第4話「羊水が少ない?逆子?——それでも、生きていてくれさえすれば」
「羊水が少ない」「逆子」「酸欠の可能性」
妊娠後期に入り、突きつけられる不安な言葉の数々。
それでも私は、「無事に、生まれてきてくれさえすれば」
そう自分に言い聞かせて、必死に祈るように過ごしていました。
妊娠8か月の健診。
エコーを覗き込んでいた医師が、ふと表情を曇らせた。
「羊水が、少ないですね」
その一言が、胸にざわざわとした波紋を広げる。
家に帰ってすぐに調べると、羊水が少ないことで赤ちゃんの肺の発達に影響が出ると書かれていた。
彼女は、ますます不安になった。
でも、不安に飲まれないように、何度も自分に言い聞かせた。
-生まれてくれさえすればいい。
-どんな子でもいい。ただ、生きていてくれれば。
そう願いながら、心を落ち着かせようと努めた。
妊娠9か月に入ったある日。
診察室で、医師からこんな言葉が告げられた。
「赤ちゃんは逆子の状態です。今日から逆子体操を始めましょう」
逆子。
その言葉だけで、また新たな不安が湧いてくる。
「逆子だと、そんなに大きな問題なんですか……?」
聞き返した彼女に、医師は穏やかに説明を続けた。
「赤ちゃんが下に降りてくるのに時間がかかると、
出産時に酸欠になってしまうことがあるんです。生命に関わるケースもあります」
その言葉を聞いて、彼女はすぐに逆子体操の説明書を取り出し、必死に取り組みはじめた。
毎日体を動かしながら、「赤ちゃん、頭は下だよ」と声をかけて過ごす。
それは、彼女なりの祈りのような日々だった。
逆子体操を始めてから一週間ほど経った頃、
彼女はふと、胎動が小さくなった気がして病院へ向かった。
診察のあと、医師は優しく微笑んで言った。
「大丈夫ですよ。赤ちゃんは頭を下にして、骨盤にすっぽり収まっています。
そのせいで胎動が感じにくくなっているんですね。順調です」
その言葉に、彼女は安堵した。
この子はちゃんと生まれてくる準備をしている——
そう思うだけで、ほっと胸があたたかくなった。
その晩、彼女は久しぶりに深い眠りについた。
けれど数日後。
朝、目が覚めると、体の中に広がっていたはずの命の気配が、まるで静まり返っていた。
「……え?」
思わずおなかに手をあて、何度も揺らしてみた。
でも、何の反応も返ってこない。
「そんなわけ、ない」
何度も、何度も呼びかけても、
“ぴくん”という命のしるしは戻ってこなかった。
全身から血の気が引いていく。
重たい足取りのまま、彼女は病院の門をくぐった。
この日を境に、世界が変わってしまうことを、
彼女はまだ知らなかった -。
羊水の減少、逆子、そして胎動の変化——
妊娠後期に訪れた不安の連続は、まるで静かに迫る嵐のようでした。
「生きてさえいてくれれば」
そんな切実な願いも、ある朝ふいに裏切られることになります。
振り返れば、あの頃の私は、ただ無力でした。
ただ、ただ、祈ることしかできませんでした。
その記憶をこうして言葉にするたび、
胸の奥がじわりと痛みますが、
同時に、あの子と過ごした日々の重みを確かに感じるのです。
次回予告(第5話)
第5話:「あの朝、世界が止まった」
診察室で告げられた、ひとこと。
その瞬間、時が止まり、空気が凍りついた。
-その日、彼女はすべてを失う。
そして、物語は、悲しみの核心へと踏み込んでいく。