消えた男
とある村に、とある女の人がいました。
少し気が強くて意地っ張りな、ごくごく普通の女の人です。
彼女には、ある知り合いがいました。
感受性が強くて、内気ですが真面目な男の人です。
人に迷惑をかけるのが大嫌いで、どんなことでも1人で抱え込むような性格でした。
女の人は彼を「男なんだからうじうじしないの!」とよく叱っていました。
でも本当は、男の人をいつもいつも心配しています。
そして、色々なことを深く考えられ、丁寧にゆっくり喋ってくれる彼を尊敬していました。
ある日、男の人が酷く悩んでいるようなのを、彼女は見つけました。
声をかけると、男の人はなぜか、怯えたように彼女と話します。
「ねぇ、何を悩んでいるの? 私に、話してくれない?」
彼女は優しい声で言いました。
男の人に、素直になってみよう、と勇気を出して言った言葉でした。
もっと仲良くなりたい、と思い切って願いをかけるように言います。
「私たち、友達でしょ……?」
「違う!」
男の人は、急に叫びました。
「君は、友達じゃない!」
肩で大きく息をつく彼を、彼女は呆然と眺めていました。
その、淡いブルーの瞳から涙が溢れるのに、そう時間はかかりませんでした。
それを見ると男の人は駆け出し、谷へと向かいました。
我に返った女の人は追いかけましたが……。
男の人は、消えていました。
確かにここへ走っていったはずなのに。
崖には、誰もいませんでした。
男の人の声が響いていたような気がして、彼女は耳を澄ませます。
小石が谷へ落ちていく音しか、聞こえません。
そして女の人は悲しみのあまり、谷へその身を投げましたとさ……。