翌週のお返し
翌週の火曜日、今度は私が倒れた。
朝、目が覚めた瞬間から頭が重く、体がだるい。そういえば、前の晩から、喉に違和感があったようにも思う。
熱を測ると三十八度五分。喉は完全に腫れ、関節がきしむように痛い。
学校を休むと母親に伝え、布団に潜り込んだ。両親は近所で料理店を営んでいて、朝から店に出てしまう。家には私一人になる。
午前中は、ほとんど眠っていた。
時折、熱でうなされながら、先週の真冬さんの感触を思い出してしまって、余計に体が熱くなった。
いや、本当は、土曜の夜から、何度も思い出していた。
真冬さんの、汗の匂いを。熱を持った肌の柔らかさを。背後から抱き寄せたときの、広い背中の感触を。
あんなこと……してしまった。
全部が、鮮明に蘇る。
目を閉じると、真冬さんの白い肌が浮かぶ。
小さく尖った先端。
あの硬さ。
あの甘い声。
ぼんやりした頭の中で、感触が何度も再生される。まるで、今でも指先がそこに触れているみたいに。
触っていた。あんなに敏感な場所を。
午後近くになって、インターホンが鳴った。
最初は配達か何かだと思って無視しようとしたけれど、何度も執拗に鳴るので、仕方なくふらふらと起き上がった。
ドアを開けると、真冬さんが立っていた。少し疲れたような顔で、でも手にはスーパーの袋をしっかり持っている。ペットボトルやら何やらが透けて見える。
「真冬さん、どうして、……」
「透湖さんが風邪をひくとしたら、そろそろかと思いまして。お母さんのほうに聞いたら、やっぱり今朝から具合が悪いと。それで、お見舞いに来たんです」
「……すみません。お休みの日に」
「わたしがうつしたんですから、責任は取ります。上がらせてください」
真冬さんは上がり込むと、すぐに私の部屋に入ってきた。袋からスポーツドリンクと栄養ゼリー、レトルトのおかゆ、それと熱冷ましシートまで取り出す。
私が持っていったものと同じような内容だ。それを見て、なんだか、急に泣きそうになった。
「先週のお返しです。透湖さんがしてくれたこと、ちゃんと覚えてますから」
私はベッドの上で小さくなった。
先週の自分がしたことを、またしても鮮明に思い出してしまう。……全部が、熱の中で混ざり合ったようになる。意識が少し遠い。真冬さんの姿が、部屋の中で少し揺れて見える。
「今日は、私がやります」
「えっ」
「汗、かいてますよね。透湖さん。熱があるのに、パジャマのままじゃいけません。着替えましょう」
それを聞いて、とたんに跳ね起きた。
「や、やめてください! 自分でやりますから!」
「嘘です。熱のある人が、自分でちゃんと拭けるわけないでしょう」
真冬さんはわざとらしく微笑むと、席を立った。
洗面所のほうから、水音が聞こえてきた。それから、ぬるま湯の入った容器を持ってくると、持参してきたらしい真新しいタオルを出し、淡々と用意する。
声は穏やかで、優しい。けれど、その手付きは確実で、容赦がない。
抵抗しようとしたけれど、体が言うことを聞かない。
結局、後ろを向いたまま、パジャマの上着を脱がされてしまった。
普段は下着で抑えられているものが、空気の中にむき出しになる。脂肪の塊が重力に従って揺れ、恥ずかしい。
「背中から拭きます」
瞬間、真冬さんの手が優しく、でも確かに、私の肌に触れた。
大きな手だった。
いつもお店にいる時は休むことなく動き、時には力仕事もする手。
それが、汗で湿った私の背中を、丁寧に拭いていく。
その感触が気持ちよくて、思わず体が弛緩する。
ぬるま湯の温度と、真冬さんの体温が、混ざり合って私の背中から伝わる。真冬さんの匂いが、後ろから漂ってくる。先週とは違う、いつもの真冬さんの匂い。でも、ふだんより密着しているから、それが濃い気がする。
(あ……これ……)
匂いに記憶を刺激されて、切ない気持ちでいっぱいになる。
しかも、この前とは立場が逆だ。
熱とどきどきで、意識がふわふわする。
真冬さんの手が、背中をゆっくりと撫でるように動き続けている。汗を吸い取ったタオルの水分が蒸発するたび、肌がひんやりとして、気持ちいい。
指の腹が、肩甲骨のくぼみを丁寧に辿る。その感触が生々しい。
「透湖さんは……私と違って、わかりやすいですよね」
「……何がですか」
答える代わりに、真冬さんの指が、私の脇の下から胸の横へ滑った。
重みのある膨らみが、揺れる。
「ちょっ……!」
抗議をする間もなく、背後から抱きすくめるようにして、彼女は私の体を固定した。
両腕で私を抱きかかえる形になり、胸が背中に軽く当たる。
吐息が耳にかかり、くすぐったくてつい、ぞくぞくと鳥肌が立つ。
「透湖さん、先週ずいぶん、迷っていましたよね。どうしてですか?」
「それは……」
「ふふ。わかってますよ。それにしても、私と違って、透湖さんはどこに気をつけて拭けばいいか、本当にわかりやすいですね」
そういうと――
タオル越しではなく、人差し指の先が直接、私の左右の突起の周りに正確に円を描いた。
触れないように、でも、意識させるように。
「…………っ!」
私は、思わず出そうになる声を殺した。
真冬さんの指は、先週私が彼女にした動きを、完璧に、しかももっと上手に真似ている。当てないようにしながら、当てる場所を把握している。
真冬さんの手が、私の胸を包むように動く。膨らみが、大きな手のひらに収まる感触。
硬く尖っていくのが、自分でもわかる。
真冬さんの指が、そこを意識させる。
熱のせいだ。
そう、自分に言い聞かせる。
でも、体の奥が、熱とは違う疼きでどんどん切なくなる。
「……あの、真冬さん、もしかして怒ってます?」
ふと気になって、訊いてみた。
先日の私は、調子に乗りすぎていたのかもしれない。
看病の名目で、興味本位なことをして。
だったら、謝って、許してもらわないと……でないと、もっと大変なことになるかもしれない。
やや沈黙があった後、
「……いえ、怒ってはいません」と真冬さんはいった。「これは、ただの看病ですから」
抵抗を諦め、身をゆだねていると――ふと、以前ネットか何かで読んだ、文章のことを思い出した。
性的な接触では、敏感な箇所にいきなり触るより、その周辺から念入りに触れていったほうが、かえって興奮が高まるらしい、という話だった。
……と、いうことは。
恐ろしい可能性に思い当たる。
先週、看病のつもりで試行錯誤していた自分の行動は、かえって真冬さんを煽る結果になっていたのではないか?
私が丁寧に輪郭をなぞればなぞるほど、真冬さんの体は敏感に反応し、甘い声を漏らしていた。
避けていたつもりが、一番効果的な刺激を与えてしまっていたのかもしれない。
その事実に、ゆっくりと思い当たる。
自分が無意識に、真冬さんの身体を、そんなふうに弄んでしまっていたなんて。
真冬さんは、指をさらに執拗に動かす。
左右の先端を交互に意識させ、時折、胸全体を優しく揉むようにタオルを滑らせる。ふだん重いだけの脂肪が、手の中で変形する。
私は声を殺そうとして、かえって甘い息を漏らしてしまう。体が熱い。
熱のせいか、興奮のせいか、もうわからない。下半身まで熱くなっていくのがわかって、恥ずかしい。
股の間が、じんわりと熱を帯びてくる。
「……あのっ、さっきから、なんで、ずっと、同じとこばっかりっ」
切れ切れに言葉をぶつけると、
「うーんと」空とぼけた声が返ってくる。「拭いても拭いても、汗が出てくるからです。どうしてでしょうね」
ぜんぶ、病気のせいだ。
熱が、私の中の抑えていたものを、表面に押し出してくる。
真冬さんの小さな胸を、先週触ったときの感触が、頭の中で蘇る。
あの熱さ。あの甘さ。
今度は、自分が同じように責められている。こんなふうに触られている。体の奥が疼く。丁寧に撫で回されるたびに、先端が内側から膨らんでいくのがわかる。避けられているのに、避けられているからこそ、疼きが深くなる。ネットで読んだ通りだった。周辺を念入りに触られるほうが、よっぽど酷い。
もう、いっそ、直接触ってほしい。
こんなの、頭おかしくなる。
「あのっ、真冬さんっ」
「どうしました?」
「もう、触ってくださっ」
「触ってますよ?」
「そうじゃなくてっ! あのっ、そこっ……」
「どこです? いわれないとわかりませんが」
「……いわせたいんですねっ」
「わたしは別に、困らないので」
「それは……ち……」
「もっとはっきりと」
「……私の、乳首ですっ」
とうとう、いってしまった。
恥ずかしさで死にたい。
「透湖さん。……それはできません」
予想外に、真冬さんの言葉は冷たかった。
「えっ……」
急に、絶望的な気分に襲われる
「だって、そういうことはふつう、恋人とするものですよね」
「……じゃあっ、今のこれはっ、なんなんですかっ」
「これは単に、お仕置きです」真冬さんの言葉に、嘲りが混じる。「……先週、他人の身体を勝手に弄んだ人へのね」
……うすうす、気づいていた。
でもやっぱり、本当だった。
いつも優しくて、格好よくて、楽しくて。
そんな真冬さんが、こんなに意地悪だったなんて。
「真冬さんっ、私もうっ、本当につらくてっ」
先端の周辺を、執拗に絞られ続けて、思うように話せない。
涙の粒が頬を伝う。
「だから?」
「あのっ、謝りますっ、ごめんなさっ」
「……はあ」
太い溜息が、耳にかかる。
「恋人でもない人にそんなことを頼むなんて……」
まるで、息を直接、
「透湖さん、案外……」
脳の中に流し込まれているみたいに。
「えっちなんですね」
「~~~~っ!」
限界だったので、真冬さんの両手を鷲掴みにして、自分の胸に押しつけた。
タオルの粗い繊維が、敏感な先端に無造作に触れる。
瞬間、――
行き場なく募った切なさが、激しく膨れ上がって、一気に爆発した。
甘い雷撃がどっと下半身まで貫き、太腿が内側にぎゅーっと締まる。
腰ががくがくする。
お尻が勝手に跳ねるのを、真冬さんは力強く受け止め続けた。
なすすべなく、身体が勝手に痙攣する。
みっともないのに、痙攣に身を任せるしかない。
しばらくすると――
切なさが、全身から抜けていった。
くたーっと緊張がほどける。
……と思うと、真冬さんは無情にも、手の動きを再開し始める。
「あのっ、真冬っ、さんっ」
「はい」
「あのっ、わたしっ、今っ、……んあっ、全身がっ、敏感になってるみたいでっ。もうっ、んっ、拭いてもらわなくてっ、大丈夫っ、ですっ」
「……そうですか」
とつぜん身体を解放されて、ぐたっと前のめりに倒れた。
得体の知れない甘い爆発の余韻で、意識が急速に遠のいていく。
何が起きたのか、……生まれて初めての体験で、よくわからない。
ただ、すごく切なくて。すごく熱くて。
腰の奥が、まだひくひくしている。
「……すみません。やりすぎました」
真冬さんが、申し訳なさそうにいった。
それから、腕を上げさせられ、新しい生地が肌に滑り込んだ。
「ほら、透湖さん、万歳して。……はい、新しいパジャマ、着れましたよ」
意識が遠のく中、最後に聞こえたのは、いつも通りの優しい声だった。
*
目を覚ました時、部屋は夕方のオレンジ色に染まっていた。
真冬さんの姿はない。
頭の重さはかなり引き、体中の熱もすっかり下がったようだ。
ベッドから起き上がろうとして……私は、自分の身体に強烈な違和感を覚えた。
いつのまにか、寝る前とは別のパジャマに着替えていた。
上半身も、下半身も。下着まで。
寝ているあいだに、新しくかいたのだろう汗を吸っていた。
けれど、真冬さんが部屋にいた時のものとは違うし、自分で換えた記憶はない。
枕元を見ると、スポーツドリンクと、真冬さんが置いていったであろうメモが残っていた。
〈今日は失礼しました。ちゃんと休んでください〉
丁寧な文字だった。
つまり――
真冬さんは、私の全身を見たということだ。
触れたということだ。
下半身まで。
一番、恥ずかしいところまで。
全部。
枕に顔を突っ伏して、思いっきり呻いた。
「……最ッ悪……」
さっき以上の恥辱で、この世から消えてしまいたくなる。
頰が熱かった。
風邪のせいだけではない。
真冬さんの指の感触が、まだ肌に残っている。
先端を正確に捉えた、あの意地悪な動きが。
耳元で囁かれた、穏やかな低い声が。
真冬さんの匂いもまだ、布団に残っている。
思い出すと……またじんじんしてくる。
(……次は、絶対に負けない)
身体の奥が、もう、次を期待し始めていた。




