第9話 彼女の事情
ダンジョンから脱出したユキタカと女冒険者のイリスは、獣と死肉の悪臭にまみれた巣穴に出た。
ユキタカはすぐにマスクをして臭いを断つ。
イリスは冒険者だけあってその手の臭いには慣れているのか、少し顔をしかめただけだった。
「照明」
イリスは暗い洞穴を魔法で照らした。
すると、視界にすぐ凶悪な魔物である『灰色六足魔熊』が映し出される。
「きゃっ!」
思わず、イリスから悲鳴が上がった。
「あ、大丈夫ですよ! そいつはすでに死んでいるので」
ユキタカは急いで、魔物を手提げ鞄の収納機能で回収する。
「ゴトーさん、あなたは一体何者なんですか? 不思議な格好をしていますし、何より私達のチームが敵わず、逃げる事しかできなかったダンジョンの魔物を、一撃で仕留める程の実力の持ち主ですし……」
イリスは、ユキタカが上位の冒険者だと思っていたが、反応からそれも違うらしいので困惑していた。
「僕の事は、あとからでもいいですか? それより、今は、イリスさんがなぜ一人であんな所にいたのか。今の話だと、チームでダンジョンに潜っていたという事になりますよね?」
ユキタカは「この国の王様に殺されそうになった稀人です」とは、初対面の人間には言えないと思って、話を変えた。
「……はい。私達は『白金の牙』という結構名が知れた冒険者チームなんです。いえ、だったという方が話が早いでしょうか……」
イリスは言葉を濁すと沈黙する。
「もしかして、あなた以外は全滅したのですか? それなら、不躾な質問をしてすみません……」
「あ、いえ。それなら、私もまだ、納得できたんですけどね……」
「え? どういう事です?」
「私、ゴトーさんが倒した魔物の囮にされたんです……」
イリスは、消え去りそうな声だった。
つまり、仲間に裏切られたという事のようだ。
イリスはシルバー級冒険者チーム『白金の牙』のメンバーでありながら、チームで唯一のゴールド級冒険者だった。
だから優秀な仲間として重宝されていた。
しかし、お人好しの性格が祟って、仲間からは都合よく利用される事も多かったようだ。
それでも、ここまで一緒に頑張ってきたから、という理由でイリスは直向きにチームの為、努力してきた。
だが、リーダーのズックから自分の恋人となるように迫られた。
それを断ると、事態が一転したのだという。
仲間内では、イリスがリーダーのズックを誘惑したという話になっており、チームの雰囲気は最悪になった。
イリスはこれ以上、このチームにはいられないと脱退を決心した。
そのタイミングで未踏破ダンジョンを発見する。
ズックは、イリスを辞めさせようとチーム内の雰囲気を悪くしていたが、未踏破ダンジョンを発見すると手のひらを返して、君がチームに必要だと言い出した。
イリスは一度断ったが、未踏破ダンジョン攻略の為に協力してくれ! と強くお願いされた。
そこでこれが最後だと約束して潜ったのだった。
ダンジョンを深く潜っていくと、敵も強力になってきたうえに、階層の移動手段である転移装置がランダムだという事に気づき、事態は一転する。
イリス達『白金の牙』一行は、攻略どころではなくなり、脱出を優先させる事になった。
しかし、その先で例の魔物に遭遇した。
『白金の牙』は、冒険者としてはかなり強いチームだったが、それでも例の魔物には全く歯が立たない事がわかり、逃げ出した。
だが、魔物はその転移装置を利用して追ってきた。
強いうえに頭までいい魔物に、危機感を抱いたリーダーのズックが、そこで、イリスに足止めを命じたのだ。
イリスは当然断ろうとしたが、仲間全員はその意見を支持した。
イリスはチーム唯一のゴールド級冒険者だから足止めに相応しい、とだ。
お人好しのイリスでも、これには断固拒否したかったが、仲間の言う通り、唯一のゴールド級冒険者の自分が一番、チームの中では生存確率が高い事になる。
イリスは絶望に打ちひしがれながら囮となり、魔物から逃げていたところを、ユキタカに助けられたというのがここまでの経緯だった。
「なんて最低の仲間なんだ……。いや、仲間とも呼べない連中ですね……。腹が立ってきた!」
ユキタカはイリスの話に憤った。
「今思うと、最悪の場合には、私を犠牲にしようとみんなで決めていたのかもしれません。脱退寸前の私は死んでも構わなかったんだと思います……」
イリスは先程までの絶望を思い出すと、また、涙目になる。
ユキタカは弱々しく見えたイリスを無意識に抱きしめると背中を摩った。
イリスは少しビクッとしたが、ユキタカの優しさに甘えると、その胸で安堵と共に、泣きだすのだった。
「……ゴトーさんありがとうございます。気持ちが少し楽になりました」
イリスは、ユキタカの胸から離れると、涙を拭う。
「いえ、死に関わる裏切りの後です。僕でも泣きたくなりますよ」
ユキタカは心の底から同情していた。
自分も無能力者として王都からこの辺境に追放され、終いには命を奪われそうになったから気持ちがわかる気がしたのだ。
要らないと切り捨てられた者同士、仲良くなれる気もした。
そして、今度はユキタカの番である。
ユキタカは、稀人である事も含め、イリスにこれまでの経緯を話した。
「王都で勇者召喚がなされたのは、この辺境にも情報として伝わっていましたが、ゴトーさんがそうだったんですね……」
イリスは稀人と聞いてまじまじとユキタカの全身を見渡す。
「僕の場合は、その勇者召喚に巻き込まれた一般人なんですけどね? そのせいか無能力者なので、不要物扱いですよ」
ユキタカは王都での扱いを思い出して苦笑する。
「無能力者!? ──でも、ゴトーさんは強力な魔物を倒して私を助けてくれましたよね? スキル無しであんな事は不可能だと思うのですが……」
イリスはどう考えても無能力者には見えないユキタカを見つめた。
「僕もよくわかっていないんですよ。王都では高価な魔導具を使って僕は人物鑑定を何度もされました。そして、スキルが無い事は証明されています。──でもどうやら、僕の持ち物に秘密が隠されているみたいではあるんですけどね」
ユキタカは、両手に持っている手提げ鞄と傘を持ちあげて見せた。
「つまり、ゴトーさんは無能力でも、所有している物には能力がある、という事ですね?」
「だと思います。僕のレベルがあっという間に限界値に達してしまった事も、それで説明がつきますから」
「えっ!? ゴトーさんはレベルが限界値まであるんですか!?」
イリスは、これまで聞いた事がない話に、素直に驚いた。
そして、ある事に思い当たった。
それは、ユキタカが討伐した魔物の経験値が自分に入っていた事である。
ユキタカのレベルがカンストしていたからこそ、仲間ではないがそれまで戦っていた自分が全て経験値を貰う事になったのだろう。
それで自分のレベルが大幅に上昇していた事に説明がつく。
「はい。スキル無しの人間は、レベルが限界に達するのも、あっという間でしたよ」
ユキタカは自虐的に苦笑するしかない。
「ゴトーさん、ごめんなさい! あなたが倒した魔物の経験値、私に全て入ってしまいました! 実は──」
イリスは正直に経験値の事を話す。
「へー、そういう仕組みなんですね……。でも、僕に経験値は最早不要みたいですし、問題ありませんよ。なんなら、パーティーを組みませんか? それなら罪悪感なく経験値を貰えるでしょう? はははっ」
ユキタカは少し親しくなった事で、イリスに仲間になってもらう打診を行った。
「……ごめんなさい。しばらくは誰ともパーティーを組む気にはなれないです……」
お人好しだというイリスは、どうやら今回の事で人間不信になっているようだった。
「うっ……(フラれた……)」
ユキタカは何気に勇気を出した申し出を断られ、内心傷つくのだった。




