演技派
「相手は仮にも未来の皇太子妃なのに……」
「あのように接するなんて、もしかして伯爵も教養がないのかしら?」
「奥様は……ねぇ?」
周りがそんなことを囁いている。
それが聞こえたのかいないのか。
むしろその前からの会話を聞いていなかったのか。
エラはリリィの腕に己の腕を絡ませてきた。
「わたしはリリィと仲良くしたいわ! あ、リリィって呼んでもいいわよね?」
「……あなた、人の話聞いていました?」
図々しいにもほどがある。
それほど皇太子妃の友人という立場が欲しいのだろうか?
眉間に皺を寄せたリリィの腕をノアが軽く引っ張った。
「失礼。そろそろ主催に挨拶しないと」
「――そうですね。それでは」
「もう行ってしまうの? また絶対お会いしましょう!」
「…………」
エラとマルク。
全く違う反応を見せてくれる。
エラは嬉しそうに、マルクは訝しげにこちらを見てきた。
さすがにマルクは疑り深いようだ。
だがこれでいいと、リリィは笑みを返してその場を後にした。
簡単に倒せるようではつまらない。
「頭の悪そうな女だな」
「あれでも演技派なんですよ」
「君がそういうなら警戒はしておこう」
過去の自分が愚かであったことは間違いないが、エラは同じ屋敷で暮らしていたのに、あそこまでの殺意を隠していたのだ。
その演技力は本物だろう。
だから油断も慢心もしてはならない。
エラとマルクからの視線を受けつつも二人は進み、主催者であるラートン伯爵夫人のともへと向かった。
「ラートン伯爵夫人。さすがは、素晴らしいパーティーだ」
「まあ殿下、リリアナ嬢も。ご挨拶に伺わず申し訳ございません」
「いや。こちらがあれこれ動いていたからな」
ラートン夫人はそう言って頭を下げながらも、ちらちらとこちらを見てくる。
どうやら仲良さげにやってきたリリィとノアのことを気にしているようだ。
ラートン夫人はおしゃべりなことでも有名だし、彼女の話は若い令嬢たちから人気がある。
この人を使わないではないなと、リリィはノアの腕にぎゅっと抱きついた。
「私も今度パーティーを開こうと思っているんです。その際はぜひ、ラートン伯爵夫人にもお越しいただきたいと思っております」
「まあ! 素敵ですわ。……それは殿下もお越しになるのでしょうか?」
探るような視線を受けて、リリィはすっと瞳を細めた。
どうやらここまで仲睦まじい姿を見せても、信じられない人がいるようだ。
まあこの間までのリリアナに対するノアの態度を知っていれば、そう簡単には信じられないものだろう。
ならばとリリィは、さらにノアに体を押し付けた。
「もちろん殿下もお越しくださいます。そうでしょう?」
「もちろん。愛しい婚約者が開くパーティーに俺が行かなくてどうする?」
「嬉しいです。またお揃いの衣装を仕立てましょう?」
「よろこんで。君に任せるよ」
ノアはリリィの頭を優しく撫でたあと、髪をひと束救うと毛先に唇を落とした。
そんな姿をラートン夫人は瞳をまん丸にして見つめるたあと、若干引き攣った笑みを浮かべた。
「お、おほほ……。お二人とも、ずいぶん仲がよろしいようで……?」
「彼女の魅力に気づいたんです。こんなにも素敵な女性と婚約できて、俺は幸せものだ」
「殿下……。私もです」
歯の浮くようなセリフを吐けば、ラートン夫人は口端を引き攣らせた。
「そ、そうですか……。それは、素敵なことですわね……?」
「ありがとうございます。さあ、ラートン伯爵夫人も忙しいだろうし、お暇しようか」
「そうですね。それでは、失礼いたします」
ノアに腰を抱かれ、リリィはその場から離れる。
その際なにやらノアがにやにやしていたので、こっそりと聞いてみることにした。
「ラートン夫人となにかあるんですか?」
「あの女の娘を愛人に……なんて話をされて鬱陶しくてな。これで静かになるかと思うと嬉しくてな」
まだ新たな皇太子妃候補に、なんて言わないあたりいいのかとしれないが……。
さすがにこの見た目で皇太子だ。
人気がないわけがない。
これからもそんな話が出てくるのだろうなと、リリィは隣をギロリと睨みつけた。
「――浮気は許しませんから」
「そこらへんの女に興味はないが……。嫉妬されるというのも悪い気はしないな。まあ、不安にさせたくはないから君が安心できるよう務めよう」
「……別に嫉妬なんてしてません」
ただ過去を思い出して不愉快になるからやめてほしいだけだ。
だというのに、なぜかノアは嬉しそうにしている。
「さて、君の復讐相手の顔も見たし……。次の手に移ろうか?」
「――はい」
リリィはちらりと横目で楽しげなエラとマルクを見る。
見知らぬ男性と楽しそうにおしゃべりエラと、そんなエラを眉間に皺を寄せながら見つめるマルク。
「本当に――変わってなくてよかったわ」
これでやっと、進められる。




