第001話 旅立ち前夜
飲みすぎて少し痛む頭を手で支えつつ、生まれ育ったナナイの村を、村の皆をボーっと眺めていた。
「おーい、アスース! 父さんが探してるよ。」
呼ばれて振り返ると、エルウッドが片手を振りつつこちらに向かって来ていた。
「おぉ~・・、エルか。後で行く~・・・」
飲みすぎ、というか飲まされすぎて気持ち悪い。
今日は俺とエルウッドの壮行会。
村の広場は、皆が用意してくれた料理と酒が並べられ、先程まで村人総出の酒盛りが行われていた。
今はもう一段落し、後片付けが始まっている。
明日、俺とエルはこの生まれ育ったナナイ村を出ていく。
日も暮れ、篝火に照らされる広場は、温かいような寂しいような、何とも言えない雰囲気だ。
まあそれは自分の感傷のせいかもなんて考えていたら、エルが心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫かいアスース。明日は二日酔いになってるんじゃい?」
「う~ん、なってるかもしんない・・・」
「だから飲みすぎないでって言ったのに。」
「だって皆が飲ませるんだもの・・・」
そう、俺は一応断った。
でもさ、皆にしばらくお別れなんだからそんなこと言うななんて言われたら断れないよね~。
「まぁ、しばらく会えなくなるんだし仕方ないか。それよりも父さんの所へ行こう。」
エルウッドが苦笑いをしつつ、手を差し伸べてくる。
「いやだから後で行くって・・・ 今気持ち悪い。」
「ダメだよ。お客さん来てるみたいだし。」
「え、こんな時間に? 誰?」
ナナイ村は自分で言うのも悲しいが、超田舎だ。
客なんて滅多に来ないし、こんな時間に来る客なんて心当たりがない。
「顔は見たけど知らない人。でも僕とアスースに関係があるみたい。」
「仕方ないな・・・」
重い体を起こしエルの家に向かう。
エルの父、ラシェードはこの村の長だ。
ラシェードだけならまだしも、お客さんも来ているのならあまり待たせるわけにもいかない。
しかし・・・
体を動かすと酔いが回ってよけい気持ち悪くなる。
すぅー はぁー すぅー はぁー
深呼吸をしつつ、エル宅へ向かう。
だがやっぱり辛い。
「なぁエル。ちょっと休憩しよ?」
「はあ!? もうすぐじゃないか!」
そりゃそうだ。こんな小さな村だもの。端から端まで歩いてもたかが知れてる。
「ちょっと、ホントに大丈夫かい? 明日が心配だよ。」
エルが呆れながら俺の背中を擦ってくれるのだが・・・
エル、だめ、それ、だめ。
その優しさが逆に辛い。
主に肉体的に。
「おろろろろろろろろろろ」
「うわぁぁぁああ! きったな! アスース吐かないでよ!!」
「だっ・・しょうが・・な・・ おろろろろ」
「ちょっ、うわ! 足にかかった!! 最悪!」
結果、エルの家に着くまで3度吐いた。
食べ過ぎと飲みすぎで、まだ胃が気持ち悪い。
エルが先に家の中に入っていく。
「父さん、アスースを連れてきたよ。」
「おぉ、エル、遅かったな。」
「うん、アスースがかなり飲まされたみたいで・・・」
「やっぱりか・・・ すみませんなソフィさん。」
「いえいえ、お気になさらず・・・」
お客さんの名前はソフィか。
気になって顔を上げると、家の中には薄いブラウンの髪を後ろで括った20歳前後の女が居た。
髪と同じ色の瞳は知的さを感じるが、同時にちょっとクールで冷たそうな印象も受ける。
だが、まあ、綺麗だな・・・
こんな人が俺やエルにどう関係があるんだ?
お見合い? いやそれはないか。
なんせ明日には俺もエルも村を出ていく。
何か依頼か?
いやしかし、ソフィなんて人物は周辺の村にも居なかったはずだ。
となると遠方からのお客さんか・・・
しかし、ここナナイ村は有名な特産品も無く、わざわざこんな所まで依頼に来る理由がわからない。
もし来る理由があったとしても、この時期にラシェードが俺たちを紹介するわけないだろう。
少し考え込んでしまった為、傍目には体調が悪くて動けない様に見えたのだろう。
「おいアスース、お客人の前だ。もう少しシャキっとせんか。エルもアスースにはあまり飲ませるなと言ったじゃろ。」
「まぁまぁ、僕もアスースに言ったけどさ。こんな日だもん。皆に飲まされても仕方ないよ。」
「そうだぜおっちゃん。俺も最初は控えめに飲んでたんだ。これは仕方のないことだったんだ・・」
「やかましいわっ! アスースはいつもじゃろうが! 全く酒の飲める日はいつも二日酔いになるまで飲みおってからに・・・」
「あの・・・」
俺と村長親子の会話に割り込むソフィ。
そういや居たんだった。
気が弱いというわけではないが、初対面なので控えめに声を掛けたという感じだろうか。
「回復魔法をお掛けしましょうか?」
ソフィの申し出にラシェードが反応する。
「おぉ、頼めますか? お待たせした上に重ね重ねすみませんな。」
「いえいえ、お気になさらず・・・」
そう答えつつ、ソフィが俺の元に歩いてくる。
一応お礼言っとかないとな。
「いや、ほんと申し訳なっ・・!?」
飲み過ぎで迷惑をかけるその恥ずかしさから、照れ隠しに頭を掻こうとしたところで不意にソフィの体が低く沈み込んで来る。
全く予想していなかったその行動に俺の体は反応できず、だがソフィの動きだけが何故だかスローモーションに見える。一気に毛穴が開いたのを感じた。
何だ!? 襲撃か!!?
いや、誰かに襲われる心当たりが無い!
何か知らないうちに恨みを買っていたとしても、女一人で、しかもこのタイミングで襲う理由が分からない。もっと他にやりようがあるだろう。
盗賊の類か?
いやいや、この村はそんなに裕福ではない。
それに狙うなら金目当てなら村長のラシェードや息子のエルを狙った方がまだ金になる。
酔っているせいなのか、今この瞬間も無駄な思考がぐるぐると頭を巡る。
伸ばされたソフィの両腕には、何も獲物が握られていない。男と比べて非力な女が徒手空拳!?
先に伸びてきている右手はフェイント? 後から迫る左手が本命か!?
拳が作られていないのを見ると、投げ技か絞め技だろうか。いや、突きの可能性も捨てきれない。
何にせよ俺の体は反応しない、出来ない。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ!
こんなことなら飲みすぎるんじゃ無かった。
動くこともできず、目を逸らすことも出来ず、スローな世界の中でソフィの手を凝視する。
掌底か!!
確かに掌底なた非力でもそれなりの威力を期待できるだろう。
「キャーっ!」
場違いな掛け声と共にソフィの掌底がキレイに決まり、俺の体は吹っ飛んでない。
あれ? 吹っ飛んで・・・ ない。
「も、申し訳ございません! 躓いてしまいました!!」
身長差もあり、胸元で俺の見上げて必死に謝るソフィア。
あぁ、なんだこの人転んだのか・・・
焦って損した。ってか、人間って死ぬ瞬間じゃなくても物事がスローモーションで見えるのね。
メ
チャクチャ焦って動悸が激しいが、命を狙われてるわけじゃないと分かって安心した。
でもね、お腹に掌底はね・・・
だめ、それ、ダメ。 絶対。
「おろろろろろろろろろろ!」
「っ!!? きゃぁぁあぁぁぁぁあぁ!!!!」
まだ腹の中に残っていた物が、一気に逆流した。
・・・ソフィの顔めがけて。
そしてこの日の記憶はここで途切れる。




