第二章1 不穏な気配
茅島さんの転生から一週間が経った。
意外と転生待ちの魂というのは多くないようで、今日が茅島さん以来の転生希望の来客となる。
今回は転生の間床の模様が光らず、少ししてから螺旋階段を上ってくるタイプだった。
つまり、書界から来た転生希望の魂というわけである。
今回やってきたのは薄汚れた服を着た、三十歳くらいの男性だった。
よく見ると服の素材自体は上質そうだ。何かしらの理由があって磨耗してしまったのだろう。
ようこそ司書室へ、俺は転生担当のうんぬんかんぬんなどと説明したのち、男性の話を聞いたところこんな感じだった
男は辺境の小さな村の産まれである。
子供の頃から少しだけ力の強かった男は、害獣対策として、村の近くに出る小鬼を毎日狩り続けることになったそうな。
男は勤勉で雨の日も風の日も毎日毎日狩り続け、気が付けば二十年が経過していた。
ある日、遠く離れた王都から使者が来た。
何でもこの村の周囲に生息している小鬼は物凄く強力な種であり、それを狩り続けていた男は気がつかない内にとんでもない強さになっている。
その力を使って魔王の脅威からこの国を守って欲しい。
どうだろうか。
男はこんな自分で役に立つのならと、王都へと旅立ち、魔王とやらから国を守ることにした。
そしてその初陣で、男は驚異的な力を発揮。
したんだけど、めっちゃ強い敵にボコボコにされて死んだらしい。
男の名はワロスという。
「納得いかない」
せやな。
話の流れ的にこれからバリバリ活躍するはずだったもんな。
「それだけじゃない。王都ででかい面してきた先輩方や受付嬢に”自分田舎出身なんで全然知らないんですけど、またなんかやっちゃいました?”とか、”オラが変って、弱すぎるって意味だよな?”って言う機会も失われたんだ! 夢だったのに!」
そんな夢捨ててしまえ。
しかし困ったな。
現世(現代地球)の心残りであれば俺でも何とかできるような気もするのだが、書界で心残りがあるって言われると、途端にどう対応していいのかが分からなくなる。
ひとえに書界がどんなところか分からないからだ
「なるほど。ではどうですか、今ここで言いたかったことを全部ぶちまけてみては」
まあ、とりあえずワロスにやりたいことやらせてみるか。
「空しいだけだ!!」
ワロスは激怒した。
「っいうかオラ、本当に強かったのかも疑問だ。ただ騙されてただけの可能性もある」
小鬼を借り続けて二十年、気が付けば最強になっていたと勘違いして殺されました。byワロス。
なんか結構可哀そうかも。別にこの人悪いことはしてないっぽいし。ちょっとイキりたかっただけなんだよな。
誰にでもそういう時期ってあるよ。
それに馬鹿にされたら見返したくなるもんだよな、普通に。
「分かりました」
俺が何をしたらいいかわからないということが分かった。
「上長に相談します」
***
「ってわけなんですよ。天守さん」
少し時間をもらって事務室へと戻り、ティーカップでなんかかぐわしいお茶を飲みながら書籍をめくっている天守さんに助言を請うた。
なんか前も似たようなことがあったし、無能な後輩だと思われたらヤダな。
「そうか……」
天守さんは指でその戸となった顎を撫でつつ、何かしら呟き。
「……わかった。今回の案件はワタシが対処しよう。あ、この書類印刷して持ってきてくれる?」
そう言って、転生の間の方へ颯爽と歩いて行ってしまった。
俺も急いで天守さんに渡された書類を事務室にあるプリンターでコピーし……
「なんだコレ」
<書界通信第八十四号 火の大森林に住む部族の謎を追う>
これコピーしてなにか意味が有るのか?
まあ細かいことを気にしている時間はないと気を取り直して転生の間へと急ぎ足で戻る。
天守さんから遅れること一分少々といったタイミングだったはずだが……
「ああ、客人は転生したよ」
転生の間についたとき、既に天守さんの手によって仕事は終わっていた。
やんぬる哉。
いや何があったらこの短い間に転生するのか、コレガワカラナイ。
「いやしかし、少し困ったね。順番を間違えたようだ」
天守さんは俺のてからひょいと書類を奪うと、次の仕事を俺に指示してどこかへと行ってしまった。
はて、なんの順番を間違えたというのだろうか。
***
その日の仕事を終わらせて帰宅の準備をしていると、天守さんに呼び止められた。
「二見クン。キミに出張してもらいたいんだ」
出張?
随分といきなりだな。
こう言ってはなんだが、出張ってもっと経験を積んだ人がいくものだと思っていた。
業務をこなすようになったとはいえ、入社一ヶ月も経っていない中で、出張になど行くものだろうか。
「期間は一週間、まあ実地研修のようなものだと思ってくれたまえ」
それならば納得がいく。出張とは名ばかりで先輩の仕事を見学するうんぬんといった内容だろう。
少し期間が長いことが気になるが。
それであれば大歓迎だ。何せタダで旅行に行けるようなものじゃないか。
出張サイコー!
「少し急いでいてね。できれば明日からでも行ってもらいたいんだが、なにぶん急な話だ。二見クンにはずせない予定などがあればそちらを優先してもらって一向に構わない」
本当に急な話だ。
何か直近でトラブルでも発生したのだろうか。
まあ別に予定があったわけでもないし、世話になっている天守さんの頼みだ。無下にも出来まい。
「全然大丈夫です。予定なんかありませんでしたから。明日から一週間、どこへでも行きますよ!」
今晩の荷造りがやや面倒だが、逆に言えばそれだけのことだ。
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」
天守さんはさらにこう続けた。
「ちなみに特に準備とかはしなくていいよ。いつもと同じように出社してくれたらそれで良い」
ん? どういうことだろうか。
「着替えや荷物、各種装備など必要な備品は会社で用意する。社員に負担をかけるわけにはいかないからね」
ああ、良かった。
着の身着のままでどっか行ってこいって言われるのかと思った。
その場合、体の良いクビ宣告の可能性もあったな。
「わかりました!」
返事だけは良いな、俺。
「それじゃあ、二見には明日から出張に行ってもらう。ああ、心の準備だけしてくるようにね」
天守さんがその整った唇の左端だけをつり上げて、ニヤリと笑ったように見えた。
出張か。
楽しみといえば楽しみなのだが、なんというか……漠然とした不安がある。
やはり急な話だったからだろうか。
それとも早すぎた天守さんの仕事に疑念を抱いているのだろうか。
いやまあ決まってしまったのだから、今さらあれこれ考えても意味はないか。
一応天守さんはこちらの都合を慮ってくれたわけだし、そうひどいことにはなるまい。
はじめての出張、楽しませてもらうとしよう。
***
そして次の日。
「うーん……なんだ…………?」
湿った土の匂いがした。
子供の時によく嗅いだような匂いだ。
学校のグラウンドや祖父母の家の畑、秘密基地の中といった光景が頭に浮かぶ。
豊かな土壌特有の、どこか懐かしさや温かみを感じる大地の香り。
頬にはひんやりとして固い感触。
耳を澄ましてみると鳥のさえずりや多種多様な虫達の合唱が耳朶を打つ。
周りの状況を意識しようとすると、心地よい微睡みは波が引くように去っていく。急速に世界が色づいていくのを感じた。
ゆっくりと目を開く。
視界に入るのは横になった地面と雑草に覆われた地面。後は木と木と岩と木と大木と草と若木と倒木と倒木から生えている木と土と木。
あと手にはなぜか蓋付きのタピオカミルクティーが握られていた。
畢竟、俺は森の中で目を覚ましたらしい。
タピオカミルクティーを持ったまま。
どうなってんだこれぇぇぇぇぇ!




