#12 生みの親との実戦訓練
「一つお訊ねしますが、何故私なのでしょうか。」
ホムンクルス三体による戦闘行動訓練。戦闘人形計画の進捗状況を配属となった特殊戦術部隊に見せる場であり、計画の第二段階へ移行するための情報開示となったこの日。三体のホムンクルスはそれぞれに魔術を使用し、かつて対峙した帝国軍の魔術戦術部隊と同じような攻撃方法を、生きた人間ではないが戦力として扱うことが出来ることを示した。この日は参謀本部の上官たちも視察に訪れていたが、彼らを含めてホムンクルスたちの評価は上々といったところだ。これらが量産されれば、あの魔術戦部隊にも互角に戦えて十分に最前線の助けになるだろうと。上層部の人間はその場で計画の更なる進行を伝えたが、そこへ一人の男が発言した。統合作戦本部参謀本部に所属するライネス大佐だ。独特の低い声がフロア中に響き渡ると、その場の空気が一変した。まるで彼の声圧に空気が圧縮されたような、緊迫したものになる。
「理由は二つ。一つは、単純だがこの場にいる兵士の中で最も技量に長けた兵士が貴官だからだ。最も強く立ち合いの出来る者を相手にしたとき、ホムンクルスはどう相手するか。彼女たちが戦場において最も強い存在でない以上、その上の者と対する可能性が生じたときにどう対応するか、確認しておきたい」
「――――――――――。」
ライネスの話す内容はもっともなことであった。確かにホムンクルスが戦場に投入されたとして、彼女たちより強い兵士と対する可能性は十分にある。それと対面したときにどう対処するのか、出来るものなのか、それを知りたいのだろう。彼らとてそれは同じであった。自分たちが相手をすることになるとは思いもしなかったが。
「暫く前線を離れている身でも、でしょうか」
「そうだ。“バルテリッヒ戦域の英雄”であれば十分に務まろう。それに………貴官は自身に魔術強化を施すことが出来る。つまり、魔術師を相手にした場合の戦闘も見られる。それがもう一つの理由だ」
参謀本部はアレックスの戦士としての能力も非常に高く評価していた。それに加え彼には魔術の素養が強く備わっており、今回の計画のいわば第一人者としても活躍してもらった。彼は自らに魔術をかけて身体能力を大幅に向上させることが出来る。身のこなしが早くなる、力が強くなる、動体視力が飛躍的に向上する、着地時の衝撃を大幅に緩和させるなど、付与できる特殊効果は様々だ。いずれにしてもそれらの能力は普通の人間には手に入らないものだし、それを魔術によって付与することが出来るのは魔術師以外にはいない。アレックスにはそれが出来る。この特殊戦術部隊の中でも殆どいない魔術に通じる兵士だが、そのようなものがなくともアレックスは純粋な戦闘力においても高い評価を得ていたのだ。
――――――――――――バルテリッヒ戦域。帝国との間で行われていた一進一退のとある攻防戦において、彼はその名声を得るに相応しい戦果を挙げた。
「………、かしこまりました。」
フロアで見ている皆が息をのむ。同じ研究者であるトーレスは思わず拳を強く握ってしまう。一方のエマは少しだけにやけながらその様子をじっと見ていた。戦闘訓練で、彼女たちを作り出した者自身が彼女たちと対することになった。アレックスは兵士の一人から木剣を預かると、それを持って中央に移動した。相手となるのは試験体24番目のティーゼ。この時の彼の心情は、自分が実戦訓練に参加するとは思っていなかったというものと、彼女の戦闘能力をこの身で把握できるという期待の二つ。興味のほうが勝ったともいえるだろう。しかしこのような機会を与えられたからには、手加減する必要もない。
「ティーゼ。聞いての通りだ。これまでのルール同様に僕を倒せ。――――――――僕も全力でいく。」
「――――――――――承知しました。」
たとえそれが主の命令とあらば、主を相手にすることになったとしてもその命令を受諾する。ホムンクルスとは道具であり従属性質を与えられている。特定の人物の命令しか聞かないが、それゆえに特定の人物からの命令は絶対のものとなる。彼は彼女にハッキリと命令した。そのうえで彼も木剣を構える。
ああ、いつぶりだろうか。この部隊に配属されるよりも前、帝国軍と最前線で戦いを続けていた時には当たり前のように実剣を持っていた。最前線から離れ、この計画を知らされるその時まで、彼は他の兵士と変わらぬ戦闘兵だった。多くの命を奪い、多くの味方の為に力を尽くす、戦う兵士。何も特別視されるようなことはない、ただの兵士。もっともそう思っていたのは彼だけであり、他の兵士たちからの評価は違った。
“久々にアレックス少尉の戦闘姿を見る”
“あの英雄譚の再来だ!”
“我らを導く剣だ”
―――――――――生真面目な彼には似合わないほどの、熱量がそこにはある。
「――――――――――!!!」
「――――――――――――。」
目を閉じ、心の中で唱えるように。そしてそれを自らの身体へ通わせるように。自分の身体の中に通す魔力は荒波の激流のように、血の巡りを逆行して全身に伝う炎のように。彼は彼の中で魔術を起動させる。全身の肉体強化、俊敏さの向上。その代償に、魔力を通わせることは身体に大きな負担を強いる。これに慣れていない人であれば、術式起動時の魔力反応だけで倒れてしまうこともあるが、彼にそんなものはない。彼にはこれがどれほどの負担なのか、すべて理解出来ている。
初撃。互い10メートルほどの間合いを猛烈な速度で詰めると、一撃目から鍔迫り合いを起こした。ただの木剣同士の打ち合いのはずが、フロア全体を小刻みに震動させるほどの衝撃が伝った。初撃だけで分かる人には分かる、圧倒的に人並み外れた破壊力。ホムンクルスが元々そのような意図で作られているため、通常の人間を凌駕する能力を有することに不思議はない。だが、他の皆が驚いたのは、そのホムンクルスすら凌駕するほどの戦闘力を発揮していた、アレックスであった。
「っ――――――――――!!」
「―――――――――――!!」
彼は自身の身体に魔術をかけ強化を施した。ホムンクルスであるティーゼが全力で戦うことが出来るよう、彼自身も本気で戦おうとした。その太刀筋、身のこなしは、とても久々に剣を振るう者の姿とは思えないほどの技量であった。同じ兵士たちからすると、明らかに人の動きを凌駕するようなものに見え、参謀本部の人たちからすると、やはり彼こそ最前線で戦わせるべきだと思わせた。あれほどの戦いが出来る人をこのような狭いところに置いておくのはあまりにもったいないだろう、と。元々彼にこの計画を命じたのは参謀本部であり、その彼らが前線に欲しいと思うのはあまりに強情が過ぎるものではあったが。
二撃目、三撃目、と剣戟が交わされる。その間、アレックスは一度も相手からの攻撃を受けるのではなく、果敢にティーゼを攻撃し続けた。
「……………。」
これには理由がある。魔術師を相手にしたときに彼女がどう対するか。アレックスが考えていたのは単にそれだけではなく、自分が攻め立てられた時に“自ら考えどう対処するか”を確認していた。アレックスが一度も攻守を切り替えなかったのは、ホムンクルスが防御に徹した際、自分の考えで回避行動や防衛本能を引き出せるか、知りたかったからだ。戦闘時に自ら考え行動が出来るかどうか。この有無によって、絶対服従の戦闘兵士はより効果を発揮する。
―――――――――その思惑に、彼女はしっかりとはまっていた。
彼女たちには自らの欲求は存在しないだろう。ただ与えられた命令をこなすだけの道具、という意味に何ら変わりはない。だが、そんな道具だが“考え無し”という訳ではない。彼女たちは恐らく、あらゆる世界を目にしたとき、それを知識として身に着け、心に考えを持つことが出来る。自ら知覚し判断することの出来る生命体なのだ。
そうであれば、なお面白い。そう思ったのだ。
「おお………こいつはスゴイ」
「引き分け、か。」
「少尉はやっぱすげえ………」
「ほんとうに暫く剣を振るってなかったのか?」
お互いの剣戟が10も数えないとき、同時のタイミングで木剣が砕け散った。アレックスは、彼女に反撃させる暇を一切与えず攻め続けた。それに対しティーゼは、アレックスの攻撃を読み取りながら適切に回避行動をして反撃の機会を窺っていた。“考えながら戦闘をこなすことが出来る”という意味を考えたものは、このフロアには誰一人としていなかった。ただ彼らに映ったその光景は、魔術師を相手にした際のホムンクルスが期待以上の戦力となり得ること、そしてアレックス少尉はやはり人外な戦闘力を有している、ということ、その二点に集中していた。
「良いものを見せてもらった。感謝する、アレックス少尉。………ホムンクルスと諸君ら特殊戦術部隊の今後の部隊配置については、おって通達する。」
ライネスを含む参謀本部の士官たちは、揃ってフロアから退出した。つい先刻までは激しい熱量を伴う戦闘が行われていたが、それが嘘のような沈黙に包まれていた。戦闘の終わりが告げられると、ティーゼは黙ってアレックスのもとへ歩み寄った。
「これでよろしいですか。マスター。」
何の反応をもとにその言葉が出たのかは分からないが、その言葉に対しアレックスは少しの笑みを浮かべながら、
―――――――――ああ。みんなよくやった。
計画の第一段階が成功したことを確信して、そのように言葉をかけた。




