トモ[1]
「ママ、動いてよ」
ボクのママは車にぶつかったら、動かなくなった。
身体が冷たい。ボクは泣いた。自然に涙が出てきた。
救急車のおじさんたちが、ママを車まで持っていく。ママの身体から出た血がたくさんボクについていた。赤い、赤い、赤い。
ボクもおじさんたちと一緒に車に乗った。
「ママ、ママ……」
何回も大きな車の中で呼んだ。おじさんたちは、心配しなくても大丈夫だよ。絶対に助かるから、と言う。
でも、嘘だよ。ママ、死んじゃ嫌だよ。
ママは結局、助からなかった。
おばあちゃんたちがみんな泣いているから分かった。
「ママ……」
声がだんだんと小さくなってくる。涙と鼻水が止まらない。
「ママは……ね、大丈夫。ママの分まで、私がちゃんと育てるから」
この後は、パパの時と同じように、黒い服を着ている、同じような人が葬式を行った。
ボクは親戚のおばあちゃん家へ行くことになった。
**
母さんが死んでから数年が過ぎた。僕は今でもあの交通事故を忘れていない。はっきりと覚えている。
内臓が飛び出していた赤い血。曲がってはいけない方向に足が曲がり、血の海が辺りに広がっている。泣き叫ぶ僕がそこにいた。
母さんの死。
忘れたくても忘れられない。事故がきっかけで、僕は赤系のものを受け入れることができなくなった。郵便ポストにすら嫌悪感を抱くようになっている。
一人になった僕は祖母の家で生活することになった。僕に優しくしてくれて、居心地が悪い。つい気を使ってしまう。
僕と血が繋がっている人は、この世にいない。誰と付き合うにしても、他人行儀になってしまい、仲良くすることできない。だって、失うことが怖い。好きな人を欲しがって、目の前で消えることに、僕は耐えることができそうにない。
けど、僕は不幸だなんて思っていない。誰かに期待しないで生きることができるようになったんだから。
そんな僕も今日から小学五年生になった。
クラス替えをしたので、仲良くなった友達と離れてしまったけど、また新しい友達ができた。
前の席のトモだ。
「何、ぼーっとしてんだよ」
「いやぁ、春だなーと思って」
「意味分かんねぇーよ。でも、俺も春は好きだよ。出会いがあって、別れがある季節だからな。こうしてお前にも出会えたわけだしなっ!」
「ハハハハ」
トモの第一印象は、お喋りで、誰にでも優しくて、どこか筋が通った部分があるところだ。まさか、「俺、トモっていうんだ。よろしく」とか言って、握手を求められるとは思わなかった。僕は「よ……よろしく」と、口ごもって返した。
新しいクラスでの出だしはなかなかだ。
このクラスでも、きっと楽しくやっていけると思う。
「だから、どこ見てんだよ?」
窓の外を眺めていると、突っかかってきた。
「まあ、そこらへん?」
「俺に聞かれても困るよ」
「ハハハハ」
「そればっかだな」
よくある日常の光景だった。
**
トモは基本的に誰とでも仲が良かったし、明るく振舞っているので、女子からも人気があった。まるで神様の様に全てを受け入れて、全てに応えてくれる感じだった。
でも、そんな人間がこの世界にいるわけがなかった。
いつも通り学校を終えて、家に帰り、友達の家に遊びに行ったときのことだ。
「トモの奴、どう思う?」
「うん、ま、いい奴だと思うよ」
怪訝そうな顔をして僕に訊ねる。
「あいつ八方美人っていうの?何か気色悪くないか?」
隣の佐藤君は、頷いていた。
「そうだな。誰にでも愛想良く付き合っているからな。実のところ、あいつにトモダチいないんじゃねぇのかって思うよ」
トモのなにが分かるんだ、と憤慨していた。それと誰からも好かれていると思っていただけに、嫌悪感を出していることが悲しく思った。トモの悪口はまだまだ続く。
「あいつキザだよな」
「髪を染めて粋がっているし。ばれてないと思ってるのは、お前の頭だけだよ」
他にも非難中傷の言葉が飛び交う。
トモは、髪の繊維が弱いのか、茶色い。トモは地毛だというし、親も担任には髪の色に大して口を出している。天然のものだと。
僕は気にしたことなかったけど、みんなは気に食わないのかな。
「お前は、トモに気にいられているみたいだけど、程ほどにしとけよ」
「そんなの、分かっているよ」
「どうだが」
トモの悪口大会は終わり、スマブラを楽しくやった。楽しくプレイできたけど、トモがあんな風に言われているのが、心に残った。家に帰ると、バラエティ番組を見て楽しく笑っていると、トモのことは頭から離れていた。