第15話 秘められた本性
「……はい」
4月20日、第5研究所1階エレベーター前。
普段は天然でおっとりとした性格で、子供や野郎達からはかなりの人気者として知られている心理士の1人。
宮木弥海。
結婚はしても職場では名前を変えず──理由は当人曰く「よく分かんな~い♪」だそうだ──そのまま第5研究所で、異能力者の少年少女の相談相手となっていた。
だがこの時の宮木の面持ちは、おっとりとはかけ離れた禍々しい色をしていた。
『決行は今日だ、計画通りお前は何もしなくていい』
「はい」
『……どうした弥海、今さら僕と結婚した事を後悔しているのか?』
暗い声音の宮木を気遣っているのか、はたまた嫌われていないのか確認しているのか、電話の向こうの男は粘着質な質問をする。
宮木は表情を特に変える事無く、淡々と答える。
「楽しみで仕方ないんですよ、ガキ共の相手とかアフロの雑用とかで終わると思ってた人生に、彩りを加えてくれたあなたの戯れに参加出来て、楽しみで仕方ないんです」
突如、にぃぃいい、と狂気を限界まで表現したように口角を上げ、電話の向こうの男に一言言い放つ。
「頑張って殺しましょうねぇ~~~☆」
突き当たりの壁に顔を向けて電話をしていた宮木は、普段のゆったりした声色に狂気の黒を加えた声で言い、電話を切った。
「何してるの~?」
「っ……」
電話を切った直後、背後から自身に話しかけてきた声に一瞬肩をビクンと上げる。
しかしすぐに表情や雰囲気をおっとりとした天然な宮木弥海にシフトチェンジし、癒し系の笑顔で話しかけてきた者に振り向く。
「え~っとね~、迷子になっちゃって~♪」
「え~大人なのに~?」
「ホントね~♪」
電話の内容を聞かれていないのを察し、少し安堵する。
話しかけてきた者がターゲットの玲成水玖であった事はかなり驚いたが、バレる事無くやり過ごす事は成功出来そうだった。
その時──
「あ! お姉ちゃ……誰?」
「こ、こんにちは~……」
「知らない人に話しかけちゃダメだよ~?」
「事実だから何も言えねぇ……」
エレベーターから標的の姉である玲成水希と、担当している異能力者の嶋内悠真が現れ、鉢合わせてしまった。
「宮木さん、これは……」
だが危機感は特にない。
むしろ警戒心を持った方が怪しまれる。
「うん、アタシが迷ってたらこの子が助けてくれたの~♪」
「迷うって……」
裏の顔を、本性を隠すために作り上げたこのキャラクターならば、自らの演技力ならば高校生程度騙せて当たり前なのだから。
「この子偉いね~♪ あ、そうだ! 悠ちゃんも行こうよ!」
「え?」
計画に影響は微塵も出さずに乗り切った。
この後の襲撃でただただ怯えるフリをしてやり過ごし、警視庁にシロだと思わせるように振る舞えば後は何の問題も無い。
溜まりに溜まったストレスを、全身を返り血で血みどろになるまで暴れ回って解消するだけだ。
誰にも理解してもらえないと思っていたこの性格を、唯一曝け出しても認めてくれた三苫幹嗣に感謝を込めて。
全ては、三苫幹嗣の野望のために──
※ ※ ※ ※ ※
フード付きのマントを脱ぎ捨て、ボディラインがくっきりと見える黒のライダースーツ姿となった宮木は、両手にナイフを持ち狂った笑みを浮かべる。
「血ぃぃいいいいいぃぁぁああああああああああああははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!」
「殺すなよ」
「分かってるわよ」
アサルトライフルを構えるメアリーは急所を外すように、しかし手加減など一切せず引き金を引く。
ババババッッ!! と連射される弾は肩や太ももに向けて一直線に放たれた。
「ふっ」
それでも見ていて気持ち悪くなる笑みを崩さない宮木は、柔らかい体を器用に動かし、紙一重で銃弾をかわした。
「嘘だろ!? 銃弾かわしやがった!!」
続けて何発も連射するが宮木は無駄な動きを一切見せず、もはや美しいとすら思わせる身のこなしで紙一重に銃弾をかわす。
「……ここは私1人でいい、早く行きなさい」
「何言ってんだ!! 近付かれたらお前の異能力じゃ……」
「はっ! これは私のメインウエポンじゃないって言ったでしょ! 伊達にクレア=ブラッドフォルランス追ってないわよ!!」
「けど!! ……っ!?」
それでも明らかにタイマンでは勝てなさそうな身のこなしの宮木を相手に、露城はメアリー1人では危険だという意識は変わらない。
この研究所内に入ったタイミングから密かに警視庁に応援要請をしているが、単独でその数分間を耐え凌げるかは不透明だった。
すると、ポンと露城の肩に手を置く黒スーツのボディーガードの1人。
ラグビーのフォワード並の巨体の黒スーツは、そちらよりやや細く見えるものの筋肉は引き締まっている黒スーツと目を合わせ、メアリーを信じることを決めていた。
「ぐっ……あと数分で応援が来る、それまで持ちこたえろよ中学生!!」
「い、生きてまた会いましょう!!」
露城は歯を食いしばりながらもメアリーの意志を尊重し、黒サンタや黒スーツ達とエレベーターのある角を曲がる。
「生きてまた会ったら、殺さないとなあの中年」
弾が切れ、プロでも感嘆しそうな速度で弾の再装填をするメアリー。
だがそのスキを逃さず、宮木は重心を低くした姿勢でメアリーとの距離を詰める。
走る勢いをそのまま腕を引き、メアリーの喉元を狙って右手のナイフで刺突にかかった。
「……やるね~~~☆」
「中長距離攻撃は苦手なんだよ」
アサルトライフルを床に落とし、武器は一切持たずに、狼が噛み付くが如き握力でメアリーの両手首を握り締めて無力化した。
メアリーが最も得意な戦闘スタイルは、その常識外れの視力を駆使した精密機械のような精度の射撃ではない。
たとえどんな武器や異能力を持っていても対応出来る目を駆使した、オリジナルの体術だった。
「はあっ!」
手首を掴んだまま逆上がりをするように宮木の顎を蹴り上げようとするメアリーだったが、こちらも紙一重でかわされ2人は距離を取る。
双方の間合いはほぼ同じ範囲、身のこなしも互角。
一方は殺すためにナイフを振るい、一方は捕らえるための無力化を図る。
しかし2人の女は笑う。
「ぶっ殺す」
「野蛮だな、もっとSmartにいくわよ」
※ ※ ※ ※ ※
「行くぞおい!!」
「……分かりました」
メアリー以外が悠真と水希の元に集まり、黒サンタはエレベーターの準備、黒スーツは宮木や他の刺客を警戒、露城は悠真の元に向かう。
「……立てるか嬢ちゃん」
「……お願いします……私も行かせてください」
悠真から離れ、目をゴシゴシと拭った水希は覚悟を決めた目で露城に嘆願する。
「そいつは無理だ、後で応援が来るからここで」
「助けたいんです!!! ……もう……逃げるのは嫌なんです……」
確かに応援が来たとしても、ここにいれば命の危険が伴う。
だが向かう先の方が危険なのは容易に想像出来る。
「何にでも利用してください、私は食らい付きます……お父さんも水玖もあんな思いをして、私だけがのうのうとしてていい理由なんて無い」
露城は言葉を飲み込んだ。
さっきから年下の女達に言い負かされて少し情けないと思いつつも、水希の目を見て止める事は出来なかった。
「刑事さん、俺からも頼む……俺が付いてるから、足手まといにはさせねぇよ」
もちろんそういう悠真も同様の目の色をしている。
ここへ来る前も丸腰で行くのはやめろと散々言ったのだが、使い方の分かんない武器より使える両手で水玖を助けたいと聞かなかった。
酒も飲めないタバコも吸えない高校生にここまで言われて、つくづくつまんない人間になってしまったとため息をつく。
「分かった分かった、もう何も言わねぇよ……ただし危ねぇと思ったら絶対逃げろ、俺がお前らを守れるかは分かんねぇぞ」
「あ……ありがとうございます!!」
「あんたの手なんかいらねぇよ、俺逃げる気さらさらねぇから」
意地に付き合ってあげてるのに、頭を90度下げてる水希はともかく生意気に微笑む悠真がやはり気にくわない。
「言ってろ」
「皆! 乗り込んで!」
黒サンタの合図で悠真達はエレベーターに乗り込む。
4階のボタンを10秒長押しすると開けると閉じるのボタンが光り、同時に押すとエレベーターは一直線に下がっていく。
表向きには地下など無い第5研究所の、水玖や一番の待つ地下へと。
各々の思いを胸に、いよいよ決着に向けて動き始める──




