【第6章】第7話:大地のインフラと継続課金
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前回、ゼノンによる要件定義書で情報が整理され、ついに最大の謎「地熱と魔力」を利用する解答が示されます。
フォージの掲げた究極の拠点構想とは。
「この土地を最大限利用するには!」
仮会議室に集まった配下たち全員の視線が、俺の一挙手一投足に集中している。
この有り余るエネルギーの暴走地帯を、どうやって「最高級のリフレッシュ空間」へと変貌させるのか。
俺はプロジェクトマネージャーとして、ついに最大の要求を口にした。
「俺からの要望は、ズバリ! 温泉旅館だ!」
力強く宣言すると同時に、俺は脳内のシステムへアクセスをかける。
「賢者アルバス様、全知検索をお願いします」
『承知いたしました、フォージ。……全知検索、実行します』
知を司るシステムAPIたるアルバスの落ち着いた声が脳内に響き、直後、彼の持つ膨大なデータベースから抽出された情報が、俺たちの共有認識として仮会議室に展開された。
『……出ましたね。オンセン・リョカン。大地の熱によって温められた地下水――すなわち「温泉」を主軸とした宿泊施設のことですね。
地熱を直接利用するため、人為的に湯を沸かし、保温し続けるための魔力コストが永続的にゼロになります。さらに、鉱泉に溶け込んだ成分が生命体の治癒能力を高め、疲労や魔力を劇的に回復させる……。まさに、大地そのものを巨大なポーションとして利用する、極めて合理的な構造です』
「大地そのものを、ポーションに……!?」
アルバスの検索結果を聞いた弦が、弾かれたように顔を上げた。
その平坦なシステム音声が、かつてないほどの驚愕に震えている。
「地形改変のコストがかからないだけでなく、回復アイテムを生成・配布するDPすらも不要になるということですか……! この有り余る地熱と魔力は、ただの障害ではなく、施設を永続稼働させるための無限のエネルギー源だった……!」
「そういうこった。強すぎる地熱も、お湯を引いて温度を調整すれば最高の資源になる」
俺が頷くと、弦はそのままガクンと膝をつき、両手をついて深くひれ伏した。
「完全な敗北、いや……圧倒的な奇跡です。負の環境変数を、一転して最高の回復施設へと変換するロジック。マスター、あなたは本当に……神のごとき設計者だ……!」
「大地のポーション……! あのブクブク沸いているお湯に浸かるだけで、みんな元気になっちゃう魔法のお風呂ということですわね! お兄様、最高のアイデアですわ!」
完全に平伏する弦の横で、ルナが目をキラキラと輝かせて両手を握りしめる。
さらに、脳内では豪快なトールの笑い声が響き渡った。
『ガッハッハッハ! 湧き出る熱湯に浸かって傷を癒やし、美味い飯を食う! まさに戦士の休息にふさわしい極楽だぜ!』
「トール様。ありがたいのですが、完全回復は私の目指すところではありません」
大絶賛するトールに対し、俺はあえて首を横に振った。
「それは先ほどの『投資』の観点で申した通りです。……弦、君なら意味がわかるかい?」
「……」
俺の問いかけに、弦はピタリと動きを止め、内部で高速のシミュレーションを走らせた。
『温泉による回復』と『投資(継続的還元モデル)』。
この二つの要件を結合した弦は、ハッとして目を見開いた。
「……完全に理解いたしました。顧客のステータスを全回復させてしまうと、彼らは『完全に満足』してしまい、拠点への依存度が低下します。
あえて回復量に上限を設ける、あるいは『疲労は抜けるが魔力は完全には戻らない』といった余白を残すことで、顧客に『もう少し長く滞在したい』『次はもっと高いコースを試したい』という継続的な渇望を生み出す……ということですね?」
『む? 全て癒やしてやらんのか? ……ふむ、だが確かに、腹一杯に食わせすぎるより、少し物足りないくらいの方が「また次も食いたい」と思うものだな!』
「腹八分目、ということですわね! お風呂も長湯しすぎるとのぼせてしまいますし、明日もまた入りたいなーって思えるくらいが、一番ちょうどいいと思います!」
神と妹の素直な感想に、弦が深く頷く。
「おっしゃる通りです。マスター、これはサービス業における『完全なる囲い込み《ロックイン》』の極致。我々はただの温泉ではなく、顧客の射幸心と依存性を巧みにコントロールする『底なしの沼』を構築するのですね。恐れ入りました」
「ああ。概ね方向性としてはあってるよ」
俺は腕を組み、集まった配下たちをゆっくりと見渡した。
「継続的に通えば効果が出る。一度来たぐらいじゃほんの少ししか効果を感じられない。これぐらいをよしとするんだ。即効性の高い特効薬を一度だけ高値で売るのではなく、緩やかな効能によって『定期的な訪問』そのものを習慣化させる。日常に組み込ませるんだ」
「一過性の利益ではなく、顧客の生涯価値を獲得し、恐るべき継続利用の概念。……もはや、戦慄すら覚えます」
弦が、心底震え上がったように深く深く頷いた。
「毎日少しずつ、元気が貯まっていく魔法のお湯なんですね! それなら、冒険者さんたちも毎日の楽しみが増えますわ! 怪我をしてから来るんじゃなくて、怪我をしないために毎日遊びに来てくれるなんて、とっても素敵です!」
『ふむ。一瞬で全てを癒やす奇跡は、時に人を怠惰にする。だが、通い続けることで徐々に身についた健やかさは、その者自身の力となる。……フォージよ、お主は人々の営みそのものを豊かにし、世界の基盤になろうというのだな。見事じゃ』
ルナのユーザー視点の喜びと、アルバスの神としての感嘆が交差する。
会議室の熱気は、これ以上ないほどに高まっていた。
「……大方針、そしてそこに付随する全ての要件定義、完全にインストールいたしました」
弦がすっと立ち上がり、俺に向けて居住まいを正した。
「マスター。私だけでなく、後方に待機している他の配下たちも、あなたの深淵なる導きを今か今かと待ちわびております。我々に、実作業をお与えください」
「よし! それじゃあやることの整理と、メンバー選定に入るぞ!」
俺はホワイトボードの裏面を返し、まっさらな盤面にペンを突き立てた。
ここからいよいよ、最高級リフレッシュ空間――「温泉旅館」の本格的な実務が始まる。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
地熱と魔力の暴走地帯を利用した「温泉旅館」という大方針!
そして「あえて全回復させない」ことで日常的なリピートを促すという、現代のサブスクリプションにも通じる恐るべきビジネスロジックが展開されました。
ルナの言う通り「腹八分目」が一番儲かるのかもしれませんね。
次回からはいよいよ実作業! 待機している配下たちへ、フォージはどのようなタスクを割り当てるのでしょうか?
次はどうなる!? 引き続きお楽しみください!




