30 雪が刻む行き先
倉庫の暗がりは、まるで時の止まった洞窟だった。
雪の匂いと、石と油の湿った空気が漂い、ランプの淡い光だけが棚の影を揺らしている。
棚の奥で、結露が一滴だけ落ちる音がした。
ルシアンは覆いをかけたランプをわずかに持ち上げ、低く呟いた。
「エドガー、奥を照らせ。……足跡はない。昨夜の巡回だけだ」
「わかった」
エドガーは光を滑らせるように棚の隙間へ向けた。
積み上がった麻袋、霜の付いた木箱。
凍えるほど冷たい空気の中で、箱の表面だけが妙に“触られた”痕跡を残していた。
「……ここだ」
ルシアンが指先で示す。
エドガーは膝をつき、表面をなぞった。
《E.V.商会|No.37|Wagon Mark : 284》
その下で黒く焼き付けられた楕円形の印章が、淡い光を吸い込む。
「……監査局の刻印だ。“本物”だよ」
小さく息を呑むと、エドガーは木箱の蓋をそっと押し上げた。
中は空。
「“中身”はもう運ばれた後だね」
「だろうな。ここは中継点だ」
ルシアンは周囲の棚へ目を向けた。その隙間に伝票の束が投げ込まれている。
「伝票がある。……しかも白紙だぞ」
エドガーが束を手に取り、一枚ずつめくる。
「行き先欄が全部空白……こんなの、普通はあり得ない。
港で“後から書き換える”気だ」
「商会が運搬役ってのは本当らしい。だが、渡す相手までは知らされていないってわけだな」
「……だから、代表も何も言えなかったんだ」
二人は書類を鞄に滑り込ませ、倉庫の裏手へ回った。
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裏手に出た瞬間、風が鋭く頬を刺した。
月のない空の下、雪面が青白く光る。
「……ルシアン、見て」
深く刻まれた車輪跡。
雪がまだ崩れていない。
ルシアンはしゃがみ込み、溝に触れた。
「……昨夜じゃないな。数時間以内だ」
溝の脇には、深く沈んだ蹄痕。四頭立ての馬の足跡。
「商会の馬車は二頭立てだ。……軍側の馬車の可能性が高い」
溝の延びる方向を追うと、森の向こうへ細く伸びていた。
「進路は……港だな」
「確定だね。積荷は“港へ”向かった」
冷たい風が二人の外套を揺らした。
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倉庫の扉を閉じ、雪道を静かに戻りながら、エドガーが口を開いた。
「伝票に、中立商船用の“仕分け記号”が混ざっていた」
「……中立船? まさか……第三国経由で出す気か?」
「その可能性が高い。
国同士の直接輸出じゃ足が付く。だから、中立商船に積み替える」
ルシアンは思わず歩みを止めた。
「そうなると……敵国エッセンへの密輸、か」
「確証はまだない。でも――」
エドガーは静かに息を吐く。
「――港まで行けば、“答え”があるよ」
雪を踏む二人の足音だけが、凍りついた森の中に細く残っていった。




