第14話 それぞれの時間
ユキタカとイリスは、宿屋を取ると久し振りのベッドでゆっくりと休む事にした。
ユキタカの方は、チート級スーツ一式のお陰で、野外でも快眠と清潔な状態を保っていたが、イリスの方はそうはいかない。
ダンジョンの探索に始まり、仲間に裏切られて必死に凶悪な魔物から逃げ惑った。
そして、ユキタカに助けられてからも、数日間、緊張感を持って行動を共にしていた事もあり、疲労は確実に溜まっていたのだ。
だから、宿屋につくと奮発して別料金を支払い、大きな桶とお湯を用意してもらうと、自室で湯船に浸かる事にした。
「あっ……。もしかしたら、ゴトーさんに頼めば、お湯は出してもらえたかもしれない……」
イリスはそう思いながら、汚れた装備品を外していく。
「洗濯もしないといけないわ。ゴトーさんはその必要もないのが羨ましいなぁ……」
独り言をいいながら、イリスは一糸も纏わぬ姿になると湯船に浸かり、ダンジョンに潜って以来のお風呂を楽しむのだった。
隣の部屋のユキタカはと言うと……。
一人悩んでいた。
イリスと今後、旅ができるかわからないからだ。
ユキタカとしては、こちらの世界での友人らしい相手は初めてだった。
当然ながら、知り合いはイリスと勇者一行の高校生グループくらいしかいない。
その高校生グループは、今頃王宮で贅沢三昧だろう。
勇者召喚に巻き込まれた自分の事など、気にも留めていないだろう事は、容易に想像がつく。
あちらはスキルと環境に恵まれ、こちらは無能力ながら、アイテムにだけは恵まれた。
だが、環境がとても良いわけではない。
イリス以外には、人も恵まれているとは言えないから、これからの人間関係も重要になる。
まあ、サラリーマンだったから、人間関係の構築は下手ではないが得意でもない。
イリスのような人の好い相手なら簡単に仲良くなれるが、誰が良い人なのか判断が難しいのは、こちらの世界も同じだ。
それだけに、イリスとの人間関係は大切にしたいのが本音だった。
元々、ユキタカは社会人四年目だったが、会社がブラック体質だった事から、同期は早々に辞めてしまい、友人と呼べる者はいなかった。
田舎から都会に出てきて就職した事もあり、知り合いも職場の人間くらいである。
かといって学生時代は、趣味のアニメや漫画に熱中していた為、進んで友人を作っていたわけでもない。
ネット上で作った人間関係はあったが、顔も知らない相手を友人と呼んでいいのかわからないところだ。
逆に毎日のように顔を合わせているコンビニノーソンの店員でさえ、ほとんど言葉を交わさない、知り合い以下の関係である。
そういった意味では、イリスは顔も人間性も知っているし、何より一緒に過ごした時間があった。
イリスは、頼りになるし、何より一緒に居て落ち着く相手は、初めてだった。
「イリスさんは、隣国トールデイン王国側の冒険者だから、こっちは異国になるんだよなぁ。そう考えるとあっちに帰る、というのが自然のはず……。僕はそのトールデイン王国に命を狙われた立場だから、気軽に出入りはできない。だから、問題を避けて生活するには、活動拠点はこのカールセン王国側にしたい。──うーん……、どうしたものか……」
ユキタカは折角、大切な友人になりつつあるイリスと、別れる選択肢に悩むのだった。
その頃、トールデイン王国では、勇者一行である高校生グループが、ダンジョンの奥で、ユキタカの話題を久し振りにしていた。
「あのおっさん、今頃、田舎で呑気に生活してるんだろうな。俺達なんて毎日、このダンジョンでレベル上げばかりしているのにさ」
聖騎士スキルを得たスポーツマン系高校生である獅子堂レオが、毎日変わらない生活に愚痴を漏らす。
「そう言えば、ここからはかなり遠いけど、無能力者でも安全な場所だ、ってうちの担当責任者が言っていたわ」
聖女スキルを持つ現役高校生モデルだった美貌の持ち主、鬼道院聖が久し振りにユキタカを思い出した。
「ゴトーさんか……。僕達の勇者召喚に巻き込まれたのは不運だったけど、嘘をでっち上げたのは良くなかったかな。あれじゃあ、辺境送りにされても同情はできないかも」
勇者スキル持ちで、生徒会長も務めていた文武両道の優等生、鷹宮野シオンが担当責任者から聞いていた事実を口にした。
「ただの辺境送りなら、私も仕方ないと思いますが、ゴトーさんの場合、もう、この世にはいないと思います」
賢者スキル持ちで、大企業の社長令嬢だった頭脳派の四宝寺瑠奈が、自分が得ていたとんでもない情報を淡々と口にした。
「「「え?」」」
三人はこのクールな四宝寺瑠奈の言葉に驚愕する。
「おい、まさか……」
「それって……」
「なんとなく、察してはいたけど……」
獅子堂レオ、鬼道院聖、鷹宮野シオンの三人は三者三様の反応を見せた。
「はい。私の担当責任者を追及して聞き出しました。ゴトーさんは無能力者である事から今後、この世界で生きるのは難しいからという判断のようです」
敢えて殺したとは言わず、事実だけを四宝寺瑠奈が伝えた。
「「「……」」」
一同はさすがに言葉に詰まる。
「ま、まぁ、仕方ないさ。巻き込まれた時点で運が無かったんだろうな。それに、あのおっさん、嘘ついたりしたからこっちの人の印象が悪かったよ」
獅子堂レオが自分達に責任はないとばかりに言い訳をした。
「……私は責任を感じるわ。とっさに近くにいたゴトーさんの手を掴んで巻き込んだのは私だから……」
鬼道院聖は、顔を青ざめさせて後悔を口にする。
「聖……、仕方ないよ。あの時はみんな強制召喚に動揺していたからさ。そもそも、ゴトーさんも僕達と距離が近いところを歩いていたのもどうかと思う」
鷹宮野シオンが、聖を励ます為に、理由を捻り出した。
これを聞いたら、さすがにユキタカも怒りそうだが、当人はそれを知りようがない。
「切り替えましょう。この国の発展の為の犠牲になったんだと。この世界ではそのくらい命の価値が軽いですから。私達もそれを心得ておかないといつ死んでもおかしくないですよ」
クールな四宝寺瑠奈は、淡々と事実を全員に伝えた。
「──だな。同情はするが、召喚された以上、そのあとは自己責任だったって事で」
獅子堂レオは、考えるのを止めたとばかりに、結論を出す。
「うん。僕らも人の事ばかり心配はしていられない。この国は、隣国からの脅威にさらされているというのは、ずっと聞かされているからね。それに魔王が復活して、すでに北の国々では戦争が起きているそうだから、僕達の役目は大きいよ」
勇者・鷹宮野シオンもユキタカの事は忘れようとばかりに自分達の立場を確認する。
「でも……」
鬼道院聖だけは、直接巻き込んでしまった当人だけに、すぐに切り替えるのは難しかった。
「聖さん、私達は死んだ人の事を気にしている状況ではないです。前を向きましょう」
「……うん」
四宝寺瑠奈は、友人として鬼道院聖を励まし、ユキタカの話は終わるのだった。
「ハクション! ──……誰か僕の噂をしているのかな? そうなるとこの場合、元いた世界の誰かなのか、こっちの世界の誰かなのか……。元いた世界の噂でクシャミをするというラノベは多分なかったよな……。そうなると、こっちの世界か? イリスさん以外だと高校生グループくらいしかいないけど……。いや、あの陽キャ集団が僕の噂をするわけがないか」
王都にいた時、自分をほとんど相手にしていなかったのを思い出し、可能性を否定するのだった。




