第2話
次の日、全生徒対象の夏休み補習が終わった後、私は職員室へと向かった。
目当ては、職員室前の壁に掲示されている順位表。百ちゃんの言葉を疑うわけじゃないが、自分の目で見ない限り、どうしても信じられなかった。
補習は午前中で終わるため、ほとんどの生徒は、お昼を食べずにすぐに帰る。けれど、さすがは進学校。補習終わりと、先生がお昼休みに入るまでの間の数分を狙って質問しに来る人で、職員室前は少し混み合っていた。
人の間を縫うようにして、順位表が貼られている掲示板へと向かう。すると、その前に見慣れた人を見つけた。
ワカメみたいなくるくるの髪に、嫌らしそうな銀色フレームの眼鏡をかけた男子。質問をしに行った帰りなのか、その手には教科書が握られている。それはまさしく、私が名前を確認しに行こうとしている彼だった。
近づいてくる私に気づいたのか、彼も私の方に顔を向ける。すると途端に顔をしかめた。
それにむっとしながら、私は彼の隣に並んで順位表を眺める。嫌そうな顔をしながらも彼は、その場から動こうとはしなかった。
『三〇位 瀬野一輝』
たしかにそこには、彼の名前があった。驚いて何度も何度も見直すが、やはり名前があることに変わりはなかった。
「……へえ、すごいね、瀬野。こんなに上がってると思わなかった」
隣を向いて、少しだけ上にある顔を見上げながら言う。すると、レンズの奥の目が、微かに大きくなったように見えた。けれどそれは、見間違いかと思うぐらい、一瞬のことだった。
「あーあ、すっかり抜かれちゃったな。でも、私の成績なら仕方ないよね」
「…………」
瀬野は、しばらく黙って聞いていたが、何も言わないまま歩き出した。その背中を私は慌てて追いかける。
「ちょっと! 瀬野!」
前を行く白シャツの背中に向かって呼びかける。けれど、瀬野は一向に止まる気配を見せなかった。
何となく、そのまま引き下がるのはしゃくで、呼びかけながら後をついていく。気がつけば、校舎の端にあって普段誰も来ない、北階段にまで来ていた。
すると、前を行く彼が、不意に足を止めた。
「何?」
身体ごと私の方に向き直って、瀬野が尋ねる。一方の私は、何も言えずに黙り込んでしまった。てっきりまた無視されるものと思い込んで、何を言いたいのか全然考えていなかった。
「……瀬野、最近どうかした?」
つい、回りくどい聞き方をしてしまう。どうして無視するの? 私、何かした? なんて可愛らしくは聞けなかった。
「どうって何が?」
白々しく瀬野が聞き返す。それを聞いて、かっと頭に血が上った。
「このところのあんたの態度! 何で急にそんな風に変わったの? 私、何もしてないよね?」
言い方なんておかまいなしに、詰め寄る。瀬野は、そんな私を見たまま黙り込んでいた。
「また無視するの?」
つい、苛立った声が出てしまう。なかなか話そうとしない瀬野に、腹が立っていた。
「……変わったのは宮内じゃない?」
観念したように、瀬野が言う。眼鏡の奥の目は、床へと逸らされていた。
怒りや苛立ちよりも、疑問で頭がいっぱいになった。
「なんか、無理してる気がする」
視線を外したまま、瀬野が呟く。その一言に、胸がざわめいた。
「……無理なんかしてない」
「してる。前の宮内は、私バカですアピールなんて絶対しなかった。悪い点数、わざわざ言ったりなんて、口が裂けてもしなかった」
そこで瀬野は、一度言葉を切った。
「今のお前見てると、いらいらする」
瀬野は、それまで床に向けていた視線を、私に向けた。『いらいらする』。そう言っているのに、なぜかその顔は、怒っているというより、悲しそうに見えた。




