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32 雪原を駆ける影


 警笛が鳴り響いた瞬間、港全体がざわめきに包まれた。

 見張り台のランプが次々と灯り、雪の海を橙の光が縫うように揺れ動く。


「こっちだ、エドガー!」


 ルシアンは倉庫の屋根伝いに伸びる細い通路へ飛び出し、エドガーも躊躇なくその後に続いた。


 すぐ背後で、足音が複数迫る。


「北側倉庫に侵入者! 逃がすな!」


 雪を蹴る足音が重く近づく。

 ルシアンは一気に低い塀を飛び越え、影の濃い路地へ身を滑り込ませた。


 港外周へ出る道は三つ。

 だが二つはすでに封鎖され、最後の一本にも巡回灯が近づいてくる。

 逃げ道が、雪と灯火の向こうでひとつ、またひとつ消えていく。


「囲まれた……?」


 エドガーが呟く。

 ルシアンは雪を蹴りながら言った。


「まだだ。南側に馬繋ぎ場がある。港湾警備が使う“常駐馬”がいるはずだ」


「……ルシアンは乗れるの?」


「そこそこだ。だがやるしかない!」


「じゃあ、

 ――ルシアン、僕を信じて」


 ルシアンはエドガーの方を振り返る。


「意外と得意なんだ」


 ルシアンは目を見開く。


「……僕は所詮下位貴族だけど、父上が貴族教育に熱心な人でね。

 叩き込まれた」


「これだから貴族は!」


「貴族もたまには役に立つだろ?」


「俺はお前を信じるさ!」


「うん! 信じて」


---


 二人は倉庫群の影を縫いながら走り抜け、やがて馬繋ぎ場へ到達した。


 巡回の警備が背を向ける一瞬で、ルシアンが隙をつく。


「今だ!」


 二人は静かに柵を越え、氷雪の息を吐く黒鹿毛の馬のもとへ駆け寄る。


 エドガーは革手袋を外し、指先で馬の首筋を撫でた。


「落ち着いて……大丈夫。すぐに終わるから」


 その声は、驚くほど柔らかかった。

 馬は耳をわずかに動かしただけで、落ち着きを取り戻す。


 ルシアンが呟く。


「……やっぱりお坊ちゃんだな、お前」


「辺境に来てから散々だったからね。見直してくれた?」


「……調子乗るなよ?」


「ふふっ」


 背後から怒号が聞こえた。


「そっちだ! 二人組の男!」


「急げ、エドガー!」


 エドガーは馬の首筋を軽く押し、鐙に足をかけて一気に跨がった。

 ルシアンも背後へ飛び乗る。


 次の瞬間、馬は雪煙を蹴り上げて走り出した。


 港の灯りが一瞬で遠ざかる。

 追手の足音と叫び声が夜気に裂けた。


「エドガー、こっちは森じゃない! 海風で雪が不安定だ、気をつけろ!」


「分かってる!」


 帽子に押し込んだ長い黒髪が風にひるがえり、群青の瞳は夜の雪原を真っ直ぐに射抜いた。


「――左前方に雪庇! 避けろ!」


 ルシアンの警告に反応し、エドガーは手綱を鋭く引く。

 馬は白い崖の手前で身を翻し、追手のランプが遠くで明滅した。


 白い世界を裂くように、蹄が乾いた雪を叩いた。


---


 しばらく走ると、港の灯りは完全に小さな点に変わった。


 まだ追手の影は見えるが、距離は十分に開いた。


 ルシアンが低く言う。


「……よし。振り切った」


 エドガーは大きく息を吐き、馬の歩調を少しだけ緩めた。


「久しぶりに全速で乗ったよ……。父上に感謝だな」


「上出来だ。命拾いしたな」


 二人はしばし沈黙し、

 ただ荒い息と馬の蹄音だけが雪の平原に響いた。


---


「……エドガー」

「なに?」

「オルドンへ戻ろう。もう十分“戦果”は上げた」

「うん。これ以上辺境にいたら、僕らまで“口封じ”されかねない」


 ルシアンが乾いた笑いを漏らした。


「……ようやく家に帰れるな」


「帰ろう、ルシアン。

 霧の街、オルドンヘ」



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