10 灰羽隊の影を語る夜
ルシアンはソファに深く腰掛け、ぼんやりと暖炉の橙色の揺らめきを見つめていた。
エドガーの下宿は、広い一室に書斎と寝室が兼ねられ、隅の小さなキッチンでは湯が沸く音が静かに立っている。
この部屋は、裁定院の法務官室とは似ても似つかない様相をしている。
厚いカーテンが下ろされた窓辺には黒檀の机。
その上にはインク壺、封蝋、新聞、脱ぎ捨てられたクラヴァット、食べかけのパン、開きっぱなしの文学書。
壁の書架には法典や判例集だけが几帳面に整い、文学書は相変わらず乱雑に押し込まれている。
マントルピースには切り抜いた新聞や、未開封の葉巻箱、開封されていない手紙が無造作に置かれたまま。
仕事では完璧な法務官なのに、生活の場では散らかしがちな──そんなエドガーらしさが漂っていた。
暖炉の前には、かつて一台だけだったソファが二台に増え、小さなサイドテーブルも置かれている。
そこへ紅茶の香りがふんわりと漂った。
エドガーがカップを二つ持ち、一つをルシアンのそばのテーブルに置き、もう一つを手にしたまま向かいのソファへ腰をおろした。暖炉がパチリと鳴る。
「ブランデーを垂らした。温まるから、飲んで」
「……ありがとう」
ルシアンは静かに一口含む。
熱い琥珀色が喉を通り、冷えきった胸の奥にゆっくりと広がっていった。
「……すまない、エドガー。俺は……」
エドガーはゆるく首を傾ける。
暖炉の灯に照らされた端正な横顔が、静かな陰影を落とした。
「今日は灰羽隊の隊員に会いに行っていたんだったね。――何か、あった?」
いつもより低く柔らかな声。
「少し……混乱しててな。うまくまとまらない」
「いいよ。整っていなくていい。……話して」
ルシアンは両手でカップを包む。温かさにすがるように、ぽつりと語り出す。
「まずは俺と同期のハロルド・ケイン。無愛想だが、頼れる男だ。
だが……奴は何も話さなかった。“掘り返すな”“口を開くな”とだけ」
「“ヨアヒム・クラウス隊員”の件? それとも“ヴァイナス商会”の方?」
「……クラウス少佐についてだ。
誰が死んだとか、誰が消えたとか……言うな、と」
手元の紅茶が小さく波を立てる。
「つまり、クラウス少佐は……誰かに“消された”可能性が高い、ということか」
エドガーはカップを静かにサイドテーブルへ置き、腕を組む。
口元に添えた指先の影が、暖炉の光に揺れた。
「二人目はエリオット・ブレナン。後方支援だった男だ。
穏やかな奴だったが……今日はずっと怯えていた。
“少佐はずっと『灰羽隊は消される』と言っていた”、と。“影を歩く人たち”がいる、と」
窓を叩く冷たい風が、窓枠をわずかに震わせた。
「“影を歩く人”……か。
“ヴァイナス商会”そのものか、あるいはその背後の人物か。
どちらにせよ、表に出せない存在がいるということだね」
橙の光が、彼らの影を壁に長く映している。二人の呼吸だけが、ひっそりと部屋の影に沈殿しているようだった。




