第二三話 戦闘任務、アゲインです!
「参謀本部へようこそ。えー、お名前とご用件をよろしいでしょうか?」
「ああ、ザーグハルト=ブライフだ。参謀本部から呼び出しがあり、参上した」
「なるほど。……確認できました! 係の者がご案内いたします、前へお進みください」
王都に呼ばれたついでに、数日の間自宅でひたすら読書をしたり街巡りをしていると、今朝になって突然、俺は参謀本部から呼び出しを受けた。どうも、新しい任務があるらしい。正直、今日はベッドでゴロゴロして過ごしたい気分だったのだが、呼び出しを無視するわけにもいかないので、一生懸命礼服とやらに着替えて、お姉さん、もといやはりミュリアと言うらしい女性に見送られつつ俺は家を出た。
高台ということもあってか、この辺りは特に寒い気がする。朝の冷たい風が体を突き抜け、まだ眠気の抜けない体を強制的に覚醒させた。それほど遠いわけでもない道のりを、フラフラとしつつ、ようやく参謀本部と書かれた看板を見つけた、というわけであった。多少早めに出たつもりだったが、丁度時間通りに着いた気がする。
強面の兵士のご丁寧な身元確認の後、係の者と言われた小柄な男に従い、俺は参謀本部の建物へと足を踏み入れた。
(……えらく豪勢な建物だなぁ。どれだけ金かけてるんだろうか?)
参謀本部の建物というから、武骨で機能を重視した実用的な佇まいを想像していたのだが、この建物は優美で繊細、そして美しさを至上の価値と位置付けて建築したようであり、俺が一見して参謀本部の建物であると気づくことが出来なかったくらいだった。まあ、この辺りは道路が碁盤の目のように交差する上に、同じように華麗な建物ばかりが立ち並んでいるのだから、迷うのも仕方ないといえば仕方ないのだが。参謀本部と内務省の庁舎など、あまりに似すぎていて危うく間違えて入るところだった。
内部も、外観と同じく相当豪奢なものであり、シャンデリアから始まって大理石の綺麗な廊下に値段を知りたくもないカーペット、壁には有名画家の絵画がそこかしこに飾られ、壁自体にも小洒落た装飾が施されている。行ったことはないが、テレビ等でよく見たヴェルサイユ宮殿を少し小振りにした感じ、と言えば間違いないだろう。参謀本部ですらこの様子なのだから、他の省庁庁舎もきっと同じなのだろう。この前に行った王国宮殿は、ヴェルサイユ宮殿を超えているんじゃないかというくらいだったし。
どこを歩いているのか全く分からないまま、長い廊下やピカピカな階段を幾つも越え、ようやく前を歩く小男が立ち止まった。
「少将閣下。申し訳ありませんが、少将閣下の参加していただく会議の進行が少々遅れているとのことでありまして、……こちらの控室でお待ちいただければと存じます」
「そうなのか。どのくらい待てば良いのだ?」
「申し訳ありませんが、まだ分からない状況です。……お呼びいたしますので、どうぞこちらでお待ちください」
仕方がないので、俺は控室と言われた、またとんでもなく豪華な部屋へ入った。
(この部屋の家具だけで、戦車数台製造できそうだな。)
戦車の値段の相場がどうだったか思い出せないが、それくらいの値段がしそうな家具やら調度品がひしめいていた。ちょっと触ってみたい気もしたのだが、壊したらえらいことになる予感しかしなかったので、大人しくふっかふかで金キラキンのソファにどっかりと腰掛けて待つことにした。
暖炉か何かで暖かくなっている室内で再びウトウトとしてきたところで、「少将閣下、お待たせいたしました」との声が聞こえてきた。俺は眼をこすりながらも立ち上がり、先ほどとは違う、がっしりとした体格の男に連れられて、大会議室と書かれた部屋に入った。
「西部軍第一機甲師団、ザーグハルト=ブライフ、ただいま出頭いたしました」
「ブライフ少将、よくぞ参った。ちょうど貴官が王都にいたので、せっかくだから直接に命令を伝えたいと思い、御足労願ったのだ」
これまた一際豪華なシャンデリアが天井に吊り下げられた広い会議室には、偉そうな将校たちが、……胸に大量の勲章やら何やらをぶら下げているのだから実際に偉いのだろうが、そんな男たちがずらっと揃って座っていた。
「ああ、任務の前に、貴官には良いニュースがある。それも二つだ。そして幸いなことに、悪いニュースはない。……まず一つは、貴官には本日付で中将に任ずるということだ。正式な書面は後日発送するが、まあ、貴官は今日から中将だ。これからも励み給え」
「もう一つは、貴官が指揮する第一機甲師団、これに新たに第一航空団と第七、第三十、第三十一歩兵連隊、更に第四十一砲兵連隊が異動となる。いずれも、先の戦闘において共に戦った部隊であるから、まあ多少の縁はあるだろう」
「第一航空団の異動は、航空団の団長、確かエーリッカーと言ったか、その者たっての希望だ。参謀本部としても、この新しい兵種を効率的に運用できるのは我が軍の中では今のところ貴官しかいないと考えている。更なる活躍を期待するぞ」
カエルの合唱か何かのように、次々と伝えられるニュースとやらに若干気圧されつつも、俺は何とか、本に書いてあった通り、練習通りに敬礼を行った。
「はっ! 謹んでお受けいたします! 必ずや戦果を挙げてみせます」
「うむ。それで、早速と言ってはなんだが、第一機甲師団には新たな任務が与えられる。今回はノルドセントルム地方における武装蜂起、反乱の鎮圧だ」
「反乱軍は、報道でも出ていたかと思うが、センペルヴィエント王政復古愛国主義戦線だ。以下、愛国主義戦線と略すが、同組織はノルドセントルム地方西部の山岳地帯に広大な要塞陣地を構築しており、ここに相当数の兵士が立て籠もっているとのことだ。正確な数は判明していないが、少なく見積もっても一万人は超えるものと思われる」
人民の後は王政復古の愛国主義ときたか。まあ、名前を間違えることは無さそうだというだけマシだと思うことにしておこう。
「既に地元警察が制圧を試みているのだが、山岳地帯に夥しい数のトラップが存在しており、少なくない犠牲者が出ている。近衛師団の一部部隊も派遣されているが、捗捗しい戦果はない」
それにしても、またカエルの合唱か、と思いつつ、ようやく働き始めた頭をフル回転させて、任務の理解に努めた。
「トラップ……とは?」
「詳細についての報告はまだ上がっていない。しかし、あの辺りは国内有数の森林地帯だ。深い森と山……これらを上手く利用した様々な罠があるものと思われる。不用意な突撃を行えば手痛い反撃を被るのは必定であろうな」
「これもまた未確認の情報であるが、敵は山に多くの坑道を掘っていて、その内部では簡易ながらも工場や農場まで完備されていて、相当の長期間作戦行動が可能な状況となっているようだ。まったくもって厄介なものだ」
「さらに厄介なことに、先の人民革命軍とは異なり、愛国主義戦線は古い組織だ、そうであるが故に内部の統制はかなりのもので、内部協力者の調達も困難であり、スパイの潜入もほぼ不可能だ。事実、ごく少数いた内部協力者及びスパイは、少なくとも今回の武装蜂起までに全員処刑されたとの情報が入っている」
「それは厄介ですな……。しかし、これほどまでに大規模な武装蜂起であれば、未然に防止することも決して不可能でなかったように思われるのですが?」
言った直後に一部の将校、恐らく情報部とやらの関係者らしい者たちの表情が曇った。それらの者のうちの一人が、青ざめた表情で、そして震える声で言った。
「……我が国の諜報能力は、遺憾ながら未だ十分なものではないのです。それに、現在我が国にはこういった内乱、又はテロ活動を企図する組織が複数存在し、これらの組織の活動を常時監視しているがために、人員も予算も逼迫している。……いえ、言い訳は致しません。複数の幹部は更迭されることになるでしょう。組織内の改革も行われるものと思われます」
ちょっとした軽口程度に言ったことで何人かの首が飛んでしまうらしい。まあ、これは自業自得ということにしておくか。ここまで面倒なことになったのは彼らのせいだしな、うん。
「まあ、今回に限って言えばやむを得ない点もある。何しろ、同地方の知事以下、地方政府のほぼ全ての者たちが愛国主義戦線に同調し、遂には中央政府に反旗を翻したのだからな。いくら情報部とはいえ、政府が丸ごと寝返っているとは思わなかったのだろう」
参謀将校の一人がこう言って擁護した。……まあ、俺にはどのみち関係のないことだ。俺は俺の与えられた任務をこなすだけ、だろう。
「そうそう。これは重要な点であるが、愛国主義戦線の蜂起したノルドセントルム地方は、知っているだろうがここ王都からも遠くない場所だ。そして王都と北部を結ぶ鉄道、幹線道路が複数通っており、その内の何本かは蜂起地点である山岳地帯の付近を通っている。戦闘開始により何本かの鉄道、道路は間違いなく通行できなくなるし、戦闘の推移如何では更なる封鎖や補給線維持のための接収も検討せざるを得なくなる。このことによる我が国の経済への打撃は決して少ないものとはならないだろう。貴官と第一機甲師団においては、あらゆる手段を用いて、一刻も早く敵を殲滅することを参謀本部としては望むものである」
あらゆる手段……か。そういうのがたいてい一番困るんだよなぁ。そうそう色々な手段を思いつくわけでもないし。
その後も、前回と同じく援軍は期待できないこと、経済的影響やら下院総選挙やらを考慮して、一か月半、出来れば一か月以内の鎮圧を希望していること、その他の細かい事項をつらつらと伝えられた。どうせ後で詳しい指令書が渡されるだろうし、あまりしっかりとは聞いていなかったが、恐らくそんなことを言っていたはずだ。
それらの後で、参謀本部のナンバー2くらいにいそうな、おじいさんと言っても良い将校が最後に、と言って口を開いた。
「これはあくまで第二次的に、副次的な任務であるとして聞いて欲しいのだが、先に話した地方政府の幹部連中は現在行方不明となっている。しかし恐らく、彼らは敵の要塞陣地の中に居るものと思われている。彼らが死んでいるのか生きているのか、監禁されているのか敵の指導層に食い込んでいるのか、全く分からないが、彼らは我が国、国王、臣民に歯向かった重犯罪者であることには変わりがない。そこで、彼らが生きていればその逮捕あるいは殺害を、死んでいればその確認も行ってもらいたい。あくまでも、本来の作戦のおまけ、ついでで構わないが、出来れば是非とも遂行してもらえるとありがたい」
「なるほど。承知致しました」
「……さて、貴官に伝えるべきことは全て伝え終わった。質問等が無ければ、今日はこれで終わりとしよう」
俺が質問のない旨を伝えると、会議は解散となった。
ぞろぞろと将校たちが廊下へ出るのに続き、俺もまた廊下へと出る。そして相変わらず豪華な調度品やら装飾の数々を目に入れつつ、俺ははたと気づいた。
「そういえば、案内の奴はどうしたんだ?」
案内係がいないと、俺はとてもじゃないがこの迷路のような、迷宮のような建物から出られないぞ? 俺は若干焦りつつ、廊下をフラフラ、ふらふらと歩き続ける。しかし、どうも建物の外れの方に来てしまったらしく、誰一人見かけることが無くなってしまった。
……困った。
俺は立ち止まり、意味もなく廊下の壁に飾られた綺麗な女の人の絵を見つめ始めた。こうなってくると、豪華で豪奢な建物の装飾も少しずつ不気味に、恐ろしく思ってくる。額にうっすらと冷や汗までかき始めた。
そんな時。
「おお、これはこれは少将閣下……いえ中将閣下ではないですか。先ほどはお疲れ様でした。こんなところで立ち止まって、何をなさっているのですか?」
親し気な口調で、胸にほどほどの勲章をぶら下げた中佐と思しき若めの男が話しかけてきた。
「ああいや、少々迷ってしまってね」
「はて? 少将……中将閣下は以前に何度か参謀本部を訪れたことがあったように記憶しておりますが?」
「ずいぶん昔のことだろう。構造などとうに忘れてしまったよ」
「確かに、私もそんな気が致しますな。それに、参謀本部は最近大改築を終えたばかりで、随分と構造の変わったところもありますから、当然といえば当然でありますな。では、私が出口まで案内いたしましょう」
「そうしてもらえるとありがたい」
ひとまず安心だな。にしても、たたださえ金のかかってそうな建物を更に改築したのか。一体この建物にどれだけ金が使われたことやら、気にならないでもない。まあ、これも俺が今気にすることでもないのだろうが。防諜用か何かだったらまだ分かるけれども。
「それにしても、さっきも言ったが敵は随分と用意周到なのだな。坑道を掘った上に、工場やら農場やらまで造るとは。おまけに山に森でトラップ満載と来ている。どれだけの金と時間と労力がつぎ込まれたのか、分かったものじゃあないな」
「…………」
「君もそうは思わないか? 地方政府の怠慢のほどが知れるというものだ、まったく」
「……っ」
雑談のつもりで中佐に話しかけてみたのだが、中佐は口を開かない。俺はまた余計なことを言ってしまったのだろうか。あまり良く覚えていないが、確か彼は情報将校ではなかったはず。もしかして、情報将校が友達だったとかか? それとも、地方政府に友達がいたとかかも……。
そんなことを考えていると、中佐は小声で、秘密を打ち明けるように俺の耳元近くで呟いた。
「実は、ですね。敵の組織は少々厄介な問題がありまして……」
「厄介な? どういう意味だ?」
「情報部が武装蜂起や、要塞陣地の構築を見抜けなかったのには理由があるのです」
「なるほど? それは?」
「同組織は、地方政府の連中のほかにもつながりを持ち、その力によってこれほどまでに周到な準備を進めてきたものと思われるのです。……確証は何らありませんが」
「ほかのつながり……か。しかし、そんなつながりなんてあるのか? パトリアか? いやまさかな。いくら我が国の混乱を企図していたとしても、共産主義組織でもない、ましてや国粋主義組織なんぞに支援をするわけがないか。そもそも、あっちもまだ荒れているのだろうし」
「ええ、その通りです。パトリアじゃあございません。……その、もっとまずい感じの……やつです」
「もっとまずい感じ?」
まずい感じってなんだよ……。
パトリアでもまずくないと言うと、もう俺には心当たりがないのだが。パトリアよりも上手く地方政府を動かして彼の組織を隠蔽しながら、しかも援助が出来る存在なんてそうそういるもんじゃあないだろうし。他の外国……は良く分からないが、敢えて他国の内乱に対して、この時期に手を貸す国はなかなかないだろう。
(そうすると……)
あとは国内か。と言っても、誰が好き好んで自国で起きた内乱に手を貸すのだろうか。よほどの利益か何かが無ければ、そんなことはしないだろう。訳の分からない国粋主義組織が内乱を起こして得する奴か。そんな奴そうそう……。
(……国粋主義組織?)
一口に国粋主義組織と言っても、その主義主張が様々なものであるのは当然のことだ。現政権をひたすら擁護するだけの組織もあれば、自らが自らの理想とする国造りを叫ぶ組織もある。国王が再び全ての権力を有することを是とする組織もあれば、単なる無政府主義者の集まりとしか言いようのない組織すらもある。
愛国主義戦線は、確か保守党政権を徹底的に弾劾して、国王親政の、南方にあるシカーティオ王国とか言っただろうか、そんな専制国家樹立を主張していた気がする。これを利益と考える人間で、これを成し遂げんとする国粋主義組織に援助を行い、活動を手助けできる存在か……。
「もしかして……国王、陛下?」
「……これ以上は、流石にこの場所でも言うことが出来ません。誰かが聞き耳を立てているとも限りませんから。しかしこれは、あくまで推測、証拠はありません。一応、お知らせさせて頂いた次第でございます。
ああ、それともう一つ。あくまで可能性ですが、要塞陣地の内部には、その証拠となる文書等がもしかしたら存在しているかもしれません。これを確保することが出来れば、閣下の今後の活動の大いなる助けとなることは間違いないでしょう。では、私はこれで。出口は、ここを真っすぐ行って、左に曲がれば見えるはずです」
「あ、ああ。ありがとう……」
中佐は軽く手を振って、その場を立ち去った。
国王とのつながりがある組織か……。これは確かに少々面倒、厄介な相手なのかもしれない。
俺は両手で頬を打って気合を入れると、早足で参謀本部の出口へと急いだ。
二日も遅れてしまいました……。




