トモ[3]
あははははははは。
赤い、赤い、赤い。血が、血が、血が。
目の前から車がやってくる。危ない。僕のことを見えていないのか。
手元にあったフライパンを窓ガラスに投げつける。
ガチャン。
車は、突然の攻撃に、戸惑い、車は横転。僕は車に乗り込み、運転手を引きずり出す。
助かった、ありがとう、と安堵の笑みを浮かべている。
僕は思いっきり、顔を蹴飛ばす。ガンガンガン。
手元にあったバットで腹を叩きつける。ガシガシガシ。
嘔吐する運転手。汚いな。僕はバットを口の中に、押し付ける。グリグリ。
ぶりぶりぶり。口を抑えたら、今度は下から見たくないものが飛び出してきた。
ああ、汚いな。我慢ができなかったのか。
車の中から、包丁を取り出す。
顔を刺す、刺す、刺す。異臭が酷くなってくる。どうしようもない。
心臓を貫いた。グサグサグサ。
これで、大丈夫。良かった。二酸化炭素製造機が、役目を終了し、動かなくなったんだ。
そういえば、顔を見ていなかった。暗くて、よく見えなかった。誰だったんだろう。
財布を抜き取り、運転免許を取り出す。写っていたのは、パパ?パパ!?パパ!!
嘘だ、信じない、まやかしだ。
運転席の隣には、ママがいた。ママ?ママ!?ママ!!
青白い顔をしている。酸素が足りない。腹部から流血している。助けなくちゃ。
××のせいで、私たちは死んだのよ。
虚ろな目でギロリと威嚇している。そこに宿るは怒りの感情。
どうして、そんなことを言うの?ボクは、ママとパパのことが好きだったのに。
どうして、私の首を絞めているの?ああ。
プツリと意識が途絶える。
××なんて生まれな良かった。
そんな言葉をボクは聞きたくなかった。
僕が聞きたい言葉、だぶん――
**
とても静かだ。ふかふかのベッドの上にいるみたい。
「ここは…」
見渡すと、真っ白な空間にポツポツと家具が置いてある。味気がない部屋だと感じる。
「おーい、起きた……おぁ!目覚めたか?」
ぺちぺちと僕の頬をはたく。
「映画を観てて、いきなり倒れたときは、びびったぞ!怖いなら言ってくれればいいのに。ほら、ホラー系以外にも色々あるのに」
彼は棚を指し、次々と映画の説明をする。ホラーもいいけど、アクション映画はもっといい。この古い映画も味があって、楽しめると無邪気に説明している。
こいつはいったい誰だ?
「だれ?」
ぼそりと呟く。
「おいおい、お前の大親友のトモだぞ!何ふざけているんだ!あっ、映画だな?根に持つなよ」
肩をパンパンと叩きながら、僕に話す。
「僕は……誰?」
トモと名乗る少年は、急に心配そうに僕の顔を覗いてきた。
「えっ!?記憶喪失か?そんなにも……えっ……本当かよ」
「ここはどこ?」
「俺の部屋だよ。わりぃ、ちょっと部屋を空けるから待ってろよ」
部屋から出て行った。
記憶喪失って、なに?よく分からないよ。僕はどうしてここにいるんだろう。教えてよ、ママ。
**
僕は自分の母親(?)のおばさんに連れられて、自分の家(?)に戻ってきた。トモという少年が電話(?)をかけて、親(?)を呼んだらしい。
自分や周りのことがよく分からない。一般常識(?)は分かっているらしい。
病院(?)に行き、医者に「脳が誤作動を起こしているみたいですね。大丈夫です。一時的なものですから、すぐに治りますよ」と言われた。母親は、不安そうな表情を浮かべていた。
診察所から出ると、トモという子が僕のことを心配してくれていた。
「治るんですか?」
「ええ、ちょっとしたことで自分のことを思い出します。重度のものではありません。だから側にいて、ケアをしてあげてくださいね」
そして、家に戻った。僕は一体、誰なのだろうか?周りにいるおばさんやトモという少年は、僕とどんな関係があるのだろうか。何も思い出せずにいた。
**
僕は学校(?)という場所に向かおうとした。
「ここは何処だろう?」
知らない道にいた。当たり前かもしれない。全ての道を僕は知らないのだから。
そもそも学校という場所が、どんな建物かよく分からなかった。僕はなにをしているんだろう。目的もなく歩いていることになる。どうしようもない。
「どうしよう」
「どうかしましたか?」
僕と同じくらいの背丈の女の子が声をかけてきた。
「えーと学校という場所に行こうとしたら、どこにあるのか分からなくて……」
「なら、一緒に行きましょう」
髪の長い女の子は手を握り、歩き出した。
良かった。これで学校に行ける。学校に行き、なにをするのか分からないけど。
「どうしてこんなところにいたんですか?」
しばらくして女の子が訊ねてきた。
「迷子に……」
「あら?忘れてしまったというの?」
「はい……」
「いい子いい子」
僕の頭をなでなでしてくる。恥ずかしかったけど、心がぽっかりと温かかった。
そして、学校に着いた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
会釈をして来た道を戻っていった。
あれ、学校は?と思ったけれども、僕は遅刻していたことを思い出し、急いで教室へと向かった。
僕の教室ってどこなんだろう?靴は脱いできたけど、これでいいのかな。
「おーい」
前から声が聞こえた。トモがこちらに向かって走ってきた。
「まさか迷子になっているなんて思わなかったよ」
「そうだね」
迷子ってなんだろう。美味しいのかな。
「もう休み時間が終わるから、早く教室に行こうぜ!」
「うん」
教室に到着した頃には、4時間目となっていた。
学校へ来るとき、迷子(美味しいもの)になっていた僕だが、勉強のほうはしっかりとできた。先生(?)も事情が事情なだけに、しっかりと僕のことを伝えていてくれた。
授業が終わると、みんなが僕の机に来た。
「大丈夫か?」
「どうしたの?」
「あーちゃん、しんぱーい」
僕のことを気遣ってくれた。昔の僕は人に好かれていたみたい。下手なことをしないよう、注意しないと。
「大丈夫だよ……みんな心配しないでね?」
たどたどしくも答えた。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
「分からないことは私たちが教えてあげるから」
「うわぁ、こいつ。マジで覚えてねえのか!?」
頼もしい人達だった。
「ありがとう……」
心からの感謝の気持ちを告げた。
「へへっ」
「べ、べつに、あんたのためじゃないんだからねっ!くそ、調子が悪いな……」
「どうして、記憶喪失になっちゃったの?」
記憶が失われた理由。僕は原因を知らない。どうして僕は、僕じゃなくなったんだろう。
「俺と……遊んでいたら……急に……」
トモが心苦しそうに言った。
「悪いことは何もしてないさ。映画を観たら急に倒れちまって、こうなったんだ」
僕の周りにいた生徒の表情が固まり、冷たくなった。
「トモが原因かよ」
「最低―。変なことしないでよね」
「エロビをお子様に見せるからいけねーんだよ。コイツ、迫ったら鼻血ぶーすっからな」
罵声を食らっていた。
悲しい顔を見た僕は、「トモを責めないでよ。原因はトモにあっても、トモは僕に色々と教えてくれているから」と擁護した。
「さすがだな」
「優しいー」
「天然で女を口説く女はこれだから、いけすかない。もー」
なぜか褒められていた。
トモは周りのクラスメイトに良い印象を持たれていないみたいだ。責任を感じ、お節介を焼いてくれる人間。悪い人じゃないんだ。
トモが乾いた笑いを浮かべていた。僕は心で泣いている。気の毒だな、と思ってしまった。