【第6章】第5話:大方針の発表と、見えざる要塞
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配下のシステムである弦に対し、投資と還元の概念を説き伏せたフォージ。
いよいよ彼がこの異世界で創り上げる「最高の拠点」の全貌が語られます。
「さて、ここまでで話したのはあくまで『投資と還元の考え方』だ。これを踏まえた上で、俺が出す真の大方針! 最大の要求は……!」
仮会議室に集まった配下たちが、ゴクリと喉を鳴らす。
俺はホワイトボードを力強く叩き、宣言した。
「旅館経営だ!」
その瞬間、仮会議室に静寂が落ちた。
「……リョカン・ケイエイ?」
黒いローブを纏った弦がピタリと動きを止め、その瞳の奥で膨大なデータベースへの検索が走る。だが、該当するデータが見つからないのか、システム音声のような声に明確な困惑が混じった。
「マスター。私の内部辞書に、『リョカン』という単語の定義が存在しません。前後の文脈から推測するに、人間を宿泊させる『宿屋』の亜種かと思われますが……先ほどの『適度な罠で冒険者から搾取する』というロジックと、その『宿屋』が、どう結びつくのでしょうか?」
「りょかん……? お兄様、それはダンジョンよりもすごい、新しい魔法のお城の名前ですか!?」
ルナが目をパチクリとさせて首を傾げる。
さらに、俺の脳内でも神々がざわめき始めていた。
『ふむ……リョカン。我ら神々のアーカイブにも存在せぬ概念じゃ。フォージよ、それは一体どのようなアーキテクチャ(構造物)なのだ?』
『ガッハッハッハ! よく分からんが、血湧き肉躍る戦いの場であることに変わりはないのだろう!?』
アルバスとトールの疑問に苦笑しつつ、俺はペンを取り、ホワイトボードに二つの概念を書き出した。
「うん。概ね『宿屋』と思ってもらって構わないよ。辞書的な意味合いはいったん置いておいて、俺の見解を伝えるとこうだ」
■宿屋
・定義:生存と活動を維持するための「仮住まい」
・特徴:低コスト、機能的。食事は簡素で相部屋も一般的。
・主な利用者:新人冒険者、商団など。
■旅館
・定義:心身を最適化するための「リフレッシュ空間」
・特徴:高コスト、体験重視。一泊二食付のパッケージが基本。
・主な利用者:高ランク冒険者、貴族、大きな戦いを終えた者など。独自の「回復・強化」要素を持つ。
「……まず、この違いがわかるかい?」
俺の書いた構造化テキストを読み込み、弦がハッとしたように顔を上げた。
「なるほど。宿屋が『最低限の生存パラメータを維持するための安価なセーフエリア』であるのに対し、旅館は『莫大な対価を支払い、心身のステータスを限界突破させるための高付加価値施設』ということですね。単なる場所の提供ではなく、『体験』と『バフ』をパッケージ化して販売する……極めて利益率の高いビジネスモデルであると理解しました」
「お兄様! つまり、ただ寝るだけの場所じゃなくて、昨日みたいな美味しいごはんと大きなお風呂が最初からセットになっている、すっごく贅沢なお城ってことですわね! ハネムーン……というのはよくわかりませんけれど、大きな戦いの後のご褒美にはぴったりだと思います!」
ルナの無邪気な、しかし的確な翻訳に、脳内の神々も深く頷いた。
『ふむ……理解したぞ、フォージ。傷つき、疲弊した高ランクの冒険者からすれば、金貨を積んででもその「最高のリフレッシュ(回復と強化)」を欲するはずじゃ。ただの寝床ではない、明確な目的を持った施設ということだな』
『ガハハ! よく分からんが、そこで美味い飯と湯を堪能すれば、次の戦いで百二十パーセントの力が出せるということだな! ならば安いものよ!』
全員が「旅館」という未知の概念を前向きに捉えたのを確認し、俺はさらに踏み込んだ要求定義を口にする。
「みんな、理解が早くて助かるよ。俺たちが必要なのは前哨基地だが、それがバレるわけにはいかない。ダンジョンを別の形で偽装するわけだ。これなら待機させている配下も仕事があるしな」
俺はそこで言葉を区切り、集まった者たちを見回した。
「しかし、貨幣獲得、DP獲得の両面を狙えることは、実はおまけだ。うまくいけば、この世界の王族や権力者とのコネクションが作れるだろ? むしろ、こちらがメインと言ってもいい」
「っ……!!」
弦が息を呑み、完全に硬直した。
彼の内部で、俺の提示した『コネクション』という言葉が持つ、計り知れない価値の計算が暴走しているのが分かる。
「権力者との、繋がり……。そうか……! 最高級のリフレッシュ空間には、必然的に各国の王族、大貴族、ギルドの重鎮が集まる。彼らが無防備にくつろぐその場所は……世界で最も濃密な情報と人脈の交差点になる……!」
「ああ。力ずくで城に侵入するより、向こうから金と情報を落としに来てくれる場所を作った方が、圧倒的に効率が良い」
俺の言葉に、ルナが両手をポンと叩いて満面の笑みを浮かべた。
「お兄様、素晴らしいですわ! 魔物さんたちもみんなで一緒にお仕事ができて、その上、王様たちとも仲良くなれちゃうなんて! これなら誰も傷つかずに、平和な秘密基地が作れますね!」
『見事だ、フォージよ。武力で支配するのではなく、経済と情報で世界の頂点と結びつくか。かつての勇者たちにも無かった、恐るべき盤面支配の力じゃ』
『ガッハッハッハ! 王族や強い奴らが自らホイホイと集まってくるなら、何かあった時にもすぐに動かせるというわけだな! 痛快極まりないぞ!』
神々の絶賛の声の中、弦は深く、深く頭を下げた。もはやそこに、旧来のダンジョン管理者としての常識は微塵も残っていなかった。
「この弦、マスターの深淵なる構想に心より震え、服従いたします。資金の自動獲得、そして国家権力との直接回線の構築。これら全てを『リョカン』というたった一つの要件で満たしてしまうとは……」
「まだだ。まだ二つほど、この作戦における要望を伝えさせてくれ」
俺が指を立てると、全員が真剣な顔で次の言葉を待った。
「一つ、俺たちだけが得をしないこと。料理の提供には地元の食材を使おう。得た貨幣を地元住人に還元することで、地元民からの信頼を勝ち取るんだ」
「……なるほど。我々が莫大な利益を独占すれば、いずれ必ず街の商人から敵意を買う。しかし、我々が大量の食材を買い上げ、地元にお金を落とす『最大の得意先』となった場合、街の者たちは我々を歓迎し、我々を排除しようとする外部の動きに対して猛反発するはずです。……武器も魔法も使わず、ただ経済を回すだけで、王都の住民すべてを『我々を守る防衛機構』へと変えてしまうのですね」
「そういうこった。持ちつ持たれつ、お互いが笑顔になれる関係が一番強いんだよ」
弦の完璧な理解に頷くと、ルナがパッと花が咲いたような笑顔を見せた。
「お兄様、素敵ですわ! 私たちが美味しいお料理を振る舞うことで、農家さんや街の人たちもみんな豊かになって、みんなが笑顔になれるんですね! それなら、私も毎日お買い物を手伝います!」
『利益の独占は身を滅ぼす、か……。富を循環させることで、世界そのものに己の存在を深く根付かせる。もはやこれは、一つの国を創り上げるのに等しい手腕じゃな』
『ガハハ! つまり、あのコービ魔牛も最高の状態で山ほど食えるということだな! 良いぞフォージ、その方針、俺は大賛成だ!』
明るい笑い声と確かな熱気を帯びた会議室を見渡し、俺は静かに口を開く。
「みんなの言う通りだ。そして一つ、この土地だからできることを追求すること」
俺がそう切り出すと、会議室の空気が再びピンと張り詰めた。
「例えば、土地と関係ないダンジョンを設計すると無駄にポイントを使うとみたが、どうだ? 森にマグマのダンジョンや冬山ダンジョンを作ろうとするとコストがかかると見たが、あっているだろ?」
「……マスターの推測通りです。周辺の環境変数を強制的に上書きし、本来の地質や気候に反する空間を維持するには、莫大な継続費用が発生し続けます」
弦の回答を得て、俺は昨日神々の検索から引きずり出した『訳ありエリア』の資料を掲げた。
「だろうな。この土地は地熱と魔力が強すぎて、人が住めないと言われて放置されていた。この土地を最大限利用するには!」
俺の言葉に、全員の視線が一点に集中する。
この有り余るエネルギーの暴走地帯を、どうやって「最高級のリフレッシュ空間」へと変貌させるのか。
俺はプロジェクトマネージャーとして、ついにその最大の答え《仕様》を口にした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
旅館という未知の概念、そして権力者とのコネクション、地元への利益還元……!
次々と飛び出す現役PMの圧倒的なビジネス戦略に、システムの弦だけでなく、ルナや神々も完全に魅了されていきます。
そして突きつけられた「地熱と魔力が強すぎる訳ありエリア」。フォージはこの環境を、一体どうやって旅館の「無料インフラ」として利用するのでしょうか!?
次回、ついにあのキーワードが飛び出します!
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