第8話 モブと女冒険者
差し出した水を泣きながら飲み干す女性冒険者のイリスと、それを黙って見守るユキタカ。
落ち着いたイリスはコップをユキタカに返す。
そして、二人はしばらく沈黙に包まれ、気まずい空気が流れた。
「あのう……。それで質問があるのですが……」
「はい……? (あっ、水のお礼を言い忘れていたわ!)」
イリスは、質問されると同時に、お礼を言い忘れていた事に気づき、顔を赤らめる。
「ここって何ですか?」
「はい?」
ユキタカのざっくりとした質問に、イリスは疑問符が頭に浮かんだ。
「あ、すみません! 説明が足りなかったですね。──僕、ここへ入るのに壁を壊したので、ここがどういうところかわからないんですよ。あははっ……」
ユキタカはイリスの反応で、自分の言葉足らずに気づいて補足した。
「ああ……、そういう事ですか……。 って、えっ!? 壁を壊して侵入!? ここ、未踏破の転移ダンジョンですよ!? 壁を破壊できるはずは……」
「え!? ここもダンジョンなんですか!? 王都のダンジョンとは全く雰囲気が違うので、わからなかったです」
ユキタカは王都ダンジョンを経験していたが、種類が違う為、気づけなかった。
「ああ、王都の方でしたか。ダンジョンは色々なものがあるうえ、王都のものはクリアされたダンジョンなので、この未踏破ダンジョンとは雰囲気が全く違います」
イリスはユキタカが名のある冒険者だと思っていたが、何も知らないようなので冷静になると説明した。
「そうなんですね……。転移ダンジョンというのは、ちなみになんですか?」
「このダンジョンには至る所に魔法陣があり、それを踏むとランダムにどこか別の場所に飛ばされる仕組みになっているものなので転移ダンジョンと名付けました。基本、ダンジョンは壁の破壊が困難なんですが、転移ダンジョンはそれに輪をかけて壁が堅く、上位冒険者でも破壊するのはほぼ不可能だろうと言われています。──って、さっき壁を破壊したっていいましたよね……?」
イリスは壁の話でユキタカが漏らした言葉を思い出した。
「ええ。あそこです」
ユキタカが指さす先には、壁の一部が文字通り壊れた場所がある。
「本当に!? ──あっ! ちなみに、あそこはどこに繋がっていますか!?」
イリスは生存できる可能性に気づいた。
先程までは、今どこにいるかわからない状態で、死を覚悟していたから当然の反応だろう。
「あそこから続くのは、崖の底ですよ? 僕としてはこの明るいダンジョンの方が、よほど安心しますけど……」
ユキタカは先程までの暗い場所とこの明るい場所の差に苦笑した。
「崖の底? それって底が無いと言われている『奈落の谷』の事ですか!?」
「『奈落』なのかは知りませんが、恐ろしく深いのは確かですね。地上の光もあまり届かないくらいなので」
「でも、外に出られるのですよね? ならば、外に出ましょう!」
イリスは希望に溢れた目で立ち上がる。
余程、ダンジョンが嫌なようだ。
「いいですが、これはどうします?」
指さした先には、仕留めた魔物が転がっている。
ユキタカとしては、食糧になりそうだと考えたのだ。
「私は魔法収納が無いので、この大きさは……。──え? 今の戦闘経験でレベルが上がって、覚えている!?」
イリスは自分のスキルを確認して驚愕した。
普通は、魔物を仕留めた者が経験値をもらうからだ。
パーティーを組んでいたら、経験値の分配がなされるが、ユキタカはパーティーメンバーではないから、その可能性はほとんど無い。
「それは良かったですね。じゃあ、この魔物を回収してもらえますか? きっと、お金になると思いますし、取り分は半々でお願いします」
ユキタカは運ぶ術が、ビジネスリュックと手提げ鞄だけだったので、交渉する。
「……まさかレベルがこんなに上がるなんて……。私が倒していないのに、この上がり方は……、それだけ強力な魔物だったって事だわ……。──えっ? 何か言いました?」
イリスは驚きのあまり呆然としていてユキタカの言葉が耳に入ってこなかった。
「取り分が半々は、さすがに駄目ですか……。そうですよね、回収をお願いしておいて、図々しいですよね……。すみません、じゃあ、三対七で……」
ユキタカは意図的に無視されたと解釈して交換条件を下げた。
「いえ、倒したのはあなた、……ゴトーさんでしたっけ? そちらに権利がありますし、私は命を救って頂いたので、回収費用はいりませんよ」
イリスは人の良さそうなユキタカに、少し好感を持った。
「いえ、僕は最後の美味しいところを掻っ攫っていった形ですから、ここは半々でお願いします!」
ユキタカは人に会えただけでも嬉しかったし、相手がいい人っぽいので、仲良くなっておきたかった。
それだけに、恩を売るのではなく対等な付き合いをしてほしかったので、五分五分を願い出た。
「……わかりました。それでは回収しますね」
イリスはまず、散らばっていた自分の壊れたリュックから飛び出した荷物を回収する。
そして、次に、魔物を回収しようとした。
しかし、魔物は回収できない。
「……ゴトーさん。私の覚えたての魔法収納では、魔物全体を回収できないようです。──こんな時に、魔法収納付きの魔導具があれば、便利なんですけど……」
イリスは恩人の役に立てない事に自嘲気味な様子を見せた。
「魔法収納付き魔導具ですか? ──そう言えば、王都で使用している護衛の人がいたな……。収納鞄でしたっけ? 確か、入れるものに対して『収納』と──」
ユキタカが手提げ鞄を手にした状態で告げる。
すると、大きな魔物の死骸が、突如消えた。
いや、ユキタカの手にした鞄に収納されたのだ。
「「えっ?」」
イリスはおろか、ユキタカも不意の事に声を上げる。
「ゴトーさん、持っているじゃないですか、収納鞄!」
「いや、まさか、こんな事ができるとは僕も思っていなかったです!」
ユキタカはイリスの指摘に、自分が一番驚いている。
「……ともかく、ゴトーさんが壊してくれた壁の穴から脱出しましょう。詳しい話はその後で」
イリスは謎多き命の恩人の手を握ると、壁の穴を潜って外に脱出するのだった。




