第18話 2度殺す
「……っ……ここは……」
「じっとしていろ」
悠真達が来る数分前。廃ビル屋上。
目覚めた水希の体は宙に浮いており、縛られたりしていないが体が十字架に拘束されたように動かない。
腕を水平に上げられた水希の前には、車椅子に座って水希をニヤリと笑いながら眺める女子高生。
蘭堂薫──赤城勇翔と同じく20年後の世界からタイムリープをし、世界滅亡を防ぐために、復讐を果たすために悠真の命を狙う女。
「……蘭堂先輩……何で……」
「嶋内悠真と深い関係のある同じ高校の生徒がお前しかいなくてな、こうすれば嶋内悠真は来るだろう?」
間違いなく来る。そんな確信が水希にもあった。
水玖の事件の際に見た、自分のためではなく誰かのために命を懸けられる姿。
完全に知っている訳では無いが、大人を唸らせる根拠や全人類に分かってもらえる理論など無くても、確信は心から持っている。
悠真は、嶋内悠真とはそういう男なのだ。
「……悠真を殺してどうなるんですか、あなたが悠真の何を知っているんですか」
言い終わって閉じた口の中では強く歯を食いしばり、何とか怒りを堪えきる。
「破壊の限りを尽くす悪魔、それだけで十分だ」
「悠真は何もしてない! そんなことするわけない!!」
質問に答えた蘭堂から笑みは消え、今はまだありもしない事実に水希は乗り出しそうなほど前のめりに強い言葉を吐く。
「これからするんだよ、それが奴の本性だったという事だ」
「何を言っているか分かりませんが、この先未来永劫悠真はそんな人になんてならない……絶対に」
「はぁ……埒があかない、疲れるだけだ」
「……せ」
「は?」
蘭堂が上手く聞き取れなかった言葉を、今度は何も惜しむこと無く息を吸って声に出した。
「悠真を悪魔だなんて言ったことを、取り消せって言ってんの」
「……しつこいぞ」
「取り消すまで何回だって言ってやる! 悠真は悪魔なんかじゃない!!!」
水希の何がそこまで言葉を強めるのかを蘭堂は知らない、何をもって激情に動いているのかも。
ただ水希の姿勢や言葉は、復讐心に満ち満ちた蘭堂の心をノーガードで殴るようなモノであり、冷静さを保っていた蘭堂はついに感情を露わにした。
「っ!! あ……が……」
誰も何も行動を起こしていないにもかかわらず、突如首が絞められた水希は呼吸が上手く出来なくなり、苦悶の表情の浮かべる。
「お前こそ私の何が分かる!! 私の家族を燃やし尽くした悪魔を悪魔と呼んで何が悪い!! ──
──目の前で家族が悲鳴を上げながら焼かれて死んでいく姿など見たこと無いだろう!! あの業火が目に焼き付いて離れない!! あの悲鳴が耳に絡み付いて離れない!! ──
──全てが憎い、私から全てを奪った嶋内悠真が憎い……お前の心などどうでもいい、黙って私の復讐のための道具となればいいんだ」
次第に呼吸が出来なくなっていく。
ふわふわとした感覚が訪れ、苦しみが意識を飛ばすのも時間の問題だ。
縛り付けられるように体の自由が利かないため、足を振ることも零れる涎を拭う事も出来ない。
目が霞んでいく。声だってもう出ない。抵抗しようという気力も、そもそもの思考もだんだんと薄れ行く。
助けても言えず、希望が無い事がどれほど辛く厳しいことなのかを思い出した。
もう限界はそこまで来ている。呼吸の仕方も忘れそうだ。首が痛くてたまらない。楽になりたい。
この苦しみから解き放たれる事を願うばかりで、思考も希望も今にも放棄しそうなほど手に力は入らなくなり──
──それでも、悠真の事だけは頭から離れない。
「水希!!!」
口の動きだけで、あなたを呼んでいた。
きっと助けてくれる、あなたはそういう人だから。
私が手放したとしても、あなたはまた運んできてくれるから。
強がれた、あなたならきっとそうするから。
信じてる、あなたも信じてくれているから。
ああ、すごいな。
私はあの日以来心の底から、あなたに憧れ、あなたを見続け、あなたを信じ抜いて──
──ずっと、待っていたんだ。
※ ※ ※ ※ ※
「水希!!!」
屋上の扉を開けて目に入った光景は、ひとりでに浮遊して苦しむ様子を浮かべる水希。
その次に車椅子の女子高生が激昂した表情で水希を睨み、強く言葉を吐き捨てる様子だった。
悠真はなり振り構わず水希の元へと駆け寄り、アサルトライフルを構えていたメアリーは蘭堂の方へと銃口を向ける。
ダダダッッ!! と放たれた数発の弾丸は一直線に蘭堂の方向へ突き進み、車椅子のタイヤや手すりなどに当てて蘭堂には擦りもしなかった。
「っ!?」
しかしこれによって蘭堂の注意はメアリーと勇翔に向き、その刹那に水希の首を圧迫していた力と拘束していた縛りが消えて無くなる。
すかさず勇翔が左手の指先から糸を繰り出し、その粘着力で両手を車椅子にくっつけて拘束した。
「うおおおおおおおおッッッ!!!!!!」
縛りが失せたせいで為す術無く落ちる水希を、悠真は飛び込んでギリギリ受け止めた。
「っぐ……おおおギリセーフ……」
「悠真……」
「ったく世話かけんなよ、俺試合だったんだけど……」
悠真は力が入らず足がもたつく水希に、肩を貸して立ち上がる。
水希の親友も嫉妬するボリュームの胸が触れて思わず目を逸らすが、水希は気にせず悠真に寄り掛かった。
「お、おう……大丈夫か」
「……ありがとう」
悠真に聞こえないように口ずさんだので、「何て?」と言われても答えることはなかった。
それでも水希が見せた微笑みは、紛れもなく悠真の心が生み出したモノであった。
「っ……何だお前ら……」
「大人しくしてろ、蘭堂薫」
自らの動きを全く悟らせないかわりに、悠真側の情報もほとんど持っていない蘭堂にとって勇翔の存在は想定外だ。
ここまで来るのが速すぎる事も、配置しておいた悠真よりも能力の高い刺客を全て倒した事も、この男という存在だけで理由が成り立つ。
勇翔の全てを読んだ──幾度のタイムリープでパターンを知っていた──行動が、蘭堂の復讐を瓦解させていく。
「っははは……お前が、お前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前が──
──まとめて殺してやる」
瞬間、屋上の柵がひとりでに分解し、何本ものの鉄の棒が宙に浮いた。
鉄の棒は一気にメアリーと勇翔に向け、銃弾ほどの速度で放たれる。
「っちぃ!!」
勇翔は両手の平から束になった糸を繰り出し、大きな障壁を作って鉄の棒から身を防ぐ。
しかし鉄の棒は糸の障壁に当たっても威力が死んで床に落ちること無く、貫かんとさらなる威力で障壁に対抗した。
「はああああああああああッッ!!!!」
鬼気迫る蘭堂の激情に呼応するように威力が上昇していく鉄の棒は、しなやかさも併せ持つ強力な糸の障壁を、ついにこじ開け突破した。
「なっ!?」
数は半減するも雨のように降り注ぐ鉄の棒に対して、メアリーはアサルトライフルを犠牲にしつつも異能力で軌道や位置を見分けて何とか回避した。
勇翔も糸を繰り出して回避しようとするが、突如体の自由が利かなくなって動けなくなる。
「この糸も体の一部なら、お前はもう私の手の内だ」
蘭堂の手を拘束していた糸が解ける。
腕を擦り足を切り、鉄の棒が生傷を次々と負わせ、そして2本の棒が勇翔の腹をぶち抜いた。
「がはっ……」
「私の〝皆一緒に踊ろう〟の前では、お前らの排除など容易い」
「勇翔ォ!!!!」
膝から崩れ落ち、傷口と口鼻から血を多量に吐く。
遠のく意識に抗えず、横たわるように倒れて目を閉じた。
「っ……息はある……けど……」
メアリーがすぐに介抱するも、2本の鉄の棒は共に内臓を貫いており、助かる見込みはほとんど皆無に等しいと見た。
床に広がっていく血も止められず下手に手を出せないため、メアリーも目をギュッと閉じて歯を食いしばり、冷静さを保つ事に必死になる。
「クソッ!!! 蘭堂!!!」
「安心しろ、直に楽になる」
「うるせぇ黙ってろこの────」
頬の右側にピチャッと。
赤色の液体と鉄の臭いが悠真の体に飛び、肩を貸している女子高生の喉仏から嫌な声が上がった。
「あぐっ……うっ……」
腹を貫く1本の鉄の棒。
崩れ落ちる体、飛ぶ意識、離れる肩、やがて倒れてドクドクと流す血潮。
「み……ずき……」
「心と命、私はお前を2度殺す、嶋内悠真」
「水希ぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」




