第9話
■■彩■■
「さてと、私達に新しい目標が出来たわ!出来たは良いのだけれど……」
奏さんが目を閉じ深刻そうに言っていた。
確かに、私達が今直面している出来事は問題だ。
結局あの日、私達はDessertFoxに勝つ事が出来た。
そして、舞のお父さんから私達に提案をされた。
それは、今度開催されるアマチュアバンドの大会に出てみないか!との事。
SoulSpirits。
全国各地から沢山のアマチュアバンドが出場する大会。優勝バンドはメジャーデビューする事が出来る。
私達と同じレベルのバンドも、それ以上のバンドも全国から集まるこの大会。
優勝とまでは言わないけど、今のディスリアイズが、どの位のレベルなのか測るのに丁度良い。
先ずは予選突破して本選に出場する事。
それが私達の新しい目標。
そして、私達が今直面している問題。それは……。
「私達は今、由々しき問題に直面しているわ!」
奏さんが机をバンと叩く。
「透、宗次郎!!」
「んなもん言われたってしょうがねぇだろ!なぁ?」
「そうだな」
「黙りなさい!お馬鹿コンビ」
奏さんは2人を黙らせ、今度は私を見た。
「彩……どうして…貴方まで……」
奏さんが悲しそうに言った。
ごめんなさい、ごめんなさい!正直、情けなさと申し訳なさで一杯だ。
でも…、こう言ってはなんだけど透くんはともかく、ジローくんまでとは意外ではあった。
「私が居るバンドで……まさか私以外のメンバーが、全員赤点だなんて……」
赤点。その言葉が私に重く伸し掛かる。
そう!私達が今、直面している問題は私、透くん、ジローくんの3人が、テストで赤点を取ってしまったという事。
「舞、貴方!友達は選ばなきゃ駄目よ?」
「今度からはそうします」
奏さんは当然の様に全教科満点取っていた。舞も学年でトップ5に入る成績を収めた。
「それで貴方達、赤点は幾つ取ったの?先ずは彩」
「私は、数学1教科です」
「宗次郎」
「古文と日本史と世界史です」
「まぁ、良いわ!」
……とは言ってはいるものの、顔がピクついてた。
「透は?」
「英語以外全部」
透くんは即答した。それとほぼ同時にパシィンと、奏さんのビンタが透くんに命中した。
……っていうか、透くん英語得意なんだね。
「うっわぁ、透!あんた、英語だけは相変わらず、良い点取るのね」
「透って帰国子女か何かかしら?」
「いえ、全然。バリバリの日本育ちですよ。こいつ、ウチの影響で幼い時から洋楽とか聴いたりコピーしたり、和訳とか読んだりしてましたから、英語だけは成績良いんですよ」
「その無駄に賢い頭脳を、他の教科にも活かせないのかしら?」
「うるせー、放っとけ」
パシィンと再び奏さんのビンタが透くんに命中した。
「貴方、本当に今の状況理解しているの?いい!?追試でまた、赤点を取ったら補習になるのよ!?そうなったらSoulSpiritsに、出場出来なくなるのよ?」
そう、SoulSpirits開催日と補習日は見事に重なってしまったのだ。
……いや本当、面目ないです奏さん。
透くんの作ってきた曲を覚えるのに、勉強が疎かになってしまった!なんて言えない。
透くんの所為みたいになっちゃうし、完全に私が悪いし。
「舞、良いわね?徹底的にしごくわよ!?特に透と宗次郎を重点的に!!」
「了解」
かくして、奏さんと舞による地獄の猛勉強特訓が始まりました。
■■舞■■
しかし、彩が赤点なんて珍しい事もあったもんだ。
彩は大抵、平均より少し上くらいの成績は取っていたのに。
「彩、何かあった?」
「えっ!?」
それとなく理由を聞いてみた。
「あー…、今回はちょっと……ね」
彩は透の方へと視線を向けながら言った。
あいつが犯人かっ!?
その犯人は、会長からビンタをお見舞いされていた。
「透がどうかした?あいつが原因なら、あとで殴っとくわよ!?」
「えっ!?違う違う!…ただ、ちょっと今回は、ドラムに熱が入り過ぎてしまったというか…」
「ま、良いわ!そういう事にしといてあげる」
半分は本当だろうし、それで納得する事にした。
「舞!あのね…何かずっと、タイミング逃しちゃってたけど…」
「何?」
「ありがとう!凄いメンバーと合わせてくれて、私をその1人に入れてくれて」
「何言ってんのよ?私は紹介しただけ、あいつ等に、認められたのは彩の実力よ」
こんな面と向かって言われると照れてしまう。
「さぁっ、集中して!!」
「はーい!」
まぁ、彩に至っては大丈夫だろう!もう少ししたら、会長に加勢しなくちゃ!
■■奏■■
はぁ……。全く頭が痛いわ。
この事態を、もう少し深刻に受け止めて欲しいわ!
私の目の前に座っている2人を見てみる。
透がお馬鹿なのは、まぁ大体予想していたけれど、まさか宗次郎までとは…。
宗次郎に関して言えば、単純に理数系が得意で文系が苦手と見れば納得出来ない訳でもないけれど…。問題はその相方よ!
そもそも、この男よく受験に受かったわね?カンニングや裏口入学でもしたのかしら?
ウチの高校だって、決してレベルが低い訳ではないし。
考えれば考える程、謎が深まるばかりだわ。
「なぁ、宗次郎!ここん所なんだけどよ…」
透はそう言いながら、自分のノートを宗次郎に見せた。
少しは事態を理解したのかしら?真面目に勉強しているわね!
「……そうだな!敢えて、音を外してみるっていうのも面白いかもな」
「…んじゃ、今度試してみるか」
……こいつ等、勉強していないわ!?この状況化でも音楽の話をしている。呆れる通り越して感心してしまうわ!
その時だった。
透の背後から、勢いよく教科書の背表紙が振り下ろされた!
透の後頭部にクリティカルヒットし、鈍い音が教室に響いた。
「いってぇなぁ!?何すんだよっ!?」
「私じゃないわよっ!?何処に目を付けているのかしら?」
全く正面にいるのに、どうやっても私には無理に決まっているでしょう!
「舞、お前かぁぁっ!?」
「真面目に勉強しない、あんたが悪い!」
透の言う通り犯人は舞だ。
「会長、彩の方は大丈夫なんで加勢に来ました」
「助かるわ!」
舞なら、この2人の扱いも私より慣れていて上手いだろう。正直、私だけじゃ手に負えないわ!
特に、そこで痛みに悶えている奴。
もう手加減しないわよ、覚悟なさい!
■■宗次郎■■
ふむ。昔からそうであったが、どうも見た目の印象の所為なのか?俺は、勉強の出来る優等生タイプだと思われがちだ!
いや…、透と出会う前は真面目だったかも知れないが…。そもそも、透と連んでいる時点で真面目な訳ないんだよなぁ!
舞だって、成績こそは良いかも知れんが、問題行動は多い。
それはそうと、そろそろ真面目に勉強に取り組まねば、舞に殺される……。
まだ、矛先は透に向いている。今の内に立て直そう。
すまん!透、俺はお前を犠牲にする。
流石に、舞、奏先輩この2人を敵に回すような度胸は俺にはない。
「ジローちゃん」
「何だ?」
「次、真面目にやらなかったら私と会長に購買の焼きそばパンとカレーパン1週間分ね」
購買の焼きそばパンとカレーパンは、生徒だけでなく教師にも人気で、直ぐに売り切れになる。それを1週間だとっ!?そんなの無理に決まっている。
「……ラジャー」
俺は舞の無茶苦茶な要求から逃れる為、力無く返事をして勉強に励む事にした。
「透……。あんた、一問間違えに付き購買のハムカツサンドね!」
「俺だけ、ハードル高くねぇっ!?」
「うっさい!ボケっ!!嫌なら全問正解すれば良いだけよ!ふふふふ……」
舞が不気味に笑っている。……うん、やっぱり真面目に勉強しよう。
■■透■■
舞の脅迫に真面目に勉強へ取り組み、舞&奏の特製テスト問題を解き、只今採点中。
奏は生徒会長をやる位だし、普段から勉強もしているんだろう。
彩も今回は不調だっただけで、それなりに勉強はしているんだろう、イメージ的に。
問題は舞だ。
こいつは一体、いつ勉強しているんだろう?
俺の知っている限り、こいつが勉強している姿なんて見た事がない。
そのくせ、学年でトップクラスの成績を取っていやがる。
まぁ、お陰で俺と宗次郎は幾度なく助けられて来た訳だが…。
「彩……、クリアね。今度からは気を緩めちゃ駄目よ」
「ははは…。反省してます、本当」
「会長、ジローちゃんも合格点ですね。この分なら追試もいけると思いますよ」
「そう!なら問題ないわよ」
彩、ジローと2人とも問題テストを無事にクリアした。
「それじゃあ、残すのは透だけね!」
「会長、半分貰います」
英語以外全部だから、少し時間は掛かるだろう。
…………。
………………。
……………………。
…………………………長えよっ!?
かれこれ、2時間近く経っているぞ!?
「……有り得ない、有り得ないわ!」
「…………これはこれでムカつきますね」
何言ってんだ?こいつ等。
「まさか……全問正解だなんて…。採点ミスしたかしら?……いえ、それこそ有り得ないわ!」
「不正をしてなかったか、何処かに粗がないか、もう一度見直してみましょう」
「おい!?こら、ちょっと待て」
こいつ等、全問正解したのが気に入らないからって、無理矢理不正解作ろうとしてやがる。
「何よ?これじゃあ、いじめがいがないじゃないの!!」
「もっと、難しい問題作れば良かったですね」
「お前等、俺に赤点取って欲しいのか欲しくないのか、どっちなんだよ!?」
「まぁ、良いわ!許してあげる」
……何で、俺が許されてんだよ?
「とにかく、これなら皆、心配なさそうですね!」
「ええ!これで赤点取ったら、地獄の学園生活をエンジョイさせてあげるわよ」
奏の物騒な台詞は聞かなかった事にしとこう。
そして、追試日を迎え俺達は、無事合格点を取り終えた。
何はともあれ、これでSoulSpiritsに出れる!
いよっしゃ、燃えて来たぞぉぉぉっ!!