第二話
「という訳で、やってまいりました王都冒険者ギルド前です」
いつも通りのエプロンドレスを身に付け、淡々としかし優雅に言い切って、淑女らしくスカートを摘み上げて貴族式の一礼をする。
これでも一応公爵家のご令嬢であり、その辺りの礼儀作法は叩き込まれております。
「いきなりどうしたんだ? てか、そのネタなんで知ってるの?」
「お約束、という物なんですよね。何代か前の勇者の事を記した書物に書いてありましたが、どこか間違えていましたか?」
「ああ、うん、ええと、間違ってはいないんだけどさ。いや、まあいいか」
確信犯的に小首を傾げて聞いて見せれば、訂正する気も無くなったのか、安藤少年は額をコツコツと叩いて唸ります。
初心な方だとこれで簡単に誤魔化せるといっても、安藤少年は修羅場を潜って来ているので多少不安がありましたが、上手い事誤魔化せたようです。
まあ、もし誤魔化せずともフェイクの理由はいくつか用意していたから問題はなかったのですが、無用に時間を浪費するよりはずっと良い事です。
「さて、今日からは少しずつ実地で知識を学び、帰ってから座学を行っていただきます。しばらくは簡単な薬草採取から始めますし、勇者様が魔王を倒すまでの間は私がお付き合い致しますのでご安心ください」
「それ、今朝も聞いたよね」
「復習です。安藤様と同程度の年齢の方は、血の気が多く強力な魔物に単騎突進して死亡する例の枚挙に暇がないものですから、教育中はしつこいくらいに注意を繰り返し、十分な実力が付いたと確認できるまでは年長者の付き添いが保護者の義務となっております」
猪突猛進して死ぬのは十歳前後の子供で、十五歳ともなれば一人前の扱いとなりますが、周囲から見れば東洋人である安藤少年は十歳くらいと言われればそう見えなくもありません。本人には決して伝えませんが。
常識の有無という点では、そこらの子供にすら劣る状況なのですから、ある意味では子供と言っても差し支えありませんし、異世界で剣と魔法にはしゃぐ可能性もゼロではありませんから、対応としては間違ってはいませんね。
「では、さっそく参りましょう」
「え、ちょっ」
安藤少年の手を引いてギルド内に入ると、混み合う時間帯を避けたにも拘らず、多数いた暇人の視線が集中してきて、私を見て何故かぎょっとした後、手を引かれている安藤少年を見て驚愕の表情を浮かべ、そしてそれが哀れみの表情に変わりました。
まあ、この国で暮らしていれば私の話くらいは聞いた事があるだろうし、当時も基本王都を活動拠点にしておりましたから、それで顔を知っている方が多いのでしょう。
王都という事で立身出世を夢見る転生者の方々は自分から集まってきましたから、初期はゴキブリホイホイ並にゴミが飛び込んできましたからね。その混乱と私の行った処理は今を持って尚語り継がれているのでしょう。
私が傍にいると不遜な輩も近付いて来ませんので、テンプレの絡まれて云々というのができなくて残念といえば残念ですね。
ある程度実力が付いてきたら、有名になる前に地方の荒くれ者が多いギルドへ行けばいいでしょう。
「こちらの方の登録をお願いしたします。こちらが推薦状です。また、私が教導を行いますので、その辺りの配慮は無用です。それから、魔力量や属性適性の検査は済ませてあります。こちらがそれを含めた登録内容の詳細になりますので、そのまま登録をお願いします」
「は、はい、畏まりました!」
声が多少引きつっていますが、仕方がありませんね。過去の所業が所業ですし、そうでなくとも、二つ名から分かる通り、メイドをしていても公爵家、貴族の中でも王族の血を濃く引く家の人間ですから、私でなければ、ちょっとした不興を買っただけで殺されてもおかしくありません。
洗脳・魅了スキル持ちを平民も貴族も関係なく殺して回った私を恐れて、横暴を働く者はずいぶん減りましたが、それでもいない訳ではありませんし、上下関係はきちんとしているに越した事はありません。
「あの、メイドさん」
「はい。何かございましたか?」
「いや、あの、かなり聞きにくいんだけど……なんでこんな怯えられてるのさ」
「安藤様。淑女の秘密を探るような無粋は感心しかねます」
追求を躱すのは、こんな序盤で貴族階級とバレるのがつまらないだけで、過去の所業や二つ名を知られたくないからではないですよ?
とりあえず、淑女のところに突っ込もうとした方のテーブルに虫がいたので、ナイフを投げて殺しておきます。その方の手を掠めてしまいましたが、不可抗力ですね。
「さて、登録が終わりましたら、すぐに森へ出て採集を行いながら冒険者間のマナーや採集に関するルール、猛獣や魔物の危険性とその対処を実地で行っていきますので、その前に質問がございましたら、ここでできるだけ聞いておいてください」
「採集に行くのはいいとして、魔物に遭遇した場合はどうするんだ?」
「基本的に私が処理いたしますので、安藤様はその場での解説と実際の動きを見て、自分ならどうするかをお考えください。もしも、強力な魔物や魔獣に関して心配なさっておられるならば、これから向かう森に私が対処できない敵はおりませんのでご安心ください。身の安全は保障いたします」
素直に納得なさる安藤様ですが、別に嘘は言っておりませんので問題ないでしょう。
奥に行けばCやBランクに分類される魔物や魔獣も現れますが、私にとっては簡単に処理できる相手ですし、せいぜい森の主と敵対した場合に、守りながら戦うのが面倒という程度ですね。
アスヴァードゥスと呼ばれる純白の豹がこの森の主ですが、たまたま森に居ついた流れ者で、本来は北方の凍獄高原を縄張りとするSランクの魔獣であり、まともに戦闘を行えば周囲一帯を氷に閉ざす程度は可能というはた迷惑な生き物になります。
勇者が偶然遭遇しても面倒しかありませんし、その内狩っておこうと思っておりますが、今回遭遇した際は適当に追い払う事に致しましょう。
それ以外の質問は現状で出てこないようですし、ギルドの登録も終わったようです。さすがに登録内容を漏らす事はしませんでしたが、王宮と公爵家令嬢という雲の上の存在が関わっている訳ですから、ミスをしないよう、慎重に魔道具を操作していましたね。
「質問が無いようでしたら、登録も終了したようですので参りましょうか。本日は必要な消耗品も事前に用意しておりますから、このまま森へ向かいます」
「依頼を受けたりとかしないのか?」
「採取系の依頼は事後受注が可能ですから。それに、昨日採れた物が今日も採れるとは限りません。採取に限りましては、不要に違約金を払うリスクを負うよりも、採取できた物で達成可能な依頼を受けるという形が主流となっております」
本来は納品が達成条件である事を利用した裏技なのですが、どこにでもそういった穴を見つけるのが上手い人間はいるもので、ある程度経験を積んだ冒険者の中では常識となっています。
そういった事情を含めて説明して理解が得られたところで、安藤様を促してギルドを出ます。
今日の目標は基本の薬草と良く似た毒草の見分け方を覚えさせる事ですね。この世界の図鑑ですと、実物を見た方が間違いなく覚えられますから。
国の計画では勇者の出立は三ヵ月後ですが、ひと月で最低限の生活はできるように致しましょう。




