第2話「妊娠と“男性化”――それでも、わが子を信じた」
妊娠は、幸せで穏やかな時間――そう信じて疑わなかった日々のなかで、
私の身体には、少しずつ「普通」とは違う変化が起こり始めました。
声が出なくなり、息が苦しくなり、やがて「顔つき」までもが変わっていく。
まるで、自分の身体が別のものになっていくような感覚。
「何かおかしい」と感じながらも、誰にも理解されない不安のなかで、
私はそれでも、お腹の子を信じ続けようとしていました――
今回は、そんな妊娠中の異常な体験と、診断によって明かされた真実、
そして、それでもなお「母であろうとする心の葛藤」を描いています。
少し小さめだけど、順調ですよ」
妊娠5か月の健診。医師はモニターを見ながらそう告げた。
たしかに、見た目には順調に見えるのだろう。
けれど、胸の奥にはずっと違和感があった。
自分の身体が、何か普通じゃない方向へ向かっているような気がしてならなかった。
人に相談しても、似たような症状を聞いたことがない。どの本を開いても、そこに自分の異常に重なる言葉は見当たらなかった。
当時は今のようにスマホで気軽に検索できる時代でもなく、頼りになるのは自分の感覚と、小さな直感だけ。
不安は波のように寄せては返し、静かに、でも確実に心を削っていった。
7か月が近づくころには、外見の変化も見逃せないほどになっていた。
呼吸が浅くなり、少し動いただけで胸が苦しくなる。
脈が早く、立っているのもやっと。
日常のひとつひとつが、重たく、しんどくなっていく。
そんななかで迎えた健診。
医師の表情が一変した。
「この妊娠、どこかおかしいですね」
「赤ちゃんは小さいし……あなたの顔つきも、普通ではない。すぐに大きな病院で検査を受けましょう」
その言葉を聞いたとき、不思議なことに驚きはなかった。
ただ、「やっぱり」と思った。それだけだった。
これまでの体調不良。日ごとに変わっていく自分の身体。
「このままじゃいけない」「きっと、何かが隠れている」-そう思いながら日々を過ごしていたから。
紹介状を受け取り、ようやく大きな病院へ行くことが決まった。
診察を受け、いくつもの検査を重ねたあと、異常の原因がついに明かされる。
医師が静かに説明を始めた。
「妊娠初期、とくに胎児が男の子の場合、少量の男性ホルモンが体内で分泌されることがあります。通常は数値が2〜3、多くても15くらいです。でも、あなたの場合は……3000」
信じられないような数字だった。
つまり妊娠中にもかかわらず、極端な“男性化”が進んでいたことになる。
たしかに思い当たる変化はいくつもあった。
体毛は急に濃くなり、脚には太く硬い毛が目立ちはじめていた。
まるで男性のようだった。
そして、声。
もともと明るく通る声だった。
けれど、知らないうちに声がかすれ、まるで思春期の少年のような声変わりが起きていた。
やがて、ほとんど声が出なくなった。
「ああ……声まで……これから私は、どうなってしまうんだろう」
そう思いながらも、心はどこか遠く、他人事のようにこの現実を見ていた。
感情がついてこない。
感じるよりも前に、意識の蓋が閉じてしまうような感覚。
現実から目を逸らしていたのだと思う。
そうでもしなければ、壊れてしまいそうだった。
心は限界に近づいていた。
「どうか無事に、生まれてきて」
第2話まで読んでいただき、ありがとうございます。
この回では、妊娠中に起きた“異常な変化”と、戸惑いの中で進んでいった日々の記録を描きました。
当時は、何が起きているのかも分からず、声まで失った自分をただ受け入れるしかありませんでした。
次回予告(第3話)
ある晩、私は初めて「この子が生きている」と確信できる瞬間を迎えます。
声を失い、孤独の中で揺れ続けていた心に――
ほんのわずかでも「希望」が差し込んだ、かけがえのない夜のことを綴ります。