「悪魔」ニキータ 6
ニキータは夢の中で男たちの死体を観察した。死体は今までニキータがチェスで対局した相手だった。見慣れたロシア人の顔、国際大会で対局した名も記憶にない顔。ロバートは泣き叫ぶ子供になり逃げて行ったので、彼の死体はない。ここでニキータは気が付いた。
『アイツの死体がない! 』
『そうだ、ぼくはアイツとは何度も会っていると言うのに、一度も対局をした覚えがない......、いや、途中まではあったかもしれない。けれど、メイトまでは至っていない』
ここでニキータに疑問が浮かんだ。なぜ自分はあのオトコの死体がないことに驚いた? あのオトコに執着があるのだろうか? というものだ。ニキータはあのオトコのチェスを一度たりとも見たことがない。だというのに、ロバートに対して持っている関心と同程度の気持ちをあのオトコに向けていた。
『僕はなぜあのオトコを意識する? 僕がただの人間に嫌悪感をもつことはあれ、関心を持ったことはない。僕が関心を持つもの......数理......チェス......そしてロバート・フリッツ......。どれも僕に快い刺激をくれるもの、若しくはくれる可能性のあるもの。もしかしたらアイツには可能性があるのかもしれない。だって僕はひと目で見抜いた。アイツは異質だ。アイツはチェスプレーヤーじゃない! 』
ニキータがチェス世界チャンピオンになってから、いくつもの国際大会があった。世界ブリッツ(早指し)選手権、世界代表対ロシア代表、ヨーロッパ選手権......。ニキータはすべての大会で圧倒的な実力を見せて優勝した。世界チャンピオン兼ヨーロッパチャンピオン兼ロシアチャンピオンと肩書きも増え、レーティングは人類未踏の3000を超えた。
ある朝、ニキータが嬉々として父セルゲイに言った。
「やっとアイツが来る。ロバートじゃなかったのかもしれない! アイツかもしれない! 」
そして手に持っていたノートを煌々(こうこう)とゆらめく暖炉の火に投げ入れた。
「もうこんなものいらない! 」
セルゲイは、こんな少年らしく感情を表に出すニキータを久しぶりに見た。
「何を燃やしたんだい? 」
セルゲイが言った。
「秘密。もういらない」
ニキータはそれだけしか答えなかった。
セルゲイはニキータの顔を見つめた。口元は感情的にゆるんでいる。目は幼い子供の目から、少年らしい鋭さを備え始めた。しかし、青い大きな瞳に、鋭く切れた目頭と目尻からは深紅の肉が輝いていた。暖炉の薔薇のように燃える火はニキータの顔を照らしている。
しばらく後、セルゲイはチェスワールドカップの参加者名簿に知っている名前を見つけた。
GM Satoshi Sanada (USA)




