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第一話

 

 ――コツ、コツ、コツ。

 

 擬音として書くほどの音ではないけれども、敢えて表現するならばそういう音が合うような、静かで滑らかに歩を進めて目的地へと向かいます。

 いつも付き従っている愛しき主はこの場にはおりません。私ははその主に命じられて、今こうして歩いているのですから。

 そのまま歩き続けて、数ある客室の中でも上等な、王族ほどではないですけれど、重要な国賓を持て成すための部屋の前で立ち止まります。

 

 〈コンコンコンコン〉

 「……どうぞ……」

 

 ノックをすれば、ややくぐもった声で返事が返ってきました。

 失礼します、と一声断って中へと踏み込むと、部屋の中程に立っている黒髪の少年がこちらを見て、ほんの僅かに肩の力を抜くのが見て取れます。

 おそらく、王族の訪問を懸念していたのでしょうね。

 そう判断して、その心境も理解しながら、しかし私は機械的に一礼します。

 

 「この度、安藤様のお世話をさせていただく事になったメイドのシーシャと申します。以後、お見知りおきください」

 「あ、ああ、よろしく。………やっぱりこっちにもお目付け役は来るか」

 「お目付け役では無く世話役です。行動に制限をございませんし、可能な範囲でお助けするように、との申しつけも受けております」

 

 ボソッと呟くような独り言に返答されて、安藤と呼ばれた少年の顔が若干引きつりますが、それ以上の反応を起こす前に、用件を告げてしまいましょう。

 時間は有限ですし、彼の場合、それほど長く城には留まらないでしょうから。

 

 「そしてさっそくではありますが、夕食の時間まで、この世界の常識と文字を教授させていただきます。また、この世界の簡単な歴史や各国の詳しい情勢などについても覚えていただきますので、ご容赦ください」

 「それは願ったり叶ったりだが……」

 「短くない時をこの地で過ごされるのです。帰還後には役に立たずとも、粗忽者に騙される事の無いように、知識を身に付けていただかなければなりません。準備はできておりますので、すぐに始めましょう」

 「はぁ、ってちょっと待て。どこから出した」

 「メイドの嗜みです」

 

 どこからともなく紙の束と数冊の本を取り出した私に安藤少年がツッコムが、できて当然という感じに即答いたしますと、納得していない顔で口を閉じました。

 内心でそんな様子に笑みを浮かべつつ、私は懐から各貨幣を一種一つずつ取り出してテーブルへと並べます。

 転生者間での情報共有用に子供の中でも隠ぺいに長けた子達によって記録しているのですが、こうも良い反応をしてくれると、本当に全旅路を記録して編集した物をプレゼントしたら素晴らしい反応を返していただけそうですね。

 

 「では、まずは金銭の価値から勉強しましょう。まず、種類ですが、形状は棒貨と円貨の二種類あり、棒貨よりも円貨の方が価値が高くなります。素材は安い物から銅、銀、金、麟(りん)となっており、金銀銅の貨幣は魔術により特殊加工された鉄の貨幣にそれぞれ文字通りの金属で鍍金(メッキ)されています。麟貨だけが特別で、龍鉄と呼ばれる特殊な金属のみを使用した極々小さな貨幣で、滅多に使用されることはありません。これだけは棒貨が存在しないのも特徴です」

 

 話を聞きつつも一つ一つ確認していた安藤少年は、麟貨の下りで硬直し、ギギギ、とこちらを見てきます。

 とても良い反応を戴きました。ここまで面白い反応を返されますと、わざわざ麟貨を用意した甲斐がありますね。

 

 「シーシャさん?」

 「はい。見ていただければ分かるかと思いますが、棒銅貨が最低で、十の棒銅貨で円銅貨一枚。円銅貨百枚で棒銀貨一本、棒銀貨十本で、円銀貨一本、円銀貨百枚で棒金貨一本、棒金貨十本で円金貨一枚と、ここまでの繰り上がりは同一で、麟貨だけは、一枚で円金貨千枚の価値を保有しています。麟貨が主に使用されるのは戦時の賠償金とかでしょうか」

 「あの、それは分かりましたけど、この麟貨はどこから出たんでしょうか?」

 「? 何を遜(へりくだ)っていらっしゃるのかは分かりませんが、この麟貨は私個人の物です。故に、後から指紋が付いたなどという問題もありません。ですから、お手に取って観察されても構いませんよ?」

 「…………遠慮させていただきます」

 

 麟貨と私の顔を何度も見比べて、引きつった顔で辞退する安藤少年。

 そんな姿を見ても反応を見せないように気をつけつつ、「そうですか」とだけ言って私は硬貨を全て片付けたのだが、目の前から馬鹿みたいな大金が無くなった事で安堵の息を吐く安藤少年に内心でクスクスと笑ってしまいます。

 テンプレートな反応ですが、この世界にまともな娯楽などありませんので、久しぶりだとこんな使い古されたような事でも面白く感じてしまいますね。

 

 「では、続けましょうか」

 「あ、はい。……?」

 「ここは余談ですが、お金は棒銅貨何本、円銀貨何枚というのが基本ですが、書類に記載する際などは何麟と数えます。一麟は棒銀貨一本からとなります。それ以外は基本記載する事は無く、記載する際も棒銅貨何本と書かれます。お店の値段表とかですね。ただ、一部の貴族を相手にするような高級店では、麟で表示していますから、書類以外では絶対に使わないという事もありません」

 「俺には関係ない話、という事か」

 「安藤様がこの国の政務に携わったり、予想外の幸運で大金持ちにならない限りはそうなります。さて、金銭価値はこの辺りとして、次は安藤様が金銭を得る方法に致しましょうか。いつまでも自由にできるお金がないというのは、安藤様としても色々とお辛いでしょうし」

 「確かに、いつまでもお城で穀潰しやってる訳にも行かないよな」

 

 私の言葉に深く頷く。嘆かわしい話ですが、実際の所は勇者の召喚自体、功績を奪われる上にどこの輩とも知れない人間が国の上層部と近くなるという事で反対する者は少なくありません。

 その国主達上層部は、国が無くなっては意味が無いと今回の事を実行に移しましたが、暗殺に走る馬鹿が絶対いないとも言えませんし、そうでなくとも、今回の召喚に際して多額の金が飛んでいます。異世界からの来訪者を歓待するためであっても、節約できるならそうしたいのが各国の実情になります。

 情けない話ですが、過去の大戦の事実は隠せても、その被害は世界各国に深い爪跡を残しているのです。主に人材の喪失、人口の急激な減少という形で。

 結果、納税が減って国家の財政を圧迫しているのですから、同じ穴の狢とはいえ、あの自己愛しか存在しないゴミは死んでもなお憎悪に値します。

 ああ、今は過去に対する悪態よりもネタで安藤少年を弄るのが優先ですね。

 

 「では、さっそく最高級男娼として登録しておきます」

 「いや、何で男娼!? 普通冒険者とかそうでなくても城の仕事を手伝うとかあるよな!?」

 「…………冗談です」

 「……答えるまでの間がすごく気になるけど、気にしない方がいいんだろうなぁ」

 「大丈夫ですよ。性欲処理の娼婦を宛がう費用を浮かせようなんて思っていませんから。それで、冒険者でしたね。危険な事をお勧めする事はできないのですが、請われたのならば仕方がありません)」

 「本気だったよ、この人………」

 

 召喚した相手があちこちで“お痛”をするよりは、と、偉い人達は割りとまじめにそのための予算も組んでいたんです。生き物を殺せば否が応にもそういった欲求は高ぶりますし、色々な意味で下手な相手と関係を持つよりはマシ、という事ですね。

 否定しなければ本当に男娼まっしぐらだった事を悟ってブルブルと恐怖に震える安藤少年はさくっと無視して、ちょうど彼からそちらの方へ話を振ってくださったので冒険者の話を致しましょう。

 

 「冒険者ギルドですが、分かりやすく説明いたしますと、国等の組織、もしくは個人が多額の金銭を払って冒険者ギルドに問題解決の依頼を出し、それを適切なランクの冒険者が受けて解決し、報酬をギルドより受け取るというシステムになっております」

 「その辺は普通か」

 「ランクに関しましては、基本的にはAからGと考えていただいて問題ありません。その他に各国王都のギルドマスター一人が認定して与えられるSランク、年に一度の各国ギルドの代表が集まる会議で過半数による可決で与えられるSSランク、ギルドの中で三賢者と呼ばれる最上位から三人とその時の大国一つ以上から認められて得られるのがSSSランクになります。また、通常のランクは王都以外のギルドマスターでも決定可能ですが、大都市以外ではそのギルドを任された際に決定されたランクまでしか上げられません。例えば、地方の村落より大きい程度ではDまで、といった形ですね。これは、地方によって同じランクでも実力が違うという事を起こさないためです。まあ、上のランクほど偉くて優秀な人に認められる必要がある、と覚えておけば良いでしょう」

 「いきなり大雑把になったよ、おい」

 「そんなに細かくお知りになりたいのでしたら、ギルドの成り立ちから事細かにお教えしましょうか?」

 「すいませんっした!!」

 「別に怒っていませんので、謝罪は必要ありません。では、このまま続けましょう」

 

 楽しいなぁ、と思いつつも顔には出さず続けますが、教授される側の安藤少年は私の無表情から内の感情を読み取れないせいで戦々恐々としれおられます。

 下手を打つと最悪死が待っている事をきちんと理解しており、現状では戦う事はおろか逃げる事すらままならないと理解しての反応なのでしょうが、一介のメイドではそんな事も出来ない事くらいすぐ思いつきそうなものです。

 私の実力を知っているならその対応は間違いないでしょうが、まだ召喚された事による混乱が抜け切っていないのでしょう。

 実際、そんな事になれば、責任を持って私が逃亡の手助けをし、その後の生活も面倒を見るくらいの事は考えております。場合によっては、そのまま元の世界に帰還させる事も選択肢に入れているのですから、安藤少年の心配は無用の長物なのですけれど。

 

 「まず、冒険者としての登録ですが、これに関しては特に制限はございません。犯罪者でなければ、たとえヨボヨボで歩くことすらままならないような老人であろうとも受け入れるのが冒険者ギルドという組織です。代わりに、Gランク以外は依頼を受ける際に相応の保障金を支払う必要があり、これは依頼の報酬額、難度が高ければ高いほどに比例して高くなります。同じ内容でも百麟と千麟の仕事では千麟の方が保証金は高くなり、同じ額の報酬であってもFランクとEランクの仕事では基本的にEランクの方が高い保証金を支払う事になります。なお、この保証金は依頼を達成すれば返ってきますのでご安心ください」

 「つまり、失敗したら返って来ない、と」

 「そうなります。依頼を失敗するというのは、依頼者に不利益を被らせ、ギルドの信用を落とす行為であり、場合によっては多くの命が失われる事にもなります。それから当然同じランクでも上と下の格差は当たり前にありますから、実力に見合わない依頼を受けてしまって進退窮まるような事を避けるためですね。ランクが上がった事で浮かれた人間が無意味に死んでもらってはギルドも困りますから」

 

 自身より遥かにランクが高い依頼を受けられるほどの金銭がおありなら、そもそも冒険者などやる必要は無く、これによって実質的に無用な依頼の失敗を無くし、冒険者ギルドはその信用を保っているのです。

 また、貴族からの依頼に関しては、礼儀作法の通った人間以外にやらせては、その冒険者が無礼だと斬られたり、ギルドに難癖を付けて報酬を渋ったりされてしまう故の措置です。たとえそうでなくとも金を渋る貴族ですが、依頼を断れば様々な手段で面倒事を起こすため、ギルドとしても受けざるを得ないのですよね。

 もっとも、この国に限れば、そういう“お痛”をする貴族はほとんどおりませんけれど、例外は作れませんからね。

 

 「他の注意事項としては、犯罪行為を行わないのは当然として、ギルドに迷惑を掛けないの一言に尽きますね。ただし、ギルドに迷惑を掛けなかったとしても、あまり行き過ぎた人間はギルドの抱える冒険者、通称『ハンター』と呼ばれる方々によって追われる事になりますのでご注意ください。彼らは対人戦に特化しているため、Sランク以上の冒険者でも相対を避けると言われています。まあ、安藤様ならそういった事態にはならないでしょう。要は、常識的に振舞う事という話ですから」

 「うん。とりあえず大体は分かった」

 「ご理解いただけたようで何よりです。では、次は世界共通のやってはいけない事を覚えていただきます。これに関しましては、生活する上で不都合が大きい物だけでも確実に暗記していただきますので、大変でしょうが、頑張ってください」

 「ああ。確かに、知らずにやったら大変な事になるな」

 「では、まずは絶対にやってはいけない事からお教えしていきます」

 

 この後、食事の時間までずっと『日本人がついやっちゃう、この世界だと誤解を生む行為講座』を若干スパルタ風味に続け、安藤少年の人外的な集中力を知り内心驚いたのは秘密です。

 ちなみに、この世界だとグッジョブのジェスチャーは『好き』『愛してる』という意味を持っております。

 転生組の一部が、幼少時にこれで変なフラグを立てて大変な目に合った『ラブフラグ事件』から、仲間内でそういったタブーを調べ尽くしたりと色々あった結果、日本語で纏められた『異世界禁則行為大全』が出来上がり刊行されたという顛末が存在いたします。実は、城内の私室に一冊置いてあります。

 刊行は『日本工房』です。

 とりあえず、工房所在地には召喚された二人(・・)を近付けないようにしなくてはなりませんね。

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