ダ・カーポは終わらない
アルフォンソは、帝国式の正装をしたニコライを謁見室の前で待ち構えていた。
彼を護衛するように、命じられていたからだ。
帝国式の服など、この国で終ぞ身に着けたことのなかった、ニコライのその姿を見て、アルフォンソは、この男の決意を知った。
そして、それが、自分には受け入れがたいものであることも。
「怖いな。殺されそうだ、俺。」
「……殺しは致しません。考えは、改めていただきたいですが。」
「改めないよ。もう、両陛下に意思も伝えた。」
「あなたは、次期女王と婚約した。その責務は果たすべきです。」
随分、普通の説得だな。王妃の方が、狂ったような説得だったよ。ニコライは、おかしそうに笑った。その所作の一つ一つに殺意が芽生えた。
リコリスは、この男に女王の座を譲った。だが、同時に、彼女がほっとしていたのを知っている。ずっと、孤独に耐えてきたリコリスが、女王の孤独を恐れていたのが分かった。
そこにもう一度、座れなどと、リコリスに言えない。
「周辺国は知らないし、この国でのお披露目もまだだ。何のために、俺が、渋っていたと思う?」
「これも、計算済みということですか。」
本当に、あの時殺しておけばよかった。アルフォンソの唇からこぼれた言葉に、ニコライは笑う。
「あの人を、女王に据えて、自分は愛する人を手に入れて、万々歳。最低だ。あんたは。」
「君に責められるいわれはないよ。」
「あんた、知ってただろ。あの人が、どれだけ女王の孤独に耐えていたか!」
人気のなくなった廊下で、胸倉をつかんだ。切り捨てられるのは覚悟の上だった。切り捨ててしまおうかとすら思っていた。
「孤独にさせたのは、誰だ!」
ニコライの返す言葉は、刃のように突き刺さる。孤独にしたのは、両陛下だ。ローズベルで、アルフォンソで、そしてこの国の人間のすべてだ。
「お前は知っていただろう。あの人がどれだけの努力のもと、あの席に座っていたのか。そのくせに、俺を煽り、ローズベルをたきつけ、そうしてお前は転がり落ちるのを待っていた!」
この男は、知っていたのだ。アルフォンソは、手に入らない女王を望み、手に入れるために汚いことをした。その汚さを知ったうえで、ニコライは利用したのだ。
「この国に必要なあの方を、貶めようとした。そんなお前には彼女は手に入りっこない。俺が帝国に戻らずとも、結果は同じだ。お前に、あの方は手に入らない!」
ニコライは、アルフォンソの緩んだ手を振り払った。ニコライは武道を嗜まない。きっと、決闘を申し込めば、アルフォンソが圧勝する。それなのに、ニコライの口から吐き出された言葉は、こぶしよりもずっと重くて、痛かった。
「あの方は、もう、振り向いておられない。ずっと先を、見据えている。お前の手など、最初から必要としてなかった。」
縋ったのはお前だ。
ニコライの言葉が頭の中で、こだましていた。
リコリスを手に入れられた。そう思ったのに、その手から、すり抜けていった。その幸せを、きっと自分はいつまでも追い求めることになる。
アルフォンソは、誰もいなくなった廊下で、壁にこぶしを当てた。その手が血にまみれてもやめようとは思わなかった。




