第三一話 鎮圧成功、です!
「ええ、これがその証拠品です。ここにある他にももう何箱分か別の部屋にあります。まだ整理ができていないのですが、終わり次第ご報告申し上げます」
「毎度のことながら、諸君らの働きには驚かせられるな。今回も素晴らしい働きだ。感謝する」
「いえ、滅相もございません。我々は任務を果たしたまでであります」
「いやいや、良くやってくれた。このことはしっかりと覚えておくことにしよう。下がってくれて良いぞ」
「はっ!」
王族関連企業に対する捜索任務から無事に帰還した第三五六偵察大隊隊長は、きれいな敬礼を行った後に部屋から出て行った。今回も、大量の押収書類と共に帰ってきたのだが、例によってしっかりと報告書を作ってくれるようで、俺としてはまったくもって安心した。いくらあまりやることがないとは言っても、あの段ボール何十箱もの書類を読みたいとは思わない。
「少しずつ、外堀が埋まっている感じがありますね」
「そうだな。愛国主義戦線も、国王も……」
昨夜の作戦により、愛国主義戦線の山岳要塞を覆っていた森林は完全に焼失し、その入り口は丸裸となっていた。極度の乾燥に加えて、昨夜吹き荒れた山頂からの突風により、炎上範囲が予想を超えて急拡大し、かなり短時間で森林は焼失した。ただ、陽動のために山林に侵入していた部隊の撤退に手間取って多少の負傷者を出したものの、死者は皆無だったし、その他の損害もほとんど存しなかった。要するに、作戦は完全に成功したのであった。我々の作戦目標は完全に達成されたのである。
また、偵察大隊の活躍によって、……俺はまだ確認はしていないのだが、愛国主義戦線と王族関連企業との確固たる繋がりを示す書類等の証拠が多数発見され、そのことで更なる大規模な捜索等がなされることになった。そのため、企業の敷地は現地の軍――北部軍の第六十五歩兵師団だった気がする――が派遣され、封鎖されている手筈になっている。これで、愛国主義戦線は完全に我が軍の包囲下に置かれることになったのだった。
これで、要塞への侵入を拒むものは失われ、第一機甲師団が敵山岳要塞に侵入する準備が整った。現在、要塞への突入に備えて部隊の抽出と若干の訓練、装備の確認がなされていた特に問題がなければ今夜にでも、次の作戦行動が開始されることになる予定となっていた。
「とは言っても、まだ外堀だけです。敵の本丸はまだ健在ですし、まだ油断は禁物ですよぅ」
「それはそうだ。家に帰るまでが遠足だからな」
「?」
「……気にするな」
「にしても、昨日の今日で内部への突入というのは、少し性急過ぎるのではないでしょうか? もう少し落ち着いてからでも良かった気がするのですが……」
中尉が少しだけ不安そうな面持ちで問いかけてきた。
「うむ、まあそうとも考えたのだが、……というか、私はその方が良いと思っていたのだ。偵察大隊の活躍によって、敵要塞は完全な包囲下に置かれた訳だし、今度こそ持久戦に持ち込んでも、それほど時間はかからないのではないか、とな。
だが、敵の蜂起からもうかれこれ二十日だ。小規模な武装蜂起ならばともかく、かように大規模な武装蜂起が、しかも王都の近くで発生しているという事実は、予想以上に我が国の経済に甚大な影響を与えているんだ。既に王都と北部との物流は大幅に悪化し、とくに北部では生活必需品の不足も目立ち始めている。作戦期間は最大で一か月半と提示されていたのだが、もう一か月以内にこの蜂起は鎮圧されなければならない状況に、我が国は追い込まれている。従って、可及的速やかに、どうせなら、敵の迎撃態勢が整っていない昨日の今日で、作戦を実行に移し、敵要塞を直ちに制圧し、反乱組織を速やかに壊滅させるのが良い、そんな結論に至ったんだ」
「…………はあ……」
「………………と、参謀本部から長々とした要望と言う名の命令が届いたんだ」
「ああ、なるほど」
小さく付け加えた最後の一言で中尉は完全に納得してくれたようだった。少尉は……うん、聞いてないな。あっちで新しい柔軟体操に精を出しているようだ。まあいいけど。
確かに、物流は悪化しつつあるようだが、新聞やらラジオの報道を見ている限りそこまで大きなインパクトにはなっていなさそうであったし、何も王都と北部とを結ぶ鉄路やら道路はここだけじゃない。多少遠回りになるとはいえ、道は複数存在する。一か月半どころか、三か月くらいやっていても経済に大きな影響は出ないと思う。
(となると、大きいのはやっぱり……)
選挙、なのだろう。
当初、今月の半ば、丁度今から一週間ほど前位に予定されていた王国議会下院総選挙は、愛国主義戦線の武装蜂起によって一時延期に追い込まれていた。結局来年の二月くらいに予定変更となっていたのであるが、人民革命軍との戦闘の復興も済んでいない上に、これから行われるであろう愛国主義戦線との戦闘からの復興も終わるはずがないではないか、との意見が国会において与野党問わず噴出し、予定を大きく後ろ倒して六月にやることとで一応のコンセンサスが取れていた。
しかし、このまま戦闘が長引き、本格的に経済的な打撃が大きくなれば、今度は戦場となった地域の復興のみならず、国全体の経済回復までいっそのこと待った方が良いのではないか、との意見すらも出かねず、そうなれば、ただでさえ支持率が下降気味の与党にとって更に不利な選挙戦となるのは眼に見えていた。
したがって、国全体への経済的打撃が最小限で済むように、なるべく今年中の、遅くとも来年一月の上旬ごろまでの戦闘終結を、参謀本部は望んでいるのではないか、と思う。推測の域を出ないが、一番可能性は高いだろう。
(難儀なものだな……)
軍が政治によって振り回されるのは、当然と言えば当然なのだが、だからといって無茶や無理難題を押し付けられれば、やはり良い気はしないものである。まあ、やるっきゃないのだから、俺は命令を下すし、兵士たちは一生懸命に命令に従って働いてもらわねばならない。そういうものなのだろう。
「それよりも、突入部隊の抽出と具体的な作戦の内容をもう少しつめないとな。えーっと、まず歩兵連隊は……」
作戦内容をつらつらと確認し、たまに来る将校たちの相手をしているうちに、太陽は少しずつ傾き、夕暮れとなった。夕陽が部屋に入って……くることは方角の関係上ないのだが、それっぽい雰囲気を感じて、俺は少し感傷的な気分になった。こう、薄暗い部屋に夕陽が少し差し込む的なのって、絵になるじゃない。
そんなことを思いながら、俺は再び書類とにらめっこを始めた。あっぷっぷ……と。
「もう夕暮れ……か。……夕暮れはあまり好きになれないな」
「なーに感傷的な事言ってんだよ。早くやっちまおうぜ。完全に陽が落ちちまったらまずいぞ」
「少しくらいいいじゃねえか。……まあでも、急がないとな」
焼き払われた森林の跡地で、多くの兵士が麻袋とシャベルを持って作業をしていた。夜が明けてから、今までずっと作業をしているのだが、なかなかそれは終わらなかった。そろそろ日も暮れるし、参加はしないとはいえ作戦が開始されるし、ということで、作業は終わりに向かっていた。
「にしても、見事に真っ黒焦げだなー。俺、わりと覚悟してここに来たんだけど、ここまでくるともうそんなにグロくはないんだな」
「……不謹慎にもほどがあるが、……まあそうだな。こうなると、最早美しいとまで言えるかもしれない」
シャベルや軍手を使って麻袋に入れられるそれ、即ち焼死体は、森林跡地のそこかしこに散らばっていた。原形を留めず、土や砂と見分けのつかなくなった遺骸も多くあったが、火葬場から早めに出してきたような、人の形を保ったままのものも、少なからず残っていた。
突入作戦には参加しない、予備戦力と指定された第三十歩兵連隊は、その代わりに戦死した愛国主義戦線構成員の遺体回収を行う任務を与えられていた。
「うーん、と言っても、ずっとこれを見続けているのはやはりくるものがあるなぁ。今朝あまり食べてこなくて良かったわ」
「ああ。あ、ほら、あっちの奴見ろよ。あれ吐くぞ? ……あー、やっぱり。しっかり何もないところで吐いたんなら良いんだが」
彼らと少し離れたところで作業をしていた兵士が、突然口に手を当て、地面に足をついた。かと思うと、気の毒なくらい酷い嘔吐を繰り返していた。周りの兵士が介抱をするが、体調は戻らなかったらしい。衛生兵に連れられて去っていった。
「ああ、流石に上官か同僚がどうにかしたとは思うが……」
「ゲロ付き死体なんてもう見ていられんからな」
乾いた笑いが漏れた。
「おい、まだこっちにいっぱい転がってるぞ。ここら辺片付けたら今日はもう終わりにしようや」
「そうだな。もう丁度良い時間だし」
二人は、複数の死体が集まるように斃れている、樹木もない空き地のようなところへ向かった。恐らく砲撃をモロに食らって粉砕されたのであろう死体の残骸や、逃げようとしたものの炎に巻かれて焼け死んだらしい黒焦げ死体、逃げ場を失って絶望と共に死んでいったような死体などがそこら中に散乱し、今にも断末魔の叫びが耳に響きそうな、ひどく不気味な場所であった。
しかし、そんな光景にもうすっかり慣れ切った兵士にとっては、単なる回収物が集まる場所でしかなかった。手早く軍手かシャベルで遺体を持ち運び、麻袋に一体ずつ入れていく。最初は慣れなかったこの作業も、今では随分と手際が良くなった。
「お。なあこいつ、なかなか良い腕時計付けてるぜ。燃え落ちてないところを見ると、金時計らしいな」
「本当だ。ああ、隣のこいつも、良さげな懐中時計握りしめてるな。……流石にもう動いてないが」
二つの遺体は、綺麗に並んで横たわっていた。他の遺体の乱雑ぶりに比べれば、随分と整った、言ってしまえば覚悟を持って死んでいったように思われた。
「……二人とも、腕時計を、懐中時計を見ながら、故郷の家族や友人を思い出していたのかな」
一人の兵士が、ポツリとそう言った。
「……お、おい、止めろよ……、辛気臭いな……。……せめて、安らかに眠ってくれたらな……」
それきり、会話はなくなった。黙々と、ただ黙々と、死体を麻袋に詰める作業を行い、そして陽は落ちた。
「…………………………」
「総裁代理。……総裁代理!」
「……分かっている。今、行く」
木製の簡素なベッドで、最後の安息を送っていた男は、のそりと立ち上がり、軽く身支度を整えた。古来、国王を守る騎士が着ていたという儀礼服をしっかりと着て、国王から賜った美しいミスリルの剣を腰に差し、部屋を出た。
途端に多数の兵士たちが詰め寄り、状況報告やら指示要求やらで喧しく騒ぎ立てたが、男は一喝し、中央指令室まで彼らを引き連れて行った。そして、簡素ながら洒落た造りの椅子に腰かけると、報告等を促した。
「敵は数分前から、我が要塞の各入口に猛烈な砲撃を開始いたしました。これにより、要塞各所で天井の崩落や壁面の損壊が生じています」
「防衛部隊は一時内部へ退却、しかし、その間隙を突いて敵部隊の入口への集結が確認されております」
「既に敵部隊は、中央第二口、西第五口より多数侵入してきております。北第三口にも少数の部隊の侵入が確認されております」
「南西第五口、南第二口からの侵入も報告されております」
「我が部隊は懸命に防御戦闘を行っておりますが、各所で防衛線は破断しております」
堰を切るように、兵士たちが報告をしていく。男は腕を組み、目を瞑り、しばらく口を開かなかった。
「幾つかの入口は爆破して一時的な封鎖に成功しておりますが、他の個所からの侵入はもはや防ぐことができません。このままでは、もう十分程度で大講堂にまで侵入するものと思われます」
「脱走兵も複数確認されており、対応が間に合いません。一部部隊は敵と呼応して共に侵入を行っているとの情報もあります」
「閣下、我々はどうしたら……。このままでは、要塞の陥落も免れません」
男は少しの沈黙の後、振り絞るような声で語り始めた。
「…………。我々は、……臣民諸君の蜂起を、我々とともに立ち上がってくれることを心待ちにしていた。我々が、我々さえ立ち上がれば、必ずや、臣民諸君は共に立ち上がり、国王陛下の下に集い、腐り尽くした政府を破壊し、無能極まりない役立たずの政治家どもを叩き殺し、偉大な祖国の再建に尽力してくれるものと確信していた」
男は立ち上がり、周囲を見渡すと、手で軽く顔を覆った。
「だが、……違った。我々は、……私は間違っていた。奴隷量産体制の敷かれたこの国において、もはや臣民など存在しない。私が信じていた臣民は、蛆虫以下のクソどもに尻尾を振って満足する愚劣な奴隷にいつの間にか成り下がっていた。私が、我々が立ち上がるにはもう遅すぎたのだ」
小さくため息をつくと、男は再び座り、うなだれた。
「……もはや、我々の、私の希望は誰にも届かない。我々の高邁な思想に、正義に満ちた主張に、耳を貸す者は存在しない。……もう、終わりだ。我々の、……負けだ」
兵士たちもまた、俯いた。森林が焼き払われ、優秀な兵士が全て焼き尽くされ、完全な包囲下に置かれた時点で、この戦いの帰趨が決していたことは、誰もがどこかで分かっていた。しかし、彼らをここまで導いてきた総裁代理であれば、あるいはこの局面を見事に打開できる逆転の策を持っているのではないか、そう期待していた。
その期待は、今、完全に否定された。
「私は、諸君らが奴隷どもとはまったく違う人間だと信じている。そんな諸君らに、今ここで死ねと言うことは私にはできない。これから先は、諸君らの好きにして良い。降伏しても良いし、最後まで抵抗しても構わない。
だが私は、生き恥を晒すつもりはない。屑どもの手で縊り殺されるのであれば、私は自ら死を選ぶ。……ここまでついてきてくれて、ありがとう。地獄で会おう」
男はそう言って、部屋から出て行った。
『連合王国軍、愛国主義戦線を鎮圧
政府は、先月から、ノルドセントルム地方で武装蜂起を行ってきたセンペルヴィエント王政復古愛好主義戦線の鎮圧に成功したと正式に発表した。ファレーヴ=ラーヴァイズ首相は声明を発表し、「我が国の平和的秩序を脅かすテロ組織は、完全に崩壊した。これは我が国の勝利であり、そして我ら国民の勝利である」と述べ、テロリストとの戦いに勝利したことを強調した。政府の推計によれば、この戦いによる死者は、双方合わせて数千人にのぼり、一万人を超える負傷者が出た。一般市民の犠牲者はいないものの、王都と我が国北部を結ぶ鉄路及び道路は閉鎖され、我が国の物流に大きな影響が生じた。今後政府は同地方の復興に全力を尽くし、既に低迷する王国経済の回復にも務める方針である』
冬なのか夏なのか良く分からない気候ですね。体調管理には気を付けていきましょう。次話からはまた少し雰囲気が違う感じになる……かもしれません。まだ分かりませんが。予定は未定です。




