【第1章】第3話:無限の器と、雷神のインストール
光り輝く妹(物理)から逃げるように、主人公は路地裏へ。
そこでAIが案内したのは、とんでもない「イベント」でした。
「……ルナ、すまん。ちょっと買い物に行ってくる」
俺は限界だった。
愛する妹との再会からわずか数分。
俺の網膜は、彼女が放つ「常時発光」によって悲鳴を上げていた。
「えっ? お兄様、まだ食事の途中ですわよ?」
「いや、その……お前の輝きに見合う装備を調達しないと、俺の目が持たないんだ。ここで待っていてくれ」
「まぁ! 私のために……! はい、お待ちしています!」
ボッ!!!
ルナが嬉しさで輝度を上げた瞬間、俺は逃げるように食堂を飛び出した。
危なかった。あと数秒遅ければ、俺の視界は永遠にホワイトアウトするところだった。
宿を出て、石造りの路地裏に入る。
薄暗い日陰に入り、ようやく目がチカチカする感覚が収まってきた。
「ふぅ……。まずは遮光メガネの確保。それから情報の整理だ」
俺が壁に手をついて一息ついた、その時だ。
『マスター! 推奨イベント発生です!』
脳内でゼノンが明るい声を上げた。
視界の端に、ナビゲーション用の矢印が表示される。
『あちらの路地裏にいる「黒衣の従者」風の人物……彼についていくと、重要イベントが発生します!』
「今はサングラス屋に行きたいんだが……」
『大丈夫です! きっと凄い展開がありますよ! 信じてください!』
ゼノンがそこまで自信満々に言うなら、無下にはできないか。
同僚の顔を立てるのも、大人の仕事のうちだ。
「分かった。案内してくれ」
俺は矢印が指し示す方へと歩き出した。
そこには確かに、顔をフードで隠した怪しい人物が手招きしていた。
「……選ばれし者よ。こちらへ」
その人物は俺を見るなり、一言だけ告げて路地の奥にある扉を開けた。
扉の重厚な雰囲気がヤバそうな雰囲気をかもしだしている。
だが、ゼノンの推奨イベントだ。
俺は意を決して、その重厚な扉へと足を踏み入れた。
中は、外の喧騒が嘘のような静寂に包まれていた。
壁一面を埋め尽くす本棚。宙に浮く羊皮紙。
そこは、世界から切り離された「図書館」のようだった。
そして、部屋の中央には――黒いローブを纏った一人の老人が、優雅に椅子に座っていた。
「よく来たな。待ちわびたぞ」
老人は手にした本を閉じ、鋭い眼光を俺に向けた。
その身体からは、パチパチと青白い火花が散っている。
ただの老人ではない。膨大なエネルギーの塊が、人の形を保っているだけだ。
「誰だ、あんたは」
「私はトール。かつて雷と知恵を司り……今はただ、消えゆくのを待つだけの亡霊だ」
トールと名乗った老人は、自嘲気味に笑った。
どうやら、この世界が更新されるたびに消されていく「旧時代のデータ」らしい。
「それで、その雷神様が俺になんの用だ?」
「ほう、精霊に導かれたか。それも運命だろう」
トールが立ち上がり、俺の胸元を指差した。
「貴様のその『加護』を見た時から、貴様を呼ぶと決めていたのだ」
「? 俺の加護は『NULL』だぞ。つまり『なし』だ」
「そうだ。その『無限の器』こそが、私が求めていたものだ!」
トールの目が、飢えた獣のように輝いた。
「貴様の魂には、女神の刻印も、運命の枷も、何一つ刻まれておらぬ。
これほどまでに純粋な**『無限の器』**など、数千年を生きて初めて見た!
他の人間は皆、生まれながらに加護という名の水で満たされておるが、貴様は底なしの枯れ井戸よ!
これなら、私の神威を余すことなく注ぎ込める!!」
(……なるほど。『無限の器』か。
つまり、IT用語で言えば『空き容量が無限』ってことか)
俺は脳内で即座に翻訳した。
普通なら「能力なし」と嘆くところだが、この老人の目には「どんなOSでも入れられる新品のハイスペックPC」に見えているらしい。
「設定忘れです」と訂正したところで、こいつらには通じないだろう。
「時間が惜しい! 世界の自浄作用が迫っている!
私の力をくれてやる! その代わり、私の魂も貴様の中で共に在らせろ!
無に帰すくらいなら、貴様という新しい器の中で、世界の行く末を見届けてやる!」
『マスター! 高エネルギー反応! 来ます!』
「おい待て、俺の許可は!?」
俺の抗議は無視された。
トールの身体が雷光そのものへと変化し、一直線に俺の胸へと突っ込んでくる。
ドォォォォォン!!!
衝撃。そして、灼熱。
「ぐあああああああっ!?」
全身の血管に、マグマと雷を同時に流し込まれたような激痛が走る。
『警告! 警告! 規格外のデータ流入!
システム過負荷! 脳内メモリが焼き切れます!』
ゼノンの悲鳴が響く。
視界が真っ白に染まる。
だめだ、これは死ぬ。
無限の器があっても、書き込み速度が追いついてない!
40代の脳細胞が、次々とショートしていく音が聞こえるようだ。
(……うるさい。黙れ、痛覚信号)
俺は奥歯を砕けんばかりに噛み締め、深く、長く、息を吐いた。
――呼気と共に、意識を研ぎ澄ませろ。
俺はエンジニアであると同時に、剣士だ。
世界大会。あの決勝の舞台で培った極限の集中状態――『ゾーン』に入れ。
痛みや痺れは、ただのノイズだ。この際無視しろ。
必要な情報だけを精査するんだ。
ただ目の前の事象、体内を暴れまわるエネルギーの正体だけに集中しろ。
「スキル……**解析、全開!**」
俺は意識を総動員し、体内に侵入してきた「異物」を睨みつけた。
ただ痛みに耐えるんじゃない。
このエネルギーの「正体」を読み解くんだ。
――視えた。
奔流のような雷撃。だが、それは無秩序な暴力ではない。
一定の法則、記述式、命令文の羅列だ。
(魔法とは詠唱によって事象を発生させるもの……ならば、その構造はプログラミング言語と同様のはずだ!)
俺の脳内で、ファンタジーの事象がコードへと変換されていく。
トールの雷は『高電圧の電流』であり、同時に『信号の伝達速度』を司る関数を含んでいる。
(拡大解釈しろ……! 雷も、神経パルスも、同じ電気信号だ!)
俺は流れ込んでくる膨大なソースコードの中から、必要な要素だけを抜き出し(grep)、書き換える。
ターゲットは、俺自身の脳神経。
電圧のパラメータを調整し、思考速度を物理限界まで引き上げる記述へと組み替える。
これぞ、俺のエンジニアリング。
既存のコードを読み解き、最適化し、作り変える力。
「**再構築……脳内加速!!**」
バチッ!
俺の脳内で、何かが弾ける音がした。
次の瞬間。
世界が、スローモーションになった。
流れ込んでくるトールの膨大な「神威」。
さっきまでは濁流に見えたそれが、今は整然とした「データの文字列」として流れている。
加速した俺の思考処理が、神のデータ転送速度に追いついたのだ。
俺は意識の中で、その奔流を掴み、整理し、フォルダ分けしていく。
(画像データは後回し! 人格ドライバはDドライブへ隔離! 雷撃スキルは実行ファイル化してショートカット作成!)
「ぬぅ……!? なんだ小僧、貴様……私の力を『編んで』いるのか!?」
脳内でトールの驚愕の声が聞こえる。
彼には俺の作業が、魔法の構築に見えているのだろう。
(当たり前だ……! 俺の身体を使うなら、俺のルール(仕様)に従ってもらうぞ!)
バチバチバチッ!!
俺の全身から青白いスパークが放たれ、図書館の本が舞い上がる。
そして――静寂が訪れた。
「……ふぅーっ……」
俺は大きく息を吐き、膝に手をついた。
頭が割れるように痛いが、意識ははっきりしている。
そして、身体の奥底に、とてつもない「熱源」が常駐しているのを感じる。
『し、信じられません……。
インストール、完了です。
マスター、今の書き換え(リライト)処理は一体……?』
「ああ。どうやら俺のユニークスキルは、ただの剣術じゃなかったらしいな」
俺は頭を振り、空中にウィンドウを展開した。
【名前:フォージ】
【加護:雷神トール(インストール済)】
【スキル:
・**世界再構築** [NEW!]
・脳内加速 [NEW!]
・雷属性付与】
「ククク……ハハハハハ!」
脳内に、豪快な笑い声が響く。
『面白い! 実に面白いぞ、小僧!
ただ受けるだけでなく、神の御業を解析し、自らの魂を変質させて適応するとは!
気に入った。このトール、貴様の「半身」として力を貸してやろう!』
「ああ、よろしく頼むよ。だが、少し静かにしてくれ」
俺は苦笑交じりに呟いた。
どうやら、随分と賑やかな職場になりそうだ。
やれやれ、これで一つ解決か……と思った矢先。
「……ほう。騒がしいと思えば、トールが食われたか」
図書館の奥から、新たな声がした。
振り返ると、そこには――
分厚い本を抱えた、白髭の老人が立っていた。
「ま、まさか……あんたも、俺の『器』狙いか?」
俺の予感は、最悪の形で的中しようとしていた。
ゼノンの「推奨イベント」は、まだ終わっていなかったのだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
「NULL」=「無限の器」。
そして、剣士の極意とエンジニアの技術(解析)による「再構築」。
ついにタイトル回収です。魔法をコードとして視て書き換える、これが彼の戦い方です。
しかし、息つく暇もありません。
奥から出てきたのは「賢者」と「戦神」。
どうやらこの主人公の「空き容量」、大人気みたいです。
次回、一気に残り二柱もインストール!?
第1章、怒涛の完結編へ!
次回、怒涛のインストール完結編!お楽しみに!
お楽しみに!




