焼かれた薔薇
リコリスは人の夢が儚いことを知っていた。だが、思い出が、儚いことは知らなかった。
海を渡る鳥が、南に飛んでいくのを見ることしかできないように、リコリスは婚約者からの誘いがなくなったことを受け入れることしかできない。
それが、悲しいことなのか、リコリスにはわからなくなっていた。
公務から戻ってアルフォンソに会ったのはお忍びで行った観劇が最後だ。
リコリスは会うこともできなくなったアルフォンソとの思い出とも言えないそれをなぞることで、次第にそれすらも風化していることに気づいていた。
こうして、忘れていったら、妹がアルフォンソのもとに転がり落ちてきたときに、リコリスは受け入れることができるのだろうか。
妹の恋が終わったとき、アルフォンソの愛に気づいたら、リコリスはまた転がり落ちるだけだ。
妹の恋が終わったとき、それはリコリスの恋が終わるとき。
「リコリス様、王妃殿下からお手紙が届いております。」
「そう、」
母親から手紙が来ることが不吉でならない気がした。婚約者から来ない手紙、母からくる手紙。
優しく儚い顔の母を思い浮かべると、その唇はいつもローズべルの名前を紡いでいた。自分とよく似た人なのに、とても、自分の家族と思えない、遠い人。
リコリスの名前は、時折、あの美しい唇から落っこちてくるけど、ころころと転がったそれは、誰にも拾い上げられたことはない。
このところ、リコリスにつく頻度が上がった気がするレティシアから、その手紙を受け取る。ローズベルの専属侍女だった彼女が、どうして、リコリスにつくのか、それを問いかけることはしなかった。
母が好んで使うバラの印が垂らされた赤い蝋燭に押し付けられている。焼かれたバラのかわいそうなこと。
リコリスは封を開けて、あまり見慣れない母親の文字をたどり始めた。




