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翻弄するパルティータ



「姫、よくお似合いです。」


ザーレでの最後の公務を終えたリコリスは、自分が空っぽになったような虚無感を覚えていた。

毎日、何をして過ごすべきなのか、分からなくて、時折、自分が何者なのか忘れてしまいそうになる。

いや、自分が何者か、分からなくなっていた。

今までは、民のための王女であればよかった。でも、今は、民のための王女であることは、ニコライとローズベルの道を邪魔することになる。

女王の座に就く王女は、孤独であればよかった。リコリスは、自らを孤独にすることで、周囲から与えられる孤独に耐えることができた。

でも、今は、自らに孤独を強いることができない。


「姫?」

「……お褒めいただき、ありがとうございます。」


アルフォンソに褒められたドレスは、侍女が選んだものだ。装飾品に疎いリコリスのために、何人かの侍女たちが相談して決めていた。

賑やかな彼女たちに、リコリスが参加することはない。

あまり華やか過ぎないドレスを選んだのは、これが、公務の一環ではなく、お忍びの観劇だったからだ。

アルフォンソからの誘いで、今夜は、流行りのオペラを鑑賞しに行く予定だった。

アルフォンソは、緑のカフスボタンを留めている。自分の瞳の色に似ているなと、思ってから首を振って否定した。


「行きましょう。」

「ええ。」


リコリスの手をそっととったアルフォンソの柔らかな動作には、いつも少しだけ困惑する。リコリスを大切にしようとするその手を、素直に握ることができない自分が、哀れにさえ思えた。

王宮からほど近いオペラハウスまで、ザーレに行くために使ったものと同じ、公爵家の馬車に乗った。

リコリスが与えられている馬車よりも格段に座り心地は良い。


「姫、お疲れですか?」

「いいえ、どうして?」

「今日は、少し、ぼうっとなさっているから。」

「……ごめんなさい。」

「いいえ、いいのです。ただ、お疲れなのかと。」

「いいえ。私は、なんとも。アルフォンソ殿の方が、ずっとお疲れなのに、申し訳ないことをしました。」


オペラハウスのボックス席は、他の人間の目につくことはない。アルフォンソは、リコリスを完璧にエスコートしてから、そう口にした。

呆けている自覚のなかったリコリスは、アルフォンソの指摘に俯く。


「……アルと、呼んではいただけませんか?」

「っえ、」

「結婚してからは、姫に、いえ、リコリスにそう呼んでいただきたい。」


次第に暗くなっていく劇場の視線は、いまだ幕のさがった舞台に向けられている。

リコリスは、小さく息を吐き出して、扇を開こうとした。名前を呼ばれただけなのに、動揺している自分を悟られたくない。

それなのに、扇を持つ手は、上からアルフォンソに握られてしまう。

暗い会場でもきっと、リコリスが頬を染めていることに気づかれる。


「手を、お放しになって、アルフォンソ殿。」

「リコリス。アルと、」

「……お願い、離して、」


リコリスは、唇だけでそっと、その名前をかたどった。声を聞き取ることはきっと叶わなかっただろう小さな声は、会場の拍手にかき消される。

リコリスはそっと、目を閉じた。それと同時に、アルフォンソの唇がそっと、リコリスの言葉ごと、飲み込んでしまった。

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