プロローグ
「宇宙を救うヒーローの条件其の一。常人には理解できない孤独を抱えていること」
徹夜明けの頭でノートPCにそんなモノローグを打ち込み、深い溜息をついた。売れないSF漫画を描き続けて五年。僕の抱える孤独ときたら、家賃の引き落とし日に怯えるフリーターのそれでしかない。
狭い1Kのアパートには、換気扇の回る虚しい音だけが響いている。
腹が減った。ふと目をやった机の端に、先日の遺品整理で見つけた古いキャンパスノートが置かれている。生前、「夢なんて見ずに早く普通の幸せを掴みなさい」と口うるさく言っていた亡き母のレシピノートだ。
『絶対に失敗しない究極の唐揚げ』
そのページには、鶏肉のグラム数から下味を揉み込む回数、二度揚げの秒数まで異常なほどの細かさで工程が記されていた。僕の夢を否定し、普通を押し付けてきた母の唯一普通じゃない執念のレシピ。
「……たまには普通の飯でも食うか」
僕はスーパーの特売肉を取り出し、ノートの指示通りに調理を始めた。醤油大さじ一・五、ニンニクはすりおろしを三グラム、揉み込む回数はジャスト四十二回。油の温度は百七十度から、最後は百九十度で十秒。
パチパチという心地よい油の音が、徐々にリズミカルな音楽のように聞こえてくる。きつね色に揚がった肉を引き上げると、完璧でこれ以上ないほど見事な唐揚げが完成した。
──その時だった
『ピロリロリン♪ お湯張りを開始します』
突然、キッチンの壁に付いている給湯器のパネルがエラー音を鳴らし、赤いランプが激しく点滅し始めた。
「は? お湯?」
次の瞬間、ボンッ! という爆発音とともに給湯器のカバーが吹き飛び、もうもうと立ち込める白い蒸気の中から、黒ずくめの完全武装をした二メートル近い大男が現れたのだ。
「……Mission Accepted(任務を受諾した)」
大男は流暢な日本語でそう呟き、菜箸を持ったまま硬直する僕に向かって恭しく片膝をついた。
「遅くなって申し訳ありません、マスター。ところで、風呂場からひどい異臭がしますが、アレの処理も我々の任務で?」
大男の視線の先、完全に閉め切っていたはずのユニットバスのドアの隙間から、ドロドロとした青緑色のスライム状の何かが、不気味な泡を立てながら這い出してきているところだった。




