11 影を結ぶ線
ルシアンはブランデー入りの紅茶を飲み干し、震える指先を押さえるようにカップを置いた。
一度深く息を吸い、拳を握りしめる。
「最後は……マイルズ・オズボーン。副指揮官補佐だった男に会った」
エドガーは指を組み、少し身を乗り出すようにしてルシアンを見る。
目が合うと、静かに頷き、続きを促した。
「少佐の死因を尋ねた。すると……“誰がまだ生きてるかを気にしろ”って。
“俺たちは使い捨てだった”。
“お前も捨てられかけただろう”。
そして……“問題は灰羽隊じゃない。『上』だ。名前は言えない。本気で手を引け”って――」
エドガーは長い黒髪を指で梳き上げ、視線を暖炉へと落とした。
「灰羽隊は……誰かの隠れ蓑にされたんだ。“影を歩く人”によって。
しかもその“誰か”は、口封じのために部隊ごと消す力を持っている。
一人の暴走じゃない。軍のどこかに潜伏部隊か、それに準ずる者がいる。
灰羽隊の元隊員たちが怯えているのは、その存在のせいだろう」
暖炉の奥で、赤い火が小さく爆ぜる。
「“ヴァイナス商会”が灰羽隊の補給コードを使っていたということは──
“影を歩く人”と“ヴァイナス商会”は、確実に線で繋がっている」
エドガーの群青の瞳が、ルシアンへと返ってきた。
「そういうことだろうね」
その目に映った火が揺れ、ルシアンの琥珀の瞳も揺れた。
「エドガー……俺はお前を巻き込んじまった……。
本当は来るべきじゃなかった。でも……どうしようもなかった。気づいたらここに……。
すまない。心から……すまないと思ってる」
エドガーはふっと口元を緩めた。
穏やかで、落ち着いた笑み。
「ルシアン。これは僕に割り当てられた案件だよ。
君が僕を巻き込んだんじゃない。
僕が君を巻き込んだんだ。
だから、僕のことで君が罪悪感を持つ必要なんてないんだ」
そう言うと、すっと立ち上がり、ルシアンの背にそっと手を置いた。
「明日の朝また裁定院で話そう。夜はね、悪い方にばかり考えてしまう」
「だが……」
「いいや。今日は終わり。休むんだ。
ピップ用の簡易ベッドがある。ここで寝ていくかい?」
ルシアンは深く息を吐き、首を振る。
「……いや。帰るよ。そこまで甘えられない」
「甘えてる自覚はあるんだね」
ルシアンは片眉を上げ、エドガーを睨むように見上げる。
エドガーは不敵に笑った。
「お前は……本当に性格が悪い」
「そうかな? 皆僕を“紳士”と言うけど?」
「“紳士”がこんな散らかった部屋に住むわけないだろ」
「元気が戻ったみたいだね。……早く帰って寝なさい」
「へいへい」
ルシアンは立ち上がり、扉へ向かった。
扉に手をかけたところで、一度だけ振り返る。
「助かったよ。……お前はいい相棒だ」
「ありがとう。君もね」
「おやすみ」
「うん。おやすみ」
扉が静かに閉まる。
外は雪。
ガス灯の光が濡れた石畳を淡い橙に染め、ルシアンの足音だけが夜気に吸い込まれていった。




