第19話 片想い
俺──赤城勇翔は、片想いをしていた。
5歳の頃からの幼なじみ、の妹だ。
異能力者であること以外は何て事無いただの少年だった俺は、既に崩壊が始まっていた世界でそれなりに幸せに暮らしていた。
片想いの彼女はというと、小さい頃から成長しても家族を好きでいて、特に兄にはベッタリで恋人かと思うほどずっと一緒にいた。
そのブラコンで周囲からからかわれる事も決して少なくは無かったが、それで気持ちが変わるほど浅い絆ではなかった。
なのに何故、幸せな日常は壊されなければならなかったのか。
炎に包まれる街。あちこちで聞こえる人々の阿鼻叫喚。思い出が奪われる感覚。
どれだけの業を背負っても、この地獄絵図に辿り着く者などいないんじゃないかと思えるくらいには絶望した。
幼なじみも、片想いの彼女もそうだった。あそこは家族の絆がどこよりも強いから尚更だろう。
亡骸を確認しなくとも両親が死んだと分かると、俺は2人の元へと駆けていった。
どこもかしこも炎、瓦礫、死体、悪夢なら早く覚めてくれと何度願ったか分からない。
これが世界の終わりなんだと、19歳という年端もいかない若者ながらに悟ってしまった。
少し走った先にあった幼なじみの家も焼けており、両親が生きたまま焼かれていく姿を見て正気を失った彼女は、轟々と燃える家へと駆け出した。
俺の糸は間に合わない。
頭上から崩れたコンクリートが落ちてくる。
人1人なら容易く潰すだけの瓦礫だ。
このままでは死ぬ、目の前で死ぬ、両親だけじゃなく想いを寄せる彼女まで目の前で死なせるなんて嫌だ。
そんな淡い願いが、最悪の形で叶ってしまった。
幼なじみが彼女を庇い、潰されたのだ。
※ ※ ※ ※ ※
この悲劇を起こした者に復讐を誓った彼女とは疎遠になり、俺はこの世界の崩壊を止めるために活動する政府公認の組織へ入った。
入りたかったというよりは、ここにしか入る場所が無かったからと言うべきだろうか。
異能力者のほとんどが戦線の最前線に向かわされるが、熱に弱い俺の異能力では戦線には立てなかった。
類似した異能力者はごまんといるし、俺もそもそも戦いたくなんて無かったから、立たなかったが正しいだろうか。
その組織内で唯一戦闘にも特化していたモノだから、政府の目を掻い潜り極秘裏に進めていたある計画に参加した。
〝タイムリープ計画〟
その名の通り、過去へタイムリープして悲劇を未然に防ごうという計画だ。
言えば簡単に聞こえるが、この技術を実現するためにタイムリープに必要不可欠な異能力のサンプル、つまり異能力者の遺伝子を集めるには想像を絶する地道な作業を要した。
黒三泰智教授をはじめとする精鋭の研究者や技術者達の苦労の末にタイムリープ装置は完成し、唯一志願した俺が被験者第1号となった。
理由は1つ、彼女が誰かの異能力で同じ過去にタイムリープしたという情報を得たためだ。
風の噂程度だったが、彼女を危険な目に遭わせる訳にはいかない。連れ戻す事も兼ねて俺は2080年の九里ヶ崎区に向かった。
※ ※ ※ ※ ※
27回失敗し、その度に2100年に戻っては絶望に打ちひしがれる日々。
彼女は見つからず、世界の崩壊という事実だけが延々と繰り返された。
立ち直るために様々な人達の力を借りた。励まされても突き放したり、タイムリープに耐えられないほどに体が虚弱化するほどの時もあった。
それでも諦めずに立ち上がった。片想いなんてちっぽけでくだらなくて、儚くてダサくて、誰にも譲れない感情のためだけに。
28回目、ようやく出会った彼女は変わり果てていた。
幼なじみに庇われた時に足だけは巻き込まれて車椅子となった事は聞いていたが、俺の事を全く覚えていなかったのだ。
無茶なタイムリープは人体に何らかの影響を及ぼす、だから痩せ細った時の俺は実行することを許されなかった。
だが彼女はまだ回復しきっていないと思われる状態で、復讐心という気力だけでタイムリープに成功した。
方法は不明だ。タイムリープ技術が流れていたのか、はたまたタイムリープを可能とする異能力者が裏にいるのか。
俺を覚えていない彼女は嶋内悠真を殺せば世界は救われると言い、幾度タイムリープしても嶋内悠真と人質の玲成水希を殺した。
しかし世界は崩壊へと進む。黒三教授の話を聞いて確信を持った。
──玲成水希を殺せば、世界滅亡のトリガーとなる玲成水玖のリミッターが外されて世界の崩壊が始まる、と。
皮肉にもほどがある。
つまり彼女の世界を救うため行動が、世界の崩壊を招いていたというのだから。
運命を恨んだ。
運命を呪った。
運命を悔いた。
彼女を止めなければ世界が滅びる。だが彼女は予想をはるかに超えて強力で、手の打ちようが皆無だった──
──俺1人では。
警視庁から犯罪組織、ありとあらゆる者に協力を求めたが、結局彼女の暴走は止められなかった。
そもそも賛同してくれない組織がほとんどだったので、ついに俺は愚行としか思えない賭けに打って出る事にした。
嶋内悠真と、協力関係を持つ。
どんな危険が及ぶかも分からない綱渡りだが、それしか道は無いと思っていた。
嶋内悠真を殺させないために、玲成水希を殺させないために。
俺は43回目のタイムリープのために、また命を削っていった。
※ ※ ※ ※ ※
「水希!! しっかりしろ水希!! っ……クソッ……」
勇翔と水希は鉄の棒が腹に突き刺さり、多量に流れていく血を止められないまま意識を失っている。
メアリーも医術の心得は無いため手を出せず、様子を見る蘭堂は高らかに笑う。
「っはははははははは!!!! 嶋内悠真、どうだ……私が憎いか?」
両拳を握りしめ、歯を食いしばってようやく理性を保つ悠真は、倒れ込んだ水希から目が離せない。
絶対に守ると誓っておいて、結局己の弱さが原因で窮地に追い込んでしまっている。
そんな自分を、どうして抑えられよう。
蘭堂を許してやってほしいと勇翔に言われ、その願いを尊重するためにはこの怒りを鎮めなければならない。
なのに湧き上がるこの激情に逆らう方法も理由も道理も無い、大切な人がこんな目に遭わされて何もしない訳にはいかない。
「……勇翔……俺はお前を守りたい……だから……」
1度開いた手を再び握りしめ、笑みを崩さない蘭堂に凄まじい怒りを込めた視線を激突させた。
「お前を守るために、お前との約束を破る」
悠真の異能力は発動しない。
自身の心を信じ抜けておらず、心から願う目的を果たそうとしていないためだ。
目の前で水希が殺されようとしている、その一時の激情に身を任せ、さらには勇翔との約束も破り、醜くも復讐心を抱いてしまっていた。
全ては、蘭堂の手の平の上で踊らされていた。
「それでこそ、我が憎むべき敵の姿」
捻じ曲がった正義が、悠真の心を支配した。
あとは簡単。飛んでくる悠真の拳を両手で受け、異能力を発動させれば終わり。
「っ!?」
真っ正面から向かっていった悠真は、蘭堂が構えていた重ねた両手に誘導されるように殴る。
蘭堂からすれば強力だが、素手の一発ならばただ痛いだけでそこまでのダメージは無い。
何より触れる事で異能力発動条件を満たせるのだから、リスクを圧倒するだけのリターンが返ってくる。
乗せられた悠真は体がピクリとも動かなくなり、蘭堂は体勢を立て直して悠真に近づいた。
「哀れ哀れ、全く以て哀れ……それでよくも世界を滅ぼそうと思ったな、クズが」
「クソ……離せ!! 蘭堂ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
「っはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!! 愉快だな、意志無き拳など無力に等しい、今すぐ楽にしてや──」
──瞬間。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!
少し離れた位置から、強大なエネルギーを秘めた炎の柱が天を衝く。
蘭堂の異能力の発動条件が満ちた時、また別の者の異能力の発動条件も満たされた。
20年以上かけてゆっくりと世界を崩壊させていく、蘭堂が憎むべき本来の敵──
──玲成水玖である。
「……焼却」




