第14話 光
「誰もいないわね」
第5研究所前で停車した黒のワンボックスカーから、悠真達はおそるおそる降車した。
しかし付近には誰もおらず悠真と黒サンタは胸をなで下ろすが、他の者達はさらなる警戒心を持つ。
「位置的には研究所の下……アフロ、研究所の地下室に何か心当たりは?」
聞かれた黒サンタは、怪訝そうな表情を浮かべる。
「ここの地下室は僕と所長しか入り方を知らないはず……けどさっき所長、バリ島の海の写真投稿してたし……」
「間違いない、警視庁の方でもスタッフのシロは証明されてる」
「ふーん……で、秘密の地下室には何があるの?」
事件以前に場所そのものがクサいと睨んだメアリーは、ギターケースを軽々と背負い直して疑るような口調で問い詰めた。
少し俯き言い倦ねる黒サンタだったが、この際致し方ないと腹を括って口にする。
「……もう何年も前に打ち止められたけど……人体実験をやってたんだ……」
不穏な空気がさらに澱む。
最初にメアリー。
続けて黒スーツのボディーガード。
1歩遅れて悠真達が研究所内へと駆けて行く。
ここまで来たら誰の足が止まろうと、1人でも必ず水玖の元へ向かわなければならない。
その先が血塗られた結末であっても、彼らは始めからその覚悟を放り投げる事を許されていない。
悠真は約1年ぶりに、命を賭して誰かを助けるために拳を握り締めた。
※ ※ ※ ※ ※
痛みは止まる気配が無い。
頭がおかしくなりそうな激痛に耐えながら、水玖のいる場所へ向かうエレベーターの周囲をくまなく探した。
少しでも気を抜けば気絶しそうだが、さすがに動くのが辛くなり、ベンチに座って荒い呼吸を整える。
汗の量も尋常じゃない。精神の磨り減りようも自身が思うより削られているのだろう。
張り詰めていなければすぐ激痛に飲まれそうだが、今は腰掛けなければそれこそ疲労で倒れかねないと判断した。
「はぁ……はぁ……」
ふとベンチに手を置く。
思えばここに悠真が座り、自身と会話をした所からこの事件は始まった。
最初は妹に殺意を抱いたなんて言われて、その深刻そうな面持ちをぶん殴ってやりたいと思った。
未だにその殺意の理由は分からないが、きっと悠真は姉である自身すらもこれまで共に暮らしてきて分からなかったような、他とは異なる何らかを見てしまったのだろう。
この事件と無関係とは思えない悠真の殺意に、今は怒りを覚えたりはしない。
手を置いたベンチを軽く撫で、悠真という男を思い浮かべる。
襲撃で託児所の廊下で全員が人質となった際、最初から最後まで恐怖に支配されなかったのは、悠真ただ1人だった。
対して自分はどうだった?
捨てられたと思っていたが、実は自身らを守るために遠ざかっていた父から、妹を頼むと言われた。
憎悪に近い感情を抱いていた父が自身らを愛してくれていたと知り、信じると決意した。
だからこそあの時、妹を狙う輩からどんな仕打ちに遭ってでも守り抜こうと小さな小さな体を抱きしめた。
なのに、頬に銃弾が擦っただけで身が竦んだ。
守ろうと決意したというよりは、父もいるのだし自分だって守れるだろうという、慢心だったのかもしれない。
驕った心の隙間に撃ち込まれたような、そんな銃弾だった。
謝ってしまった。
何も終わって無いのに、自分の心だけ勝手に終わらせてしまった。
そのせいで水玖に、自ら投降するという残酷な決断をさせてしまった。
優しい水玖はそんな覚悟を持ち、無力な自身は振り返る事も恐れた。
もしも、立場が逆ならどうだったろう。
自分が水玖なら、あの状況であんな決断を下せるだろうか?
無理だ。そんなイメージを何度思い浮かべても想像出来なかった。
当たり前なんだ、人間は自分が1番大事だから誰かに守られたい生き物なんだ。
でも水玖は自分よりも、大切な人を守ろうとした。
守られるべき立場にあって、守られるための腕の中にいて、今にも号哭しそうなほどに怯えきっていたのに、自身が怯えきったばかりに幼心ながら覚悟を決めた。
なんて強いんだ。
自分じゃ一生辿り着け無いような所に、妹は既にいた。
怖かったろうに。
辛かったろうに。
嫌だったろうに。
「……水玖……私は……」
もしも、立場が逆ならばどうだったろう。
自分が悠真なら、あの状況で常に他人を助けるために思考を巡らせるだろうか?
数分前に理由の分からない殺意を抱いた5歳の少女を、守ろうと思えたりは出来ない。
悪く言えば異常、良く言えば慈愛。
その日会ったばかりの少女、しかも決して好印象ではないはずの少女。
それでも、守り抜くために頭を回した悠真。
どうしてそんなに強く在れるのか。
どうしてそんなに優しく在れるのか。
どうしてそんなに輝けるのか。
「……もう……ダメなのかな……」
「そんなことねぇよ」
ああ、ずるい。
何てずるいタイミングなんだ。
妄想じゃない、ちゃんと隣から聞こえてきた肉声。
「……っ……うっ……うう……ああ……」
「諦めんな、まだ何も終わってねぇ」
痛みなんて忘れた。
こんなただの同級生に、年上でワケありの過去を持つ同級生なだけなのに。
後ろの席で授業中ずっと寝て、口を開けばクラスから面白がられるくらい喧嘩ばかりして、時々何かに思い馳せるように空を見上げて。
意識していた訳じゃないが、時々ふと目で追っていた。
「まあでも……その……なんというか……」
ポスン、と。
不器用だが優しく、しゃがんで目線を合わせた悠真は水希の髪を撫でる。
父から撫でてもらった手より若く、でもたくさんの思いを背負っているように感じた大きな手。
「──頑張ったな」
何とか堪えきっていた涙が、頬を濡らしていく。
張り詰めていた心が、プツリと解けてしまった。
彼は父ではない、水玖でもない。
なのに同じ、いやそれ以上に、顔を見て安心した。
その一言が嬉しくて、嬉しすぎて、止めようとも拭おうとも思わないこの涙。
気が付くと、無心でその胸に飛び込んでいる自分に気が付いた。
「うお、っと……」
あまりにも苦しかったこの1週間が、悠真の胸を涙で濡らす事で上書きされていくようだった。
「うう……っうぅ……ああ……あああああぁぁあああああああああああぁぁぁあああああぁ……」
鼻をすすり、この心臓の鼓動をずっと感じていたい。
今だけはこの感情に、浸っていたい。
許してほしい。
もう少しこのぬくもりを、抱きしめていたい。
こんなにも誰かといたいと思った瞬間は、生まれて初めてだから──
「青春かよ」
「悠真嶋内を連れてきといてよかったわ、想定外の問題の早期解決が出来たんだから」
悠真以外のメンツは角を曲がらず、角の前で立ち止まって見守っていた。
後方、つまりエントランス側は黒スーツのボディーガードが見ているため、メアリー達は前方にだけ集中して注意を向ける事が出来る
基本的に自分メインを惜しみなく発揮するメアリーだが、この辺りの空気はちゃんと読める。
「で、泰智……地下の行き方は?」
「うん……4階のボタンを10秒長押ししてから開くと閉じるのボタンを同時に押したら、地下に行ける」
「アーケードの隠しコマンドかよ……」
これを設定した第5研究所所長は大のゲーセン好きで知られている。
大学の卒論のテーマがゲーセンに関する事だったりするほどであり、この研究所の所長室にはフィギュアを取るクレーンゲームが設置されている。
そんな風に露城が呆れていると、メアリーはギターケースを開き、中に入っていたアサルトライフルを取り出す。
「物騒なモン持ち運びやがって」
「別にこれが私のメインウエポンじゃないわ、使い勝手がいいから持ってるだけよ」
組み立て終えて弾も装填すると、向こう側でいつの間にか現れていた者に向かって銃口を構える。
「ぬおっ、いつの間に!?」
「あの女やるわね、ヒール履いてんのにほぼ足音させないって……」
静寂の中を掻い潜るように向かって来た女は、フードを被っていて顔がよく見えない。
さらに丸腰であることから、武器の必要ない異能力を持っている可能性が大いにある。
「まずはそのツラ拝ませろ」
パァン!! と放たれた1発は威嚇射撃などではなく、正真正銘フードを被った女に向けて放たれた。
その弾丸は女の顔に数ミリ擦らないというギリギリを通り、フードを外す事を成功させた。
「すんげぇ……」
「異能力が発生してから狙いを外した事は無いもの」
地球上にいれば対象がどこにいるのかが地域レベルで分かるその異能力の副作用なのか、関連性は不明だがメアリーの視力やその他目の性能は常軌を逸している。
フードを外されて俯き片膝を付いた女だったが、観念したのかゆっくり立ち上がり顔を上げた。
「……え……何、で……」
黒サンタが1人、これは夢なんじゃないかと目の前の光景を疑うように、凄まじく驚愕した表情を浮かべる。
「やあ……黒サンタさん……」
「おいアフロ、あれは誰だ」
「……彼女は……僕の後輩で……悠真君のカウンセラーもやってる──
──宮木弥海だ」




