突然の訪問
「ちょっとリリアナ! あなたノア殿下になにをしたの!?」
「……なんです? 急に」
母親が鬼のような剣幕でやってきたため、リリィは髪を梳きながらも振り返った。
オーロラに似た、しかし妙齢の女性はその美しい顔を無駄にこわばらせる。
「急に関係がよくなるなんてありえないわ! オーロラを陥れるために殿下をたぶらかしたんでしょう!?」
「そんなことで関係が良好になるのなら、オーロラには元々可能性がなかったのでは?」
「なんてことを言うの!? あの子がかわいいからってあなた嫉妬してるんでしょう!?」
リリアナも幼いころは普通に愛されていた気がする。
だがオーロラが生まれ、その可愛らしさから両親の愛情を一身に受け始めた。
リリアナは皇太子の婚約者になるも、その皇太子には相手にされていない。
親の愛情はオーロラだけに向かい、自分たちが愛するオーロラをリリアナの代わりに皇太子妃にしたいと思うようになったようだ。
オーロラなら必ず皇太子の心を掴めるだろうと。
そうなるとリリアナという存在は邪魔なのだ。
だからこそ、母はリリアナを邪険に扱う。
そんな相手に気を使う必要はないと、リリィは大きくため息をついた。
「なら殿下に直接言えばいいではないですか。オーロラを婚約者にするのはどうですか、と」
もちろんノアが拒否するのがわかっているから言えることだ。
彼がオーロラを選ぶことはない。
だからそう告げたのだが、なぜか母は名案を思いついたように手を叩いた。
「そうよ! 今度殿下をお招きして食事をしましょう。その時にオーロラの素晴らしさを伝えれば、きっと殿下はオーロラを選ぶはずだわ!」
それならそれでもう好きにしてくれと、リリィが改めて髪を梳いていてその時だ。
部屋に侍女が入ってきた。
「失礼いたします。お客様がお越しです」
「――客?」
今日は来客の予定はないはずだ。
小首を傾げるリリィのそばで、母が両手を叩いて喜び出した。
「もしかして殿下がお越しになったのかしら!? それならぜひ我が家でお食事をしてくださるよう、お願いしなくては……!」
「いえ、それが……。女性のお客様でして……」
「――女性?」
残念ながら今までリリアナを訪ねてくる人なんていなかった。
だからこそ母は怪訝そうな顔をしたが、リリィはすぐにピンとくる。
事前の連絡もなくやってくる非常識さ。
考えなくともわかるなと、立ち上がると軽く身支度を済ませる。
「――殿下ではないようですが、お母様はいつまでこの部屋に?」
「――…………お前はオーロラがいかに素晴らしい女性かを、殿下に伝えておきなさい!」
去る母の後ろ姿に軽く舌を出して、すぐに部屋をあとにした。
誰も彼もがリリィの都合なんて無視して、己の欲望のみを優先する。
吐き気がすると眉間に皺を寄せつつ応接室に入れば、吐き気はもっと強くなった。
「リリィ! 会いたくてきちゃったわ!」
「…………エラ? どうしてここに……?」
突然やってきたことを悪いとも思っていないのか、エラはリリィに向かって手を振ってくる。
「お友だちに会いにきたの! だってあれからリリィお手紙もくれないし」
手紙のやりとりなんてする必要がないからしないのだ。
確かにエラから何通か手紙が届いていたが、中を見ていない。
どうせお茶会しましょうとか、お買い物行きましょう、とかそんなところだろうと思っていたからだ。
仲良くなんてしたくないと無視したのだが、まさかこんな強行突破してくるとは思わなかった。
さすがだなと、呆れてしまう。
だがここでエラに帰れと言ったところであれこれ言い訳をしてくるだけだろう。
それがわかっているから、残念ながらこれ以上の苦言を口にすることはなかった。
面倒になったとも言える。
人の話を聞かない人間と話すことほど疲れるものはない。
エラが座る正面にあるソファに腰を下ろすと、大きめにため息をついた。
「次からは必ずこちらが許可をしてからきてちょうだい。……それで? なにかあったの?」
「だってー! 大切なお友だちにプレゼントしたいって言ったら、マルクがたくさん用意してくれたの!」
そう言ってエラが見せてきたのは、大きな宝石のついた装飾品の数々である。
それを見たリリィは思わず固まってしまう。
「素敵でしょう? リリィのためにって、用意したのよ!」
普通ならここで喜ぶのだろう。
いや、喜ばなくてはならない。
なぜならリリィは知らないはずだからだ。
その豪華絢爛な装飾品が、偽物であることを――。
(――この女……っ!)
エラは知っているはずだ。
それが本物の宝石でないことを。
だというのにこれをリリィに渡してくるのは、いったいどういう意味だろうか?
エラという存在を知らなければ、無邪気にプレゼントしてくれただけ、なんて思えたのかもしれない。
だが少なくともリリィにはそんなふうに思うことはできない。
なぜならエラの腹の内を、もう知ってしまっているからだ。
(……そう。そうくるのね?)
きっとこれは宣戦布告だ。
偽物を身につけて喜ぶリリィを、隠れて笑うつもりなのだろう。
そうはさせるか。
これ以上エラに笑われることはしたくないと、死の間際の記憶が蘇る。
作戦が成功したと笑うエラを思い出し、リリィはそっと目を閉じた。
(――そういうことなら、うまく使ってやろうじゃない)




