第三三話 決起集会、です!
「……したがいまして、この件に関して、総理の先ほどの説明では到底納得のいくものではないのであり、我々としては更なる説明を求めたいと、こう考えておるわけです。総理におかれましては、国民が十分に納得できるような、説明をして頂きたいと、こう思っているわけです。どうなんですか、総理?」
予算委員会では、今日も野党、人民党のスキャンダル追及が続いていた。追及の最先鋒であるゲーツ=クリムゾンは、今日もラーヴァイズ首相に説明を迫っていた。
「えー、先ほども、以前から申し上げました通りでありますが、誠に遺憾ながら、農務省、農務次官に対して、内国企業から、相当額の賄賂が供与されたことは事実であります。このことは、先般から新聞等で報道されておる通りでありますし、また政府からも会見等で子細報告を申し上げた通りであります。つきましては、当該次官は今週、若しくは来週のうちに辞任が決まっております。
そうではありますが、その、収賄行為により、我が国の農業政策に何らかの影響や変更があったという疑惑については、農務省の調査、及び第三者委員会による調査を経ても、何ら確認ができなかったこともまた、事実であります。まして、その賄賂の一部が私の懐に入った、などということも、何ら事実として存していない訳であります。この点において、クリムゾン議員の疑問、疑惑は何らの根拠もないのであります」
「いえ、ですから、現にその収賄行為が行われたのと近い時期においてですね、企業向けの農地売渡しの基準が大幅に緩和されているんですよ。このことと、収賄とは相当の因果関係があることは、もう明らかではないですか? それに、その次官と総理とは、相当の面識があるとのことではないですか。そして、次官と総理とは、既にお示しした日時に官邸で会っているわけです。そうすると、賄賂の受け渡しや、首相自ら、今申し上げました基準緩和に大きく関わっているのではないか、と、そのような疑惑があるわけです。その点に関して総理、貴方は何も説明をされていないんですよ。これで国民が納得すると、そう思っているのですか? 総理、どうなんですか?」
ようやく座ったラーヴァイズは、死んだ魚の目をしながら、委員長に促されて再び立ちあがった。
「…………えー、今おっしゃられた点についても、先週多くの時間を割いて説明を申し上げたつもりですが、改めて申し上げます。そもそも、基準の緩和は……」
(下らない時間だ……)
先週も、更には先々週にも時間をかけて説明した話を、ラーヴァイズはできの悪い生徒に教え込むように、ゆっくりと語り始めた。だが、質問をした議員、ゲーツ=クリムゾンは、その説明をほとんど聞いていないかのように、うつむいて手元の資料を眺めていた。
今年の一月に入ってから、ようやく予算案が成立し、溜まりに溜まっていた未成立の法案を片っ端から審議成立させようと、政府および与党が目論んでいた矢先のことだった。ある新聞が農務省、農務次官に、連合王国のさる大企業が多額の賄賂を渡した、との疑惑を報じた。国内の新聞とラジオはこれに一斉に飛びつき、連日のように疑惑の追及を行い始めた。
政府は直ちにその疑惑の解明に乗り出し、即座にその農務次官による収賄の事実を認めてこれを更迭し、事態の収束を図ったために、マスコミ及び野党の追及は農務大臣及び首相の任命責任云々といったものに限られることとなった。そのため、この騒動もすぐに終わるものと思われていた。
しかし、マスコミの連日の状況証拠的な事実のスクープにより、追及を延々と続けることの出来る態勢が整い、野党はここ数か月、多くの時間を割いて疑惑追及に精を出していた。
「……ええ、それからですね、これも広く報道されておることと認識しておりますが、総理の職務の一つとして、官邸では多くの省の次官と面会し、省の管轄事項についての概略を聞き取るということがあるわけです。それらの情報を基に、私は国政全般について、もちろん予算の都合等がございますし、他の担当者との打ち合わせ等によるものではありますが、一定の方向性のある政策を立案し、これを基に具体的な法立案の制定や措置の実行を行う。そのような趣旨のものであります。農務次官との面会も、そうした面会の一環として行われたものであり……」
(まあ、どうせそろそろ国会も閉会だ。選挙も憂鬱ではあるが、これよりは遥かにマシだろう)
延期され続けていた選挙の日程は、数日前にようやく正式に確定された。それによれば、公示日は今日からちょうど二週間後、投票日は今日から約二か月後であった。それに合わせて国会は閉会され、各議員は自己の当選を目指すべく、選挙運動に突入することになっている。
「いえね、総理、もうそう言ったことは既に知っているんですよ。そうではなくて、私が聞いているのは……」
ラーヴァイズが説明を終えた後、居眠りから目覚めたように突然立ち上がったクリムゾンは、重箱の隅を楊枝……と言うより縫い針でほじくり、穴を空けんとするかのように、細かい、即ちどうでも良いことを指摘し始めた。
(この後は……、野党連中の延期動議を軽く済ませて、法案を後二本ほど審議すれば終わりかな。……にしてもあいつら……)
そう思い、ラーヴァイズは、本来与党の委員がいるべき空いた席を睨んだ。
(何やらチョロチョロ動いているようだが……。一応秘書に調べさせているが、はてさて……)
「……このように、先ほどの総理の答弁程度では、疑惑はより深まったと言わざるを得ません。今日のところは、これまでとします」
ようやく、演説じみた質問と言う名の意見表明が終了すると、次の議題、野党四党提出の下院選挙再延期動議に関する若干の審議に移った。首相は疲れたように目をこすり、再び手もとの書類に眼を落とした。
「……いやぁ、最初はどうしようかと思っていましたが、案外立派なものになりましたね、中将……いえ、ブライフ様!」
「あ、ああ、そうだなー。いや、皆の協力のおかげだ。感謝するよ」
俺たちは、連合王国東部の地方都市、リモ・トルトの中心街で、選挙事務所の開設式を開いていた。どう見ても普通の一軒家を事務所に仕立て上げただけなのだが、しかしそれらしい雰囲気は出ているような気がしないでもない。
「今日のところはこのくらいにして、明日辺りから本格的に活動をしていくことにしよう。ということで、今日はお休みにするぞ。……なんだ、どうした少尉……いやその、グローヴィア?」
怪訝な表情で俺を見つめてきたし……グローヴィアに対し、俺は言った。
とある事情――単に、グローヴィアとファーナリアに名前で呼んでくれと頼まれただけである。だったらということで、俺も名前で呼んでもらうことにした――で、少尉のみならず中尉までも、階級ではなく名前で呼ばざるを得ない状況に陥ったために、俺は慣れない名前を使っていた。……なんか不自然な感じしかしないのだが、俺の気のせいだろうか。まあ、そのうち慣れるだろう、そうだろう。
「もう、いい加減慣れてくださいよ……。いやあと、お休みはいいですけど、今日くらいは決起集会的な感じで、何か催したりした方が良いのでは?」
「集会か……。いやしかしな、ここにいるのは結局俺と君と、今何処かに行っているが、ミュリアとファーナリアしかいないではないか。四人で決起集会と言うのもなぁ? ケルヴィン殿は、近いうちに応援を寄こすと言ってはいたが、一体いつになることやら。部下達だって、任務でもないのにこの辺鄙なところまで呼びつけるのもあれだし……」
「ああ、もう、そんな細かいことはいいじゃないですかぁ! 何かこう、始まりの四人的な感じで楽しいじゃないですか。後世に残るかもしれませんよ? 四月集会とか言ってぇ」
「……まあ、それなら、二人が戻ってきたら聞いてみるか。……しかしそのネーミングはないな」
「あはは……」
そんなことを言っていると、どうやら事務所の中で作業をしていたらしい二人が出てきた。
「内装の方はほとんど整いました。これならいつ来客などがあっても大丈夫だと思います。少将、……いえ中将閣下も、……あー、ブライフ様もご覧になりますか?」
「結構頑張っちゃいましたよ、見てみてください、ご主人様!」
「ああ、そうだな、後で見よう。ところで、グローヴィアからの提案なんだが……」
俺が言うのも……、ということで、俺はちらりとグローヴィアを見つめた。
「あ、えと、四人で決起集会的なもの、やりませんか? 今日はもうやることも無いですし、パーっと飲みましょう!」
「わあ、良いですね! 私も丁度飲みたいと思ってたんです! 今日はたっかいの飲んじゃおうかなー」
「私も、あまり飲めませんが、よろしければ参加させていただきたく思います」
「よっし、じゃあ決定と言うことで! しゅっぱーつ!」
そんなわけで、俺たちは決起集会と言う名の飲み会に行くこととなったのであった。
ちょっと長くなったので、分割します。




