しないの?」
対峙している少女が小馬鹿にしたような笑みを見せてアイリーンに尋ねる。
「くっ、うるさいわね」
攻撃をなんとか防ぎつつアイリーンは言葉を返す。
チームの二人の少女もそれぞれ、一対一で剣をぶつけ合い、勝負は拮抗していた。
(やっぱり……すぐに勝てるようにはならない……か)
アイリーンは少女達の方を見て思った。
その隙を見逃さなかった相手の少女に左肩を突かれてしまう。
「うぐっ!」
「隙ありってね!」
その一撃はアイリーンの集中力を切らすのには効果が抜群だった。あっと言う間に押されていき、ジリジリと後ろへと下げられていく。
「何してるアイリーン! しっかり見て防ぐんだ!」
タロウの言葉は聞こえているが、今のアイリーンには余裕がなかった。
「うるさいわね! 私だって精一杯やってるのよ!」
「はぁ? 誰と喋ってるの? 独り言?」
焦っていたアイリーンは普通にタロウに返事をしてしまい、敵の少女はいきなり発せられた言葉に笑いながら聞き返す。
「うるさい! 別にあんたに話してはないわよ!」
なんとか打ち返し、剣を振り下ろすアイリーン。その攻撃をしっかりと受け止める少女。
「さっきの試合を見たときは驚いたけどやっぱりアイリーンはアイリーンね。話にならないわ」
またすぐに主導権を少女に握られ、アイリーンはさらに一撃を喰らってしまう。
「これでトドメよ」
そう言って少女は、怯んでいるアイリーンの身体目掛けて剣を振った。
勇者ですが何か?講座
ーアリアーハンの警備兵ー
アリアーハンの警備兵達の基本的な仕事は三つの門での見張りと、港区画での入港者に対する手続きのサポート。街の中の見回り、事件や事故への対応などだ。
少し前までは、国同士でのいざこざ(主にクルシカ帝国のラクダヨ王国への侵攻)などで、警備兵達も、一般の兵団の一員として、戦争への介入も考えられていたが、今ではそういうこともなくなった。
アリアーハンの街の治安は良く、大きな犯罪もそんなに起きることもなくなっていて、それゆえに警備兵達も変わらない単純な仕事に、怠慢になってきている。
警備兵達は鉄の鎧をつけていて、鎧の胸元や、縦などに、青地の上に鐘のシンボルを付けている。
ーーーー我らはアリアーハンの守り人なり!祝福の鐘の元、人々を守り抜き、鐘の音を聞き死ぬるものなりーーーー
(アリアーハン警備団の誓いの一文)