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鍛冶が嬶

世の中には知ってはならぬ事実というものがある。

もしも知ってしまえば、あまつさえその事実を公表しようとすれば、どうなるかは分かりきったことである。


山奥の廃工場にぼんやりと光が灯っている。

そこでは狂宴が繰り広げられていた。


光の中では厳つい男達が、ひとりの女を(なぶ)っていた。

女の顔は血や涙などの液体と屈辱に塗れている。


女の職業はカメラマンである。

たまたま目にしてしまった大スクープを記事にしようとした。

しかし、それは業界のタブーであった。


ゆえに記事は握りつぶされ、金さえ払えば何でもやる野良犬どもに拉致され、その若い命を散らそうとしている。

それだけの、よくあることだった。


そう、よくあることの筈であったのだ……




数日後、繁華街の路地裏に一人の男が追い詰められていた。

質の良いスーツが泥や汚物に塗れ、髪が振り乱れているものの、よくよく見てみれば清廉潔白で名の通った有名政治家であることが分かる。


彼を追い詰めていたのは、数日前に女を嬲っていた、あの厳つい野良犬どもである。

政治家は野良犬たちに向け叫ぶ。


「なぜだ! なぜこんなことをする!? 金は十分に払ったはずだ!!」


そう、この男こそ依頼主。

清廉潔白なのは世を忍ぶ仮の姿、本性は汚職に塗れた悪徳政治家である。


「へえ、そうなんですがね」


野良犬のリーダー格の男が前に進み出る。


「でも、俺の中のコイツが言うんですよ。『殺せ、恨みを晴らせ』って」


グギ、ゴギギ


おどろおどろしい音を立て、男の姿が変化していく。


太い腕が引き絞られて、女の腕のようになる。

しかし、その指先は鋭利な刃物のように尖り、妖しい輝きを纏っている。


ズボンとパンツがずり落ちると流線型の足が現れる。

そこに男の象徴は無く、獣のような体毛に包まれている。


シャツを引きちぎって現れたのは釣鐘状のふたつの丘。

これもまた獣のような体毛に包まれ、妖しい魅力を醸し出している。


短く切りそろえられた髪が腰ほどの長さまで伸び、男の顔面を覆い隠す。

その髪を腕で払い現れたのは、あの女の顔によく似ていた。

しかし、完全に同じではない。

あの女の顔はこんなにも整っていなかった。

あまつさえ、目に金色の光など帯びていなかったし、その口から鋭い八重歯が覗いてもいなかった。



異形の女に変化していく姿を見た政治家は腰を抜かし、その股を濡らしていた。


「そういうわけなんで、死んでください」


異形の女はずり落ちたズボンから足を引き抜きながら、背筋が凍るような冷たい声で語りかける。

政治家は、目の前に死が迫っているにも関わらず、その脚線美が放つ妖しい魅力から目が離せないでいた。


一瞬光の筋が通ったと、そう認識したとき彼の視界は闇に覆われていた。


そこで我に返る。自分には死が迫っているのだと。

そして周りに金さえ積めば何でもやるやつらがいるのを思い出し、叫ぶ。


「だれか、だれでもいい! 私を助けてくれ! そうしたら100万、いや1億、いや言い値でい――」


スパンッと刃の振り下ろされるような音で、政治家の最後の演説は中断される。

口の中から感じる強烈な痛み、あふれ出る血液、そして無くてはならないものが無くなった感覚――


彼の舌は切り落とされていた。


その耳元に艶かしい吐息がかかる。


「誰も助けませんよ。こいつらは俺のことしか聞かない。ここ数日でそう躾けましたので」




「さあ、『私』の恨み、じっくり堪能してくださいね」




鍛冶(かじ)(ばば)』は土佐の山中に現れたという妖怪である。

昔、野根に住む鍛冶屋の妻が峠越えのさなか、狼に襲われて喰い殺された。

その後、鍛冶屋の妻の霊は自身を殺した狼に乗り移り、狼の群れを率いて道行く人々を襲ったという。


敵に回すと恐ろしい存在は、こちら側にも、あちら側にも存在する。

しかし、それは決してイコールではない。


つまりはそういうことである。

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