言葉を食べる王様
昔々、食べることと、おしゃべりが大好きな王様がおりました。
毎晩、長い食卓にごちそうを並べさせました。
焼いた鳥。
煮込んだ肉。
バターを塗ったパン。
蜜の滴るお菓子。
王様は、それを順番に口へ運びながら、家来たちの失敗を話しました。
「今日の大臣を見たか。階段で転びおった」
王様は、鳥の脚を振って笑いました。
「腹が邪魔で、足元が見えんのだろう」
大臣は、笑いました。
膝には、まだ血のにじんだ布を巻いておりました。
「庭師は、花の名前を忘れたそうだな」
王様は、肉にソースをかけました。
「毎日土をいじっておるから、頭の中まで土になったか」
庭師も、笑いました。
ほかの家来たちも笑いました。
笑わない者がいると、次はその者の話になるからでした。
王様は、たいそう満足しておりました。
「わしと食事をすると、みんな楽しそうだ」
誰も、違うとは言いませんでした。
ある晩、城に一人の老婆が訪ねてきました。
長い道を歩いてきたので、一晩休ませてほしいと言いました。
王様は機嫌がよかったので、食堂へ通しました。
「何か面白い話を知っておるか」
「旅の話でしたら、少し」
「では、食べながら話せ」
老婆の前に、小さな皿が置かれました。
老婆が腰を下ろそうとしたとき、若い給仕が匙を落としました。
澄んだ音が、床に響きました。
王様は、すぐに笑いました。
「匙も、こやつに持たれるのが嫌らしい」
給仕は顔を赤くして、屈みました。
「拾うのは上手だな。ずっと床で働けばよい」
食卓に、笑い声が広がりました。
老婆は笑いませんでした。
「王様のお言葉は、ずいぶん人を傷つけるようですね」
王様は、肉を噛むのをやめました。
「冗談もわからんのか」
老婆は、給仕の方を見ました。
給仕は新しい匙を置くと、顔を伏せて下がりました。
「ご自分のお言葉を召し上がったら、どんな味がするでしょうね」
王様は皿を押しやりました。
「失礼な婆さんだ。食わせてもらって説教か」
家来たちに命じ、老婆を城から追い出しました。
老婆の皿には、パンがほとんどそのまま残っておりました。
翌朝、王様は朝食のゆで卵を半分に切りました。
黄身が、少し固くなっておりました。
「この料理人は、卵をゆでることもできんのか」
すると、口の中で何かが動きました。
小さな黒い虫が、一匹、飛び出しました。
虫は卵の上に降りると、黄身をかじりはじめました。
王様は目を見開きました。
「何をぼんやりしておる。虫だぞ、のろまめ!」
もう一匹、飛び出しました。
今度はパンにとまりました。
給仕が布を振りました。
虫は飛び立ち、王様の杯の縁へ移りました。
「虫一匹追えんのか、役立たず!」
三匹目が出てきました。
最初の虫は、もう豆ほどの大きさになっておりました。
王様は席を立ちました。
家来たちは皿を下げ、卓を拭き、虫を追い回しました。
朝食が片づく頃には、昼食の支度をする時間になっておりました。
昼には、新しい料理が運ばれてきました。
王様は用心して、皿を調べました。
虫はおりません。
安心してパンに手を伸ばしたところで、給仕が水を少しこぼしました。
「手に穴でも開いておるのか!」
黒い虫が、王様の唇から飛び出しました。
家来たちは、今度ははっきり見ました。
王様も見ました。
虫は皿へ降り、焼いた魚を食べはじめました。
「王様」
大臣が、慎重に口を開きました。
「お言葉を、少し控えられては」
「わしに指図するとは、偉くなったものだな。この愚か者が」
また一匹、出てきました。
大臣は口を閉じました。
王様は口を閉じませんでした。
兵士を呼び、虫を退治させました。
剣を振れば、皿が割れました。
槍を突けば、食卓に穴が開きました。
虫は飛んで逃げ、王様は兵士を罵りました。
そのたび、敵が増えました。
料理人が大きな鍋をかぶせ、ようやく虫たちを閉じ込めました。
「遅い! それだけのことに、いつまでかかる!」
鍋の外に、また一匹、生まれました。
やがて虫たちは、鼠ほどの大きさになりました。
骨つき肉を抱えて運び、パンを丸ごとかじり、菓子の山に潜り込みました。
王様が怒鳴ると、黒い背中が膨らみました。
家来を笑いものにすると、羽が大きくなりました。
食堂は、羽音と、王様の声でいっぱいになりました。
「わしの肉だ!」
虫は肉を食べました。
「わしの菓子だ!」
虫は菓子を食べました。
「どいつもこいつも、食うことしかできんのか!」
虫たちは、たいそう大きくなりました。
とうとう、食卓には骨と皿しか残りませんでした。
王様は、朝からほとんど何も食べておりませんでした。
腹が鳴りました。
大臣が、おそるおそる言いました。
「何か、お持ちしましょうか」
「さっさと持ってこい。気の利かん――」
口から虫が飛び出しました。
大臣の袖をかすめ、空の皿へ降りました。
王様は両手で口を押さえました。
大臣は静かに部屋を出てゆきました。
しばらくすると、あの若い給仕が、小さな盆を持ってきました。
パンが一切れ。
具のないスープが一杯。
給仕は虫たちを避けながら、王様の前へ置きました。
王様は盆を見ました。
いつもの豪華な食事に比べれば、あまりにも質素なものでした。
「王に向かって、こんな貧相なものを――」
黒い虫が、パンの上へ落ちました。
一口で、端を食いちぎりました。
ほかの虫たちも集まってきました。
給仕が盆を引こうとしたときには、パンはなくなり、スープの椀には黒い背中がいくつも浮いておりました。
王様は立ち上がりました。
給仕が、びくりと肩をすくめました。
王様の喉まで、言葉が上がってきました。
いつもの言葉でした。
何度も使い、何人にも浴びせ、考えなくても出てくる言葉でした。
王様は、両手で口をふさぎました。
長いこと、そのままでおりました。
やがて、椅子に座りました。
給仕は空の盆を抱え、静かに下がってゆきました。
虫たちは、食べ尽くした皿の上で、丸くなりました。
食堂が静かになりました。
王様の腹が、鳴りました。
もう一度、鳴りました。
王様は生まれて初めて、黙って空腹を我慢しました。
夜になっても、食堂から呼び声はしませんでした。
家来たちは厨房に集まり、残しておいたスープを温めました。
庭師がパンを切りました。
兵士が椅子を運びました。
大臣が、給仕の分の匙を並べました。
誰も急がせませんでした。
若い給仕が椀を持つと、手が少し震えました。
「ゆっくりでいい」
料理人が言いました。
給仕は椀を置き、温かなスープを一口飲みました。
食卓で味を感じたのは、久しぶりでした。
やがて、誰かが庭に来る小鳥の話をしました。
パン屑を欲しがって、毎朝、窓を叩くのだそうです。
家来たちは笑いました。
隣の食堂にも、その笑い声が届きました。
王様は顔を上げました。
誰の失敗を笑っているのか、耳を澄ませました。
けれど、誰も失敗しておりませんでした。
王様の皿の上では、丸々と太った黒い虫が、満足そうに羽をこすっておりました。




