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異世界指揮官生活。  作者: 谷澤御嶽
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第三十話 大空襲、です!

「……うう、今日も冷えるな」

「そうだなー。一体全体、どうしてこんな所に配置されるんだか……。中の連中が羨ましいぜ」

「まったくだ。早く交代にならんだろうか」


 山中に幾つも構築された、こじんまりとした壕のうちの一つ、その中でも最も山頂に近い壕の中で、二人の兵士がそう呟き合っていた。


 雪は降っていないものの、山頂から山麓に向かって凍えるように冷たい風が絶えず吹きつけ、山岳地帯はかなり寒かった。斜面に向かって真っすぐに掘られ、山風が直接に当たらないようになっている壕の中でも、大して温度は変わらなかった。太陽が沈み、夜の帳が降りきったこの時間になると、最早あらゆる防寒具が無意味になると言っても過言ではなかった。周囲のあらゆるものが凍結し、静止した。


「にしても、全く何も見えないな」

「ああ、見えん。自分の手すらも見えん」

「ランプは……付けちゃダメだったか」

「おう。敵の良い的になっちまうからな。……と言っても、こう暗い中でランプの一つや二つ付けたところで見えやしないと思うがな」

「そりゃあそうだ。……まあ、付けないけどな」

「ああ、それが良い」


 既に日付は変わったが、陽が昇るまでまだ数時間はあった。今夜は月も出ておらず、およそ光源となるようなものは、夜空に辛うじて浮かんでいる豆粒のような星々だけであった。


 そんな真っ暗な中、彼ら愛国主義戦線兵士はこの壕に籠り、敵航空隊の襲来を常に警戒し、備えていた。いつ来るとも分からぬ、そしていつ来ても分からぬ敵の襲来に対し、彼らはしかし、それほどの緊張感を持っていなかった。


 二人は共にシュラインブルク出身で、そこそこの財力を有する、富裕な家庭に生まれた。これまで何不自由のない人生を送ってきたし、今年は王都でも有数の優秀な大学であるワイザー大学に進学した。授業は、面白くはなかったが、良い時間つぶしになっていたし、大学の片隅や近くの喫茶店で趣味の合う友人と下らない話に花を咲かせるのは至高の時間だった。最近次々に出来はじめた映画館にも足繁く通っていたし、周辺の居酒屋や酒場のほとんどは顔馴染みであった。要するに彼らは、他の多くの大学生と同じように享楽的で退廃的な、人生のモラトリアムを過ごしていたのであった。


 そんな楽観的で刹那的な生活しか送ってこなかった彼らにとって、この非日常の真っ只中である戦場であっても、彼らの煌めく生活の一部に位置付けられていたのである。死が当たり前に訪れる戦場もまた、彼らにとって映画館や居酒屋と大きく変わることのない日常の延長であった。


「……にしても、戦場と言っても退屈なところだな。もっとこう、……動きがあるものだとばかり思っていた」

「そうだなー。ここに来てやったことなんて、穴掘りと良く分からん物を運んだくらいだしな。外に出たの自体久しぶりだし」

「外に出ても、このクソ寒い中空を見上げていろってんだからな。嫌になってきた」

「確かにな。……でも、逃げる訳にもいかないだろう」

「……そうだな。逃げたら、変わらない」


 彼ら二人は、それ以外の者たちから見れば幸せでしかない生活を捨てて、この組織――センペルヴィエント王政復古愛国主義戦線に飛び込んだ。人は何故かと問うたが、彼らにとって理由は必要なかった。ただありふれた日常を変えたい。それだけの理由で、彼らは参加した。彼らが共産主義ではなく、国粋主義を選んだのも、一人は国王を間近に見たから、一人は嫌いな人間がアカにかぶれていたから、という単純な理由であった。


「……来ないな」

「そうだなー」


 暗闇の中、そうして駄弁っている時間が永遠に続くように、二人は思った。




「……そろそろだな。みんな、行くぞ!」

「はっ!」


 数百メートルごとにしか灯のない道の先にある、広大な土地。そこには、連合王国経済の各分野における有数の企業が集積していた。並木道の伸びる整然とした街並みに、オフィスやら工場やらがそこかしこに立ち並び、まさにサラリーマンと工場労働者のための街であった。


 とは言え、この街自体には住宅や居住できる建物がなく――電車で二駅ほどのところに大規模な集合住宅や建売住宅が密集する住宅地がある。どうして斯様に離れているのかは不明――深夜になると人っ子一人いなくなり、今は不気味な雰囲気さえも漂っていた。


 その街へ、第一機甲師団第三五六偵察大隊の兵士たちが到達した。なるべくなら直ちに進入したいと考えていた大隊であったが、深夜とはいえ警備員がいない訳がなく、制止された。


「おい、何だお前らは! こんな時間にぞろぞろと……。こっちは今忙しいんだ、とっとと失せろ!」

「爆破テロの予告があったんですよね?」

「え、は、あ、なぜそれを……?」

「予告電話があったとの通報を受けましたので。これより、爆弾の捜索等を行わせて頂きたいのですが?」

「ああ、そう、でしたか! では早く中へお願いします。もう、大変な騒ぎでして」

「ええ。悪戯の可能性もありますが、このご時世では何があるか分かりませんし。早速行います。ああ、中に居る人たちには早急に避難を呼びかけて下さい」

「承知いたしました」

(特に問題はなかったか。にしてもやはり広いな……)


 隊長は小さくため息をついたが、すぐに気を取り直した。


「第一中隊から第三中隊は西に進め! 第四から第五は東へ! 他は私と共に中央へ行くぞ!」

「了解!」


 命令と共に、蜘蛛の子を散らすように兵士たちが闇へ消えた。


「さて、では私たちも行くか」


 そう言ったところで、先ほどの警備員が申し訳なさそうに隊長に話しかけてきた。


「あ、あの……」

「? はい、どうか致しました?」

「ああ、何と言いますか、この街の責任者が、皆様に面会したいと申しているのですが……」

「責任者? まあ良いが、……この時間にこの街にいるのか?」

「はあ。先ほど到着いたしまして。既に役場の方におるそうなので、そちらに行って頂ければと」

「……分かった。あー、お前らだけ私について来い。後は捜索に回れ」

「はっ!」

(……少し面倒なことになったな)




「うん……? おい、何か焦げ臭くないか?」

「なに? ……、本当だ。臭うな。」

「ちょっと見て来よう」


 夕方から数時間ほど入っていた壕からのそりと這い上がった二人は、臭いのする方へと少し歩き、源を辿った。


「なあ」

「ああ。今まで気づかなかったが、爆発音のようなものも聞こえる。それに下の方が少し明るくなっているな」

「……始まったみたいだな」

「ああ。……ということは、そろそろ来るかもしれない」

「だな。早く戻ろう」


 踵を返し、急いで元の壕へと戻る間にも、爆発音は繰り返し二人の耳に響き渡った。そしてその音は、少しずつ近づいているようにも思えた。


「俺は外を見てる。お前は通信機が使えるか見てくれ」

「分かった」


 山頂からの寒風はより一層強くなってきた。山を越えることでほとんど湿気のない、乾いた風だった。それまで疎らにあった雲もすっかりなくなり、満天の星々が空に輝いていた。




『! 目標、確認! 進路を3度修正します! 距離、残りおよそ5000!』

『こちらも確認した。まもなく、作戦は開始される。各機、戦闘用意!』

『了解!』


 数十機で編隊飛行を行う第一航空団第四任務群は、あと数分で爆撃を敢行しようとしていた。真っ暗で何も見えない状況ではあったが、砲兵部隊の事前砲撃により大体の爆撃ポイントが示されていたため、攻撃に迷うことは無いようだった。まず通常の爆弾を投下して混乱状態を引き起こした後、周囲に焼夷弾を投下して大火災を引き起こす予定であった。いくらかが消火されたとしても、山全体を禿山にできる程度には積み込んでいた。また、折からの地上付近の風により、効率的な延焼が望めるように思われた。


「とはいえ、自国に爆弾を投下する任務を受けるだなんて思っていなかったな……。まったく、馬鹿なことをしてくれたものだ……。まあ、やるしかないか」

『……? 隊長、何かおっしゃいましたか?』

「いや、何でもない。それより、各機の投下ポイントの確認は済んでいるか?」

『はい、問題ありません。……、砲撃部隊は相当に優秀なようです。事前の説明図と寸分とも違いませんよ』

「そのようだな。我々も彼らに恥じぬよう任務を遂行するぞ!」

『はっ!』

『まもなく、作戦空域です!』

「よし! 各機、戦闘開始! ……幸運を祈る!」




「応答せよ! こちら、一一三班、一一三班である! ……おかしいな、全く通じないぞ?」

「本当か? 壊れてるんじゃないのか? 本部じゃなくて他の壕ならどうだ?」

「ああ、それもやっているんだが、どこも雑音しか入らない。少し繋がってもすぐに切れやがる。どうかしてるぞ、これは」

「敵の航空機みたいなのも来ているんだし、早く連絡しないとまずいぞ?」

「分かってるよ! とは言え、この分だともう始まっている可能性もあるな」

「うーん。やむを得ん。無線機持ってここから出るぞ。下の方なら少しは繋がるかもしれないし」

「持ち場を離れても大丈夫かな?」

「多分もう攻撃が始まっているんだろう? そんな時にまで持ち場を守っていたって仕方ないさ。……まあでも、念のため近くの壕も見て回るか」

「そうだな」


 それから二人は壕を出て、近くにある壕を見て回った。しかし、そこには誰一人おらず、無線機が置きっぱなしの所さえもあった。


「どうなっているんだ? 誰もいないぞ?」

「うーん、俺たちと同じように下に行ったか、あるいは逃げたか……」

「まあ、いいか。下に行ってみよう」




 情報は、構成員全員に対して周知徹底されていた。


 今夜、連合王国軍が攻勢を行うことは十分に分かっていた。


連合王国軍の目的が、要塞外部の山林の焼失にあることも明白であった。


 愛国主義戦線は、連合王国軍の目的を阻止する為に準備を尽くしていた。


 少なくとも今回の攻勢に対しては、これを十二分に破砕できることは確実だと思われた。


 しかし。


 愛国主義戦線構成員の、そんな仄かな期待感は、この一時間で完全に失われた。


『第二三班やられました!』

『第六四班、死傷者複数発生!』

『第五五班、一人、二人……そんな……』

『南西地区、もう駄目です! 撤退します!』

『もう、水がありません! 人も、何も……』


 要塞外部の防衛を託された愛国主義戦線の指揮官の無線機には、山のそこら中から悪夢のような叫びがこだましていた。しかし、指揮官の持てる権限を持ってしては、もはやどうすることもできなかった。何もかもが手遅れ、というよりも、最初からもうどうにもならなかった。


「……と、とにかく火を消せ! このままでは森が全て焼けてしまうぞ! そうなれば要塞は丸裸だ! 何としても火を消すんだ!」

『もう無理です! 我が班は撤退します!』

『我々もだ! こんな状況で何ができるというんだ!』

「き、貴様ら! 貴様らの愛国心はその程度か! さっさと働けクソども!」

『クソはお前だ大間抜け! 状況分かっているのか?』

『もう終わりだ! 部下も全員死んだ!』

『救援を! 救援を頼む! もう……あぅ』


 砲撃と爆撃と大火災の中、罵り合いと無意味な救援要請の無線通信のみが延々と続いた。




「なっ!? お前ら、どうしてこんな所に!?」

「いえ、その、敵機の襲来を報告しようと……」

「そんなのとっくに分かっている! もうここは火の海だ! 早く逃げるぞ!」


 何百発もの爆弾と焼夷弾がバラ撒かれ、焼夷弾の発火音と樹木が煌煌と燃え上がる地獄絵図のような山岳要塞の第一進入口。森と岩によって巧妙に隠されていたはずの入り口は、まず砲撃によって、次に爆撃によって完全に破壊され、周囲は焼き尽くされていた。そんな文字通りの地獄の中に、二人の兵士は迷い込んでしまった。ちょうど火勢のない場所にいるものの、風向き次第ですぐにでも炎に包まれようとしていた。


「し、しかし、我々の任務は火災の消火が……」

「この大火災を本当に消せるとでも思っているのか? ここにはもう水も何もないんだ! 部下も全員焼死したか爆死した! もうどうにもならんのだ!」

「いや、その……」

「ああ、もう、話にならん! もう俺は知らん! 勝手にしろ!」


そう言うと、班長らしき男は周囲を包む獄炎の中を何とか突っ切り、どこかへ消えた。遠くでうめき声が聞こえた気もするが、もうどうでも良いことだった。


 そうしている間にも、火災はますます勢いを増していった。上空からは更に焼夷弾が雨のように降り注ぎ、発火しては火災を更に巨大化させていった。砲撃も絶え間なく続き、源の地形は完全に消えてなくなった。連合王国軍にとって、この地点は最重要ポイントなのだろう、と二人は無為に考えた。


「なあ、どうする?」

「どうするって……火でも、消すか?」

「はは、良いアイディア、だな。……もう、逃げ場はない、みたいだな」

「ああ。このまま燃やされるのを、待つか、自分から、燃やされに、行くか……ってところ、だろうか」

「ああ、もう、ちょっと、息が、……やばい」

「そう、だな……」


 二人は、ゆっくりと地面に膝をつき、うずくまり、うつぶせに倒れて行った。


「なあ、……この、時計、良いだろう? ……リューディアから貰った、んだ」

「そう、なのか……。綺麗、だ。時計も、彼女も……」

「最後にもう一度くらい……会いたかっ、た……」

「おい、……だめか……」


 彼もまた、懐から金色の懐中時計を取り出した。


「カレ、ン……。ごめん……」


 炎が、黒煙が彼のすぐ傍にまで迫ってきた。片足に強烈な痛みが走り、肉の焦げる臭いが鼻を突き、黒煙が彼の上半身を完全に覆い尽くし、強烈な息苦しさに襲われたのが、彼の最期の感覚だった。




「おい、山が、山が燃えているぞ!」

「山火事か? どこか報道していないのか!」

「おい、あの方角って……」

「まずいぞ、あれは愛国主義戦線の!」


 王国宮殿内、天文台。何処からともなく集まってきた男たちが、遥か西北西の山脈を見つめて騒ぎ立てていた。


「空襲でやられたのか?」

「情報は伝わっていたんじゃないのか?」

「まずいぞ、このままでは……」

「静まれ!」


 騒ぐ男たちの前に、小柄な男が来て、大声で怒鳴った。


 男たちはそれに気づくと、急いで居ずまいを正し、直立不動の態勢をとった。


 しばらくして、とてつもなく豪奢な礼服を身に纏った背の高い男が、極めてゆっくりと、堂々とした足取りで男たちの目の前に現れた。男たちは一斉に頭を垂れ、最高の敬意を示した。


 背の高い男、センペルヴィエント連合王国現国王、アウファーレン二世は、低い声で呟いた。


「彼らは……余の期待通りの結果をあげることができなかった。残念だが、次の手を考えなくてはならない。諸君らにおいては、これを早急に余に献じねばならない」


 その後、国王は窓の外、遠くの山で燃える炎をしばらく見つめると、小柄な男と共に去っていった。


四月ももう上旬が終わってしまいましたね……。早いものです。

もう少しでまた一区切りつきそうです。頑張っていきます。頑張っていきましょう。

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