2.彼女の、過去と、小人への誓いと、巣立ちと
ハッピーエンドにするつもりはないが、かといって、無理やりバットエンドにまで持っていくつもりもない。残酷な試練も、思い使命も、課す気もない。
流れに逆らわない、物語に寄り添った、等身大の展開をしていこう、と思う。ハッピーエンドになるか、バッドエンドになるか、今はまだ分からないが、しかし彼ら、彼女らの結末に、相応しい最後を、手繰り寄せるつもりだ。
ただ今、分かっていることは、少しビターな、ハードボイルドっぽいストーリーになりそうなことくらいか。
黒い小人のような生き物たちを引き連れた、毛皮を胸と腰に巻き付けただけの、その褐色の肌が目立つ恰好をした女性は、六つの目を持つ、強大な鳥型魔獣を撒き、そのまま森林に身を隠すと、真っ先に、拠点としている洞穴に逃げ帰る。
そして洞穴に、肘や肩、膝小僧などにポツポツと生えた、艶やかな黒鱗が印象的な、その体を、鈍い動きで、揺らすように歩きながら、入って行き、手に持った、自らの身長よりも頭一つ短いくらいの、長く歪な棒を、雑に、放るように置く。先程の鳥型魔獣との戦闘で付いた、大きな罅が目立つ、その長い棒は、元は白色だ、となんとなくしか分からないほど、薄汚れ、その表面の生物的な凹凸による歪さが、なんらかの巨大な動物の骨であることを予想させる。
次に彼女は「あー、しんど」と呟くと、揺れるような鈍い動きで、毛皮が敷かれた寝床に、倒れ込む。お世辞にも、寝心地の良さを見いだせない、絡み付いてくるような、ゴワつきを持つ毛皮に、包まり、その細身に見える体を擦り付ける。その小さな動作により、細身であれど、縄の編み込みのような、強い引き締まりを持つ筋の、彫りが深まる。
「もう、イヤ。なんなの、あのトリ」
顔を毛皮に押し付けながら、くぐもった声で嘆き、そして鈍くのたうつような、弱々しい動きで、体を丸める。その大胆に露出した、褐色の肌には、よく見ると、細かな白い古傷の痕が、多く浮く。
毛皮に体を埋めながら、彼女は、なぜ、わたしが、こんな目に合わなければいけないのか、と心の中で嘆く。そしてマルマと言う名の、普通の女の子として過ごし、本来ならば現在まで続くはずだった、過去を、思い出す。
マルマは、とある農村にて、ごく普通の人間の両親から、生を受け、普通の村娘としての日々を過ごしていた。
ただ、生まれつき、なぜか所々に黒い鱗が生えていることと、現在、普通の女の子よりも、かなり高身長に成長したこと。そして強大な魔獣たちが跋扈する、危険な地に迷い込み、今まで生き抜いてきたこと。そういう所は、普通とは、ちょっと違うかも、とだけマルマは思う。
農村でのマルマは、両親からは愛情深く育てられ、他の大人の村人たちからは、優しくされていたが、しかし同年代の子どもからは、イタズラされたり、のけ者にされることが、よくあった。その同年代の子どもからの、その扱いの理由は、当時のマルマには分からないでいた。しかし、少し歳を重ねる内に、マルマは、両親以外の、他の大人たちの、自分と、他の子どもたちとの、微妙な扱いの差を感じ始め、いつしかその優しさは、表面上のものでしかないことに、気が付く。
当時のマルマは、なぜ、わたしは、あの子たちと、扱いが、違うのか、わたしと、あの子たちに、何か、違いが、あるのか、と疑問を抱き、すぐに気が付いた。自分以外、村の誰も、両親でさえ、黒い鱗なんて生えていないのを。この黒い鱗は、普通と違うのだ、と。
この日々以降、現在に至るまで、マルマは他者との交流経験は、魔獣の巣窟をともに生き抜いた、自らの股下くらいの大きさの、黒い小人のような獣人たち以外にない。であっても自分の身長が、普通と違うのを、感覚的に把握している理由としては、彼女の父の存在があったからだろう。
マルマが暮らす農村において、彼女の父は、力自慢の男衆の一人であった。そんな父が、家で、たまにする、森での作業内容や、その際、出くわした魔獣の話しなどを、マルマは、なんとはなしに聞いていた。
何度かマルマは、村の男衆と並んで、森での作業に向かう、父の背中を、見送る機会があった。森での作業には、ごくまれに弱い魔獣と出くわすこともあり、力自慢の男衆で向かうのが、この農村での習わしとなる。そんな男衆の中でも、マルマの父は、背が高い方であった。他人が、いっさい来ることのない地で生きるマルマが、自身の身長が、平均的な女の子よりも高いことを、感覚的に理解できているのは、現在、男衆の中でも背が高い方であった、記憶の中の父と、近い身長まで成長したからというのがある。
同年代からは疎まれてはいたが、愛情深かった両親と、優しくはしてくれた村人たちとの生活を思い出し、マルマは、また、もどりたい、と思いながら、包まった毛皮から、体を起こす。そこで気が付く。マルマが寝転ぶ、その周りを囲うようにして、黒い鎧のような外骨格を持った小人も寝転がっていた。マルマは、片腕だけで姿勢を支えると、自らの頬に生えた黒鱗に、もう片方の手を触れるように添えると、次に、その黒鱗とそっくりな、濃い黒色をした小人の、外骨格に手を伸ばし、撫でる。そして寝転がる小人から、手を放すと、体重をかけている片腕に力を入れ、身を浮かしながら、顔を上げる。
するとマルマが顔を向けた先で、屈みこみ、その横に広い外骨格の顔を、心配そうにマルマに向ける、一人の小人の、その円らな複眼と目が合う。
片腕で、中途半端に体を浮かせた状態で静止することで、同じくらいの高さになった小人の顔と、見つめ合い、少し遅れて、マルマは少し目を見開き、「ん」と呟く。
そして少しして、マルマは、揺らめく触覚と、肉の代わりに、外骨格を持つことで、剥き出しとなった歯が、特徴的な、小人の顔に、微笑みかける。
「でも、あの日々が、続いたら、おまえたちには、会えなかったし、ね」
そう言い、マルマは、困ったように細い眉を、八の字に下げると、困ったような、小さい笑みを作ると、中途半端な姿勢から、体を起こすことで、自分より、少し下の位置にある、小人を見下ろす。
そんなマルマを、小人は、なおも見上げる。
その小人に、マルマは、圧し掛かるようにして、抱き着く。
自分よりも、かなり体格が大きいマルマが、いきなり体重をかけてくるのを、しかし小人は、いっさい揺らぐことなく受け止める。
「このまま、ここにいても、わたしじゃ、おまえたちを、守れない。あいつみたいに、うまくできない」
マルマは、小人に、体重を預けながら、そう言う。
そしてマルマは、小人から、体を放し、次に、胡坐をかいて座り直す。座った状態の、自分より、少し低い小人に、マルマは向き直る。
「こんな、やばい、魔獣の巣、これ以上、いられない。おまえたち、ここ、出るよ」
そう言いながら、マルマは心の中で、チビたちと、いっしょに、安全な場所を、みつける、と改めて誓うのだった。




