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27 氷底に眠る監査印


 倉庫群は岩壁に寄り添うように並び、黒い影となって夜に沈んでいた。

 入口は半ば凍りついているが、扉の継ぎ目には使用された痕跡が生々しく残っている。


 ルシアンが指先で雪のついた錠前を触れ、囁いた。


「……簡易鍵だ。開けられる」


 金属をわずかに押し込む音。

 数秒後、扉が“コリ”とわずかに緩んだ。


「音を立てるな」

「分かってる」


 二人は影のように倉庫へ溶け込んだ。


 中は、冷気が淀む暗い空間だった。

 壁際に木箱が積み上げられ、石床には誰かが最近歩きまわった痕跡――凍りきっていない靴跡、こすれた雪の線――が点々と残る。


 わずかなランプの光で、エドガーは木箱の側面に貼られたラベルを読む。


「“軍需第六課”……ここは軍の管理下のはずだ」


 ルシアンは薄く笑った。


「“のはず”だな。実際にどこが仕切ってるかは、別問題だ」


 木箱を動かした跡の下から、くしゃりと紙の感触があった。

 エドガーが屈んでそれを取り上げる。


「伝票……?」


 雪に濡れた伝票束は十数枚。どれも同じ形式で、日付は月をまたいでいる。

 勘定欄の“支出元”に、見慣れた印が押されていた。


 エドガーの口角が緩やかにあがる。


「……これは……軍監査局の発行印だ」


「は?」


 ルシアンが奪うように紙を受け取り、印章番号を確認する。


「本物だよ。偽造じゃない」

「監査局が関与してる……? そんな馬鹿な話が……」


 エドガーは周囲を見渡す。


 倉庫奥には、小さな鉄製の帳簿箱が置かれていた。鍵はかかっていない。いや――壊されていた。


 ルシアンが蓋を開けると、中から分厚い冊子が二冊出てくる。


「“印章記録帳”……」


 エドガーが素早くページを繰る。


「全部……軍監査局の印章だ。

 しかも、発行元が“局上層部”扱いになってる」


 ルシアンの眉が跳ね上がる。


「つまり……黒幕は監査局の上ってことか」


 エドガーは静かに首を振る。


「“監査局の上”なんて、存在しないはずだ。

 ……だから、別の“上”がいるんだ」


 息が白く揺れる。

 沈黙が倉庫に重く沈む。


 もう一冊は帳簿だった。


 表紙には紙片で貼られたタイトル――

 《商務契約台帳》


 だが、中を開ければ一目で偽造と分かる。

 数字の並び、筆跡、印字位置、どれも不自然だ。


 エドガーが目を細めた。


「これは……“偽装名簿”だ。

 ここに記載されている商会……“イーヴリン商会”。ここが実行役なんだろうね」


「イーヴリン……? この辺の軍需商会じゃないか」


「そう。だが本名義で動いていない。“裏名義”が複数ある」


「……宿でじっくり読んだほうがいいな」


「持って帰ろう」


 その瞬間、外から微かな雪の崩れる音。


 ルシアンが素早くランプを消す。

 闇が一気に落ちた。


「……巡回が戻ってくる。

 長居はできない。撤退だ」


 エドガーはすでに帳簿と伝票束を胸に抱えていた。

 身を低くし、ルシアンのすぐ後ろに付く。


 倉庫を出たとき、空には薄雲越しに月がわずかに浮かんでいた。

 雪原は蒼く光り、哨戒の足音が遠くで交錯している。


「戻るぞ」


 二人の影が雪の闇に溶け、夜の森へ滑るように消えていった。



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