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第30話 雨のあとに残るもの
朝の空気は、澄んでいた。
雨上がりの匂いは、
もう、ほとんどしない。
街も、谷も、
少しずつ、動いている。
壊れたものは、すぐには戻らない。
でも、
壊れたままでも、
人は歩く。
私は、石畳の道を進んだ。
耳を澄まさない。
足元を見る。
そこに、
消えかけた跡があった。
小さくて、丸い。
猫のものか、
人のものか。
もう、分からない。
雨に削られて、
境目が曖昧になっている。
私は、立ち止まった。
踏み越えない。
消さない。
ただ、
そこにあったことを、
認める。
空を見上げる。
雲は流れている。
止まっていない。
雨は、
もう私を呼ばない。
でも、
どこかで、
また誰かが選ぶ夜が来る。
その時、
私は——
聞こえなくても、
分かる。
選ばれたことは、
ちゃんと、残るから。
私は、歩き出した。
足跡を避けて。
世界を、壊さないように。
世界を、救おうとしないように。
それでも、
世界が続くことを、
知りながら。




