狐者異
薄暗い部屋で一人パソコンに向かう男がいる。
でっぷりと太った男だ。
何日も風呂に入っていないのか髪に粘り気がある。
厚ぼったい眼鏡に映るのは、二次元のファンシーな格好をした美少女がタコのような怪物と戦う姿だ。
それを見る男はデュフフフと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
彼は引きこもりである。
俗に言う、デブヲタニートという生き物である。
アニメを視聴し終わり、発作的にスレに評論家めいたことを書き込み、一段落したとき、ギュルルルと腹の虫が鳴いた。
ドン!
大きく床を踏み鳴らす。
下の階にいる親への「飯をもってこい」の合図である。
数分後、コンコンとドアがノックされる。
人の気配が消え去るのを待ってからドアを開け、お盆に乗った食事を部屋に入れる。
ほう、と男は声を上げた。
ハンバーグ、彼の好物だ。
昨日、通販で買った物を勝手に開封されたので、ブチギレて暴力を振るった。
それに対しての侘び、ということだろうと彼は推察する。
なお、当然のことだが、彼が通販に使用した金は親のものである。
ハンバーグの最後のひとかけらを咀嚼しているときに、それは起きた。
ぐわん、と視界が揺れる。
胸が痛い。
呼吸がおぼつかない。
何が起きたか理解できなかった。
そんなとき、ドアの裏側から声が聞こえてきた。
憔悴した弱弱しい声だ。
そして、温かみを感じられない無機質な声だ。
「かあさんね、もう、あんたのせわ、みるの、つかれちゃった」
そして彼は悟る。
食事に毒を盛られたのだと。
毒による苦しみの中、彼は、自身の今までの行動を省みなかった。
それよりも苦しみから逃げるように、持ち前の妄想力を働かせ、夢想する。
彼がこの段階で夢想したのは自分にとって都合のいい展開である。
小説でよく読んだ、そんな展開である。
妄想の中で彼は、自身のイメージした、神様と会話していた。
自分の大好きなアニメのキャラの特徴を混ぜ合わせたような、神様だ。
妄想の中の神は言う。
「君はここで死ぬべきではなかった」
だとか
「君が不幸な目にあったのは、書類に手違いがあったせいだ」
だとか
「おわびにチート能力を持たせて転生させてあげよう!」
だとか、そんな耳障りのいい事を言う。
所詮は妄想の産物だ。現実のように都合の悪いことは言わない。
そして彼は自身の妄想を並び立てる。
「自分が不幸だったのは男だったせいだ、美少女達とキャッキャウフフしたいから女にしてくれ」
「もちろん美少女ね! 髪は銀髪ロング、目は金と赤のオッドアイ、容姿は僕の大好きな魔法少女クルミちゃんみたいな感じで」
「あとあと、凄い魔法が使えるようにして! 『永遠の鎮魂歌』みたいなヤツ」
などなどなど、残された時間を幸せで身勝手な夢の時間に費やす。
そして妄想の世界を羽ばたきながら彼は事切れた。
死んだ彼の体から禍々しい瘴気が立ち昇る。
そしてそれはひとつの黒い塊となり、飛翔する。
向かう先は、ココではないドコカ。
鬱蒼とした森の中でそれは目を覚ます。
それは、ファンシーな格好をした、銀髪ロング、オッドアイの美少女のカタチをしている。
目を覚ましたそれは、自身の姿を見、「やった!」と叫ぶ。
そして、それ――男の腐った妄念の塊――は、得意の妄想力を働かせ、まだ見ぬ美少女達との出会いに心を躍らせるのであった。
『狐者異』とは高慢、強情な無分別者がなるとされる妖怪である。
生きているうちは世の掟を守らず、人のものを平気で取り喰らい、死んだ後は迷いに執着してこの世に様々な姿を現し、俗世間の法に妨げをなすとされる。
近年、死んだ後に『狐者異』に変化する者が後を絶たないという。
まったく、こわい世の中になったものである。




