↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/40

27 氷底に眠る監査印


 倉庫群は岩壁に寄り添うように並び、黒い影となって夜に沈んでいた。

 入口は半ば凍りついているが、扉の継ぎ目には使用された痕跡が生々しく残っている。


 ルシアンが指先で雪のついた錠前に触れ、囁いた。


「……簡易鍵だ。開けられる」


 金属をわずかに押し込む音。

 数秒後、扉が“コリ”とわずかに緩んだ。


「音を立てるな」

「分かってる」


 二人は影のように倉庫へ溶け込んだ。


 中は、冷気が淀む暗い空間だった。

 壁際に木箱が積み上げられ、石床には誰かが最近歩きまわった痕跡――凍りきっていない靴跡、こすれた雪の線――が点々と残る。


 わずかなランプの光で、エドガーは木箱の側面に貼られたラベルを読む。


「“軍需第六課”……ここは軍の管理下のはずだ」


 ルシアンは薄く笑った。


「“のはず”だな。実際にどこが仕切ってるかは、別問題だ」


 木箱を動かした跡の下から、くしゃりと紙の感触があった。

 エドガーが屈んでそれを取り上げる。


「伝票……?」


 雪に濡れた伝票束は十数枚。どれも同じ形式で、日付は月をまたいでいる。

 勘定欄の“支出元”に、見慣れた印が押されていた。


 エドガーの口角が緩やかにあがる。


「……これは……軍監査局の発行印だ」

「は?」


 ルシアンが奪うように紙を受け取り、印章番号を確認する。


「本物だよ。偽造じゃない」

「監査局が関与してる……? そんな馬鹿な話が……」


 エドガーは周囲を見渡す。


 倉庫奥には、小さな鉄製の帳簿箱が置かれていた。鍵はかかっていない。いや――壊されていた。


 ルシアンが蓋を開けると、中から分厚い冊子が二冊出てくる。


「“印章記録帳”……」


 エドガーがその2冊を取り出し、素早くページを繰る。


「全部……軍監査局の印章だ。しかも、発行元が“局上層部”扱いになってる」


 ルシアンの眉が跳ね上がる。


「つまり……黒幕は監査局の上ってことか」


 エドガーは静かに首を振る。


「“監査局の上”なんて、存在しないはずだ。

 ……だから、別の“上”がいるんだ」


 息が白く揺れる。

 沈黙。

 それは、倉庫に重く沈んでしまう。


 エドガーが取り出したもう一冊は、帳簿だった。


 表紙には紙片で貼られた表題――《商務契約台帳》


 だが、中を開ければ一目で偽造と分かる。

 数字の並び、筆跡、印字位置、どれも不自然だ。


 エドガーが目を細めた。


「これは……“偽装名簿”だね。ここに記載されている商会……“イーヴリン商会”。ここが実行役なんじゃないかな」

「イーヴリン……? この辺の軍需商会じゃないか」

「そう。だが本名義で動いていないんだ。“裏名義”が複数ある」

「……宿でじっくり読んだほうがいいな」

「持って帰ろう」


 その瞬間、外からかすかな雪の崩れる音。


 ルシアンが素早くランプを消す。

 闇が一気に落ちた。


「……巡回が戻ってくる。長居はできない。撤退だ」


 エドガーはすでに帳簿と伝票束を胸に抱えていた。

 身を低くし、ルシアンのすぐ後ろに付く。


 扉を開けるかすかな軋む音。

 氷にそれを滲ませるようにして、二人はまた外へと滑り出た。


 薄雲越しの月。

 倉庫を出た途端に視界に広がった空は、藍と灰の間をしていた。

 雪原は蒼く光り、哨戒の足音が遠くで交錯している。


「戻るぞ」


 二人の影が雪の闇に溶け、夜の森へ滑るように消えていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。