猫
それは、突然に。当然で。必然だった。
視界が、白に染まり思わず目を閉じたが白はずっと白のまま。
白の視界はいつ終わるのかと不安が募るが、しばらくそのままでいると徐々に白から黒に変わっていく。明るさを感じる黒だけになってようやく目を開けた。
ああ、やっと君に会えた。僕たちの猫。白い毛並みの背中にくっついたような同じ形の五つの黒丸。子猫特有の少しくもった青い空の色。成長すると薄い黄色のまんまるな月の色。五つの黒丸が僕たちの友情の印だと誰かが言った。僕はそれが嬉しくて笑った。四人と一匹の友情の印。成長して少し離れた同じ形の五つの黒丸。離れていても友情は続いていると僕は思った。友情の印から水玉と名づけたのは誰だっけ。僕たちの猫。僕の家ではどうしても飼えなくて泣きたくなった。僕の家はお父さんの仕事のせいでたくさん引っ越しをするから小動物は飼えないと今より小さかった僕がハムスターを飼って欲しいとねだった時に叱られた。だから僕は猫を飼えなかった。友達が飼えることになってみんなが喜んでいたけど僕は悲しかった。僕たちの猫。水玉と名づけられた猫とみんなで遊んだ。いつもはみんなタマと呼んでいた。勉強もきちんとやってから遊ぶようになると大人は猫のおかげと喜んでいた。しつけもあれができるようになった。これはまだできない。友達の報告を聞くたびに僕は泣きたくなった。僕たちの猫。タマと過ごせた時間は少なかった。僕が引っ越したからだ。だけどスマホで連絡はとれるし友達もタマの画像や動画をネットにあげていた。僕はそれを見るたびに泣きたくなった。可愛い寝顔や不機嫌な顔だったのに驚いて丸い目になる顔。僕は癒されながら傷ついた。いつだって僕の願いは叶わない。僕たちの猫。働ける年齢になると僕は成績を落とさないことを条件にバイトをした。合格した高校に卒業するまで行きたかった僕は父方の祖父に頼み込んで住まわせてもらっていた。正直祖父の家を当てにして祖父の家付近で僕でもいける高校を選んでいた。祖父の家は友達の家と距離があったけど僕はタマとみんなに近づいた気分になっていた。バイト代はタマを飼っている友達の家にタマの好きなものを買って月に一度だけ贈っていた。猫貯金もしていた。お金がかかる病気になった時に少しでも足しになればいいと思っていた。タマは元気でそのままでいて欲しいと願う。僕たちの猫。今もみんなやタマと友達でいることはとても嬉しいはずなのにやっぱり悲しくなる時がある。僕はタマの側にいられない。僕はみんなといられない。時々無性にあの場所に引っ越さなければよかったのにと父親を憎む気持ちが生まれた。知らなければ僕は今も親に連れられて引っ越すだけの子供だった。友達と呼べるみんなはいなくなる。猫も見つけず友達の家で飼われることもない。ただの同級生と学校で話す程度の仲。動物は僕の人生に関係ない。そんな生活を平然と続けていたはず。だけどもしもはないって僕は知っている。だってもしもがあるのなら僕は迷わずタマを選ぶよ。僕の側にタマがいないから僕はもしもを信じない。僕たちの猫。大人になって一人で暮らすことになった。部屋の周りは賑やかなのに僕の周りは静かだった。少しずつ好きな物が買えるようになった時にタマがいなくなった。昨日は年寄りになったタマがそれでも元気に遊んでいる動画を見て友達に感想を送ったのに今日になって眠る姿でタマはいなくなった。僕はタマに会いに行けなかった。その時は僕も仕事が忙しくなっていた。だけど年々変わるタマの好きなものを月に一度だけ友達の家に贈ることと猫貯金は続けていた。タマの最期を見送ることはできなかったが時間を作って友達の家に行った。友達の家は代々続くお店でタマが看板猫になっていた時もある。年寄りになったタマは友達の部屋で大人しく寝ていることが増えていたらしい。猫貯金は持ってきていた。水玉の供養に充ててほしいと友達に渡した。小銭が多すぎて重いと笑いながら友達は受け取ってくれた。心底ありがたかった。僕たちの猫。友達の家に一匹欠けた僕たちは集まった。久しぶりに会ったのに懐かしさよりも親しみを感じた。僕たちはタマの話題を中心に話をした。楽しかった。笑いながら泣いて。泣いて。泣いて。何とか生きていけるようになれたと思う。僕は仕事をした。時々タマの画像や動画を見返した。動画サイトのおすすめも眺めた。仕事をして。仕事をして。仕事をして。仕事をして。仕事をして。ずっと同じことを繰り返して生きて。僕たちの猫。僕が最初に背中のところに水玉模様があると言った。誰かが五つの黒丸を僕たちに見立てた。誰かがなら友情の印だから名前は水玉だと名前をつけた。そんな懐かしい夢を見た日。一年ぶりに一匹欠けたみんなに会いに行こうとして。僕は
猫がいる。
俺の両手のひらの上に、猫がちょこんとだらしなく座っている。これが前世の俺が望んだ猫だ。本当に、生まれてこないと分からないものだな。
猫は子猫と呼ぶ大きさで、白い体の背中には黒丸が五つ。小さな目は少しくもった青い空の色。小さすぎて握りつぶしそうになる猫。短い毛が両手のひらをくすぐる柔らかく温かい猫。
前世の俺が見ていた猫は動く絵画のようだったが、この猫は俺の両手のひらの上で俺を見ている。絵画ではなくここにいる。
前世の俺はこの猫になんと名前を付けていたのだろう。きっと単純な名前を付けていた。どんな風に育てたのだろう。一人で暮らしていた時は几帳面だった。きっとしつけにもうるさかったのだろう。俺は厳しくしつけることができるのだろうか。
成長するとこの少しくもった青い空の色が変わるなんて、猫は不思議な生物だな。一体どんな色になるのだろう。前世の俺の記憶を、全部知っている訳じゃないので分からない。
そうだ、妻のように豊かで濃ゆい大地の色がいいな。子供達のような日の光に照らされた若葉の色もお前に似合うだろう。サムディのように清楚さを感じる黒真珠の色もいい。流石に無いだろうが、俺のはやめておけ。
前世の俺は、この猫を望んだ。俺はこの猫を立派に育てると、聖女とドラゴンに誓った。妻とサムディに手伝ってもらいながら育てよう。猫が生まれたから教皇もじきにこちらに来るだろう。
そして俺は、大きくなった猫と一緒にあれをやろう。
高級な椅子に座り膝に猫を乗せてお酒の入ったグラスをグルグルするのだ。
猫よ。お前は俺の願いを一緒に叶えてくれるか。




