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異世界指揮官生活。  作者: 谷澤御嶽
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第二十話 急降下爆撃、です!

 人民革命軍中央司令部は混乱の極致にあった。


 つい三時間ほど前、連合王国軍との前線に位置する偵察陣地が文字通り一瞬で制圧されたことは若干の予想外であったにしろ、第五歩兵師団が今日、あるいは明日に大攻勢を行う計画があることは、事前に十分把握されていた。だからこそ、司令部は中央軍を西部戦域へと移動させ、万全の態勢を整えさせてその迎撃にあたらせたのだ。


 勿論、迎撃自体は完全に成功した。第五師団は相も変わらず馬鹿の一つ覚えのように単調な突撃を敢行し、前線部隊は圧倒的な火力を以てこれを破砕した。戦果の確認は困難ではあったが、少なくとも一個連隊は全滅、三個連隊程度は戦闘困難となったものと思われた。後続の中央軍主力は、敵の支援砲撃によって多少の損害を受け、到着も遅滞させられたものの、大きな問題はなかった。


 そこまでは、全く問題なく、状況は推移していた。


 しかし、連合王国が第一機甲師団を先の偵察陣地のあった地点より突入させてきたことで、事態は急変した。


『報告いたします! 第三防衛ラインは完全に突破されました! 先行部隊は第四防衛ラインへの攻撃を開始しています! 至急救援を! もうもちません!』


 第一師団は、若干旧式化したものの、連合王国陸軍主力として多数配備されているSVⅠ戦車を主軸とした戦車連隊を、更に歩兵連隊を突入させてきた。支援砲撃や、重機関銃による支援もあって、対応はほとんど不可能であった。対機甲戦に関しては多少の経験があるとはいえ、数百両の戦車による突撃を防ぐ術など、人民革命軍は持ち合わせていなかった。否、恐らく現在のいかなる国であっても、帝国であってもそんな術は持っていないだろう。これに加えて支援砲撃も加わっているのならば尚更である。


 第一師団は瞬く間に、五つある防衛ラインのうちの二つを突破し、今また第三防衛ラインをも突破してきた。このままだと、あと数時間もしないうちに全ての防衛ラインを突破され、司令部は全くの無防備となってしまうものと思われた。


「分かっている! いま中央軍の一部をそちらに向かわせる! 二十分以内に到着するはずだ! それまでは何とか持たせてくれ!」

『二十分……! わ、分かりました!』

「頼むぞ! そこが突破されれば司令部は目前だ!」

『はっ!』


(これで何とかなれば良いが……)


 通信手の男は、不安げな顔でヘッドフォンを置いた。


 いや、正確に言うならば、中央指令室として使っている、元は公会堂であった建物の一室で忙しなく働く多数の兵士たちの、その誰もが不安げであった。


 もちろん、いつかこうなることが来ることくらいは、一部の狂信的な者たちを除けば皆分かっていた。だが、こうもあっけなく、こうも突然に陣地が突破されるような事態に陥るとは誰も想定していなかった。それだけに、この深夜の不意の攻撃は、司令部の兵士のみならず、全ての兵士たちに衝撃を与えるに十分なものであった。


 塹壕陣地を完全に突破されれば、後は荒野と多少の市街地があるだけで、司令部を守る障壁は何ら存在しない。塹壕陣地突破までに、西部戦域の中央軍からの援軍が無ければ、この戦いは決することとなる。


(しかしまあ、今回は間に合うだろう。兵器を一部減らしてまで無線設備を完備しておいたのが功を奏したな)


 人民革命軍は、純粋な戦力、即ち兵力と装備では連合王国軍には全く及ばないことを見越し、各中隊レベル、一部は小隊レベルにまで通信機器を配備し、司令部との綿密な連絡を実現することによって、少ない戦力を極めて効率的に使用することに成功していた。今回も、既に援軍となる部隊の抽出は完了し、司令部の命令によって各部隊を適切な地点に送り込む手筈となっている。これによっても戦車連隊の突撃を阻止することは困難なものと思われるが、ある程度の遅滞は期待できた。


 まだ状況はまったく予断を許さない状況であったが、兵士たちの不安は大きいものではあったが、即ちそれは、死刑執行を待つ死刑囚のそれではなく、全財産をベットしたギャンブル狂のそれであった。期待と不安の入り混じった表情のまま、兵士たちは今できることを忙しく行っていた。




 こんなはずではなかった。


 今、その男の心を満たしているのは、そのたった一つの言葉であった。


(嘘だ……、と思いたいが、嘘ではないらしい。困ったものだ……)


 男の正体は人民革命軍のスパイではあったが、あくまでその身分は連合王国陸軍第五歩兵師団所属の兵士であった。彼は、上官の命令に従い、小銃を手に取って敵陣地への攻撃に参加していた。


(こうなってしまった以上、スパイとして働くのは得策ではないだろうな。まあ、司令部は、少なくとも明白には私の正体に気づいていないだろうし、どうにかなるか。……いや待て? 今のままなら正体はばれないにしても、このままいけば連合王国は多数の捕虜を得るだろうし、当然尋問もするだろう。その尋問で、どっかの馬鹿が私のことを吐いてしまったらどうなる? ……スパイは、確か軍法をどう頑張って解釈しても死刑だったはず。まずいな。運良く関係者が戦死してくれでもすればいいが、あまり大きな期待は出来ないし……。やむを得ん、終わったらすぐに出国してどこか無関係の国に逃げるしかないか)


 男は絶えず思考を巡らせながら、砲撃で耕されて雪と土が混ざり合ったドロドロの地面を匍匐する。そして上官の命令と共に手榴弾を他の兵士と共に塹壕へ投げ入れた。轟音と共に塹壕の一部が崩れ、中から兵士が飛び出してきた。武器を持って向かってくる者は撃ち殺し、そうでない者は捕虜として連行する。ようやく、塹壕の一部に到達することが出来た。男がふと周りを見渡すと、先ほどまでいた顔見知りの兵士の姿はなく、知らない兵士ばかりであった。恐らく、ここまで来ることが出来なかったのだろう。男はそう思った。


「あ、あ、あ、あいつはスパイだ! あいつは、俺たちとつながって情報を垂れ流していた! あいつはスパイだぞ!」


 突然、塹壕から捕虜として連行されようとしていた中年の兵士が叫び始めた。兵士は男を指で真っすぐに指差し、喚き散らしている。味方からの視線が少しずつ集まってきた。


 男は迷うことなく小銃を構え、中年兵士の眉間に銃弾をめり込ませた。兵士は怒りに満ちた表情を浮かべながら、地面に崩れ落ちていった。連行しようとしていた味方兵士は、驚愕の顔でこちらを睨んできた。


「……敵の欺瞞工作だ。仲間割れを起こしてその隙に脱走を図ったのだろう。……それとも、私がスパイに見えるのか?」

「…………いや。……まあ、そういうことにしておこう」


 味方兵士たちは若干疑惑の顔で見つめつつも、疲労感が勝ったのだろう、それまでの行動へ戻って行った。


(……あの声は、俺と連絡を取っていた男だろうか? まったく、最期に余計なことを抜かしてくれたもんだ。何とか切り抜けたが、あまり良い状況じゃあないな。戦いが終わったらすぐにずらかろう)


 男は、何事もなかったかのように捕虜を連行する作業に戻っていった。




(今夜も冷えるな……。何も俺が歩哨の時にやって来なくてもいいじゃねえか……。ここまで来たりしないよな?)


 司令部の正面玄関で歩哨に立つ男は、身震いしつつもその任務をこなしていた。もうあと数十分ほどで夜が明けそうな、ほんの少しだけ白んだ夜空には、雲一つなく星々が瞬いていたが、冷え切った風が情け容赦なく吹き荒び、体を突き刺した。夕方まで降っていた雪はまだ固まらず、風で舞い上がって再び吹雪にでもなったかのようであった。


(前線の方がまだ動きがあるだけましかもしれねえな……。いやでも、今夜は相当厳しい攻勢らしいし、やっぱりこっちのが良いか。……あいつら、まだ生きてっかな……?)


 司令部の混乱は相当なものがあるが、前線の筆舌尽くしがたいであろう混乱に比べれば、ほんの波風が立ったくらいに思われた。いわんや、歩哨としてただ警備をしているだけの男にとっては、混乱とはまったく無縁と言っても良いくらいであった。


 とはいえ、玄関を出入りする兵士たちの話を聞く限り、状況は決して芳しくはないようであった。既に、連合王国軍第一師団の前衛部隊は第四防衛ラインを突破し、第五防衛ライン、即ち最終防衛ラインに対して猛攻を仕掛けているようだった。敵の攻勢は、味方の増援もあって当初よりは減退しているようだが、未だその中核である戦車連隊は無傷に近く、支援砲撃と、未確認の重機関銃による攻撃は熾烈を極めており、相当の損害を強いられているらしい。


(まあ、俺にはどうすることもできないしな。前線部隊が頑張ってくれるのを精々祈っておくこととするか。はあ、にしても、兎にも角にも寒いったらありゃしない……。……ん?)


 不意に男は、何かが風を切る音を聞いたように感じた。初めは、単に吹雪が強まったか、吹雪が何かに当たって音を出しているのだと思っていたが、次第にその音は接近しているように思えた。


(なんの……音だ……?)


 どうやら、音は空から、男の上の方からしているようだった。ファアァァァァァ、という、この世の終わりを告げるかのような音が、少しずつ、しかし確実にこちらに近づいてきている。


 男は自らの任務も忘れて、玄関を離れて夜空を眺めた。夜空は相変わらず星が輝いているものの、それ以外に見えるものはない。しかし、あの心臓をそのままつかみ取るような不気味な音だけが、ただ近づいていた。


「おい、何の音だ!?」

「分からん! おい、報告するぞ!」


 男のほかにも、音に気付いた、というより気付かされた兵士たちがわらわらと外に出てきた。皆が空を見上げ、音の正体を見極めようとしている。男も必死で夜空に目を凝らした。


「お、おい! あれは、……飛行機だ! 爆撃機だ!」

「な! ほ、本当だ! 逃げろぉ!」


 男たちが叫んだ。一瞬、音が少し途切れたが、次の瞬間に凄まじい爆音が響き渡った。逃げきれなかった兵士たちは爆風によって吹き飛ばされた。投下された爆弾は司令部の置かれた公会堂の屋根を突き破って爆発し、建物はほとんど半壊した。


 建物内にいて爆発をもろに食らった兵士や将校たちは、千切れた自分の腕や足を持ち、あるいは仲間の胴体や腕を持ちながら、フラフラと出てきた。何があったかも分からず、ただ立ちすくむ者もいた。彼らは何とか、現状を把握すべく辺りを彷徨い歩いた。


「うああ……」


 だが、連合王国軍はそんな暇など与えるつもりは無いようだった。再び、破壊を予告するサイレンが響き渡った。今度は、二重奏、三重奏のように音が重なり合って響いている。


「逃げろぉ! 三機だっ!」

「対空機関銃はどうした!? さっさとしろ!」

「来るぞぉ!」


 機関銃を手に取り無謀な迎撃を行おうとした兵士は除いて、誰もがその場から逃げ惑った。だが、爆撃機はそんな彼らを嘲笑うかのように、兵士たちの集団の真ん中をめがけて爆弾を投下した。


 再び、三度にわたる爆発音が司令部とその周辺を襲った。司令部施設はほとんど完全に崩壊し、周囲には無数の肉片が飛び散った。死に損なった者たちは、もはやどうして良いか分からなかった。ただ、空を眺める者、瓦礫や肉片を集める者、無意味に機関銃を撃ち続ける者……、後方司令部であった場所は、ほんの数分で地獄の最前線へと変わり果てた。




『こちら、第一任務群第四飛行隊! 目標地点への攻撃完了!』

『同じく第五飛行隊! 敵司令部施設の崩壊を確認! 損害はなし!』

『第一機甲師団前衛部隊、敵最終防衛ラインを突破しました! これより司令部へ向かいます!』

『敵通信量は大幅に減少! 通信設備は完全に破壊された模様です!』

『こちら第二四一砲兵大隊、第五師団の前衛は第二防衛ラインまで侵入。敵部隊の大規模な降伏も確認されております』


 数多くの部隊から、事実上の勝利宣言が続々と司令部へ送られてきた。まだ実感はあまりないのだが、どうやら、作戦は成功に向かいつつあるらしい。


「少将閣下! 作戦は成功のようです!」

「良かったですねぇ。一時はどうなることかと……。でも、本当に良かったです」

「そう、だな。これで、終わったんだよな」


 ……敗北フラグみたいなことを口走ってしまったが、まあ、これで大勢は決しただろう。ここから大逆転、だなんてことは、いくら異世界であったとしても、ここが現実の一つである限りは生じ難い。異世界は異世界でも、まだまともな異世界であって良かったというところだろう。


「まさか、本当に一日、いや一日と経たずに作戦が終了してしまうとは……。少将閣下、見事な指揮でありました。いやはや、感服いたしました」

「いやいや、諸君らの必死の働きがあってこその、この結果だ。私はその、小さなきっかけを提示したに過ぎないよ。それに、まだ作戦は終わっていない。最後まで気を抜くな。現在の敵は言わば、ネズミ捕りに引っかかって悶えている状態だ。窮鼠が猫を噛むだなんてことは、よくある話だ。何としてでもネズミを逃がすなよ」

「はっ!」


 ちょっとくらいは有頂天になっても良い気がするが、まあそれは帰ってからにしよう。遠足は終わるまでが遠足だしな。




 その日の午後、人民革命軍は全面的に降伏し、連合王国軍は当該内乱を完全に鎮圧することに成功した。


もう二十話です。早いものです。いつまで続けるかはまだ分かりませんが、よろしければ今後もお付き合いください。

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