お望みどおり
理屈で攻めても響かないのであれば――
「……クラリス、シャナ、君たちは本当に俺を殺すのか?」
「キミアキ……何が言いたいの?」
「だって、俺たちはこれまで仲良く楽しく暮らしてきたじゃないか! 俺たちは仲間だろ! 二人は俺に対して愛着はないのか?」
少しの沈黙の後、シャナが、
「もちろん愛着はあるよ」
と答える。
「私はキミアキのことは大好きだし、愛してる」
「だったら殺すなんておかしいじゃないか! 君たちは愛する者を殺すのか」
シャナは、うんと頷く。
「もちろん無駄に殺すことはない。さっきお姉ちゃんと言ったとおり、私たちはキミアキの命をありがたくいただくんだよ」
俺には「ありがたくいただく」は「殺す」の単なる言い換えに過ぎないように思えた。しかし、姉妹にとっては、その二つの表現の間に大きな違いがあるらしい。
「私だってキミアキのことを心底愛おしく思ってるよ。今日までキミアキと過ごせて本当に楽しかった。だからこそ、私たちはキミアキの命を決して粗末にはしない」
「クラリス、だったら俺を食べるのはやめて、生かしておくべきじゃないか。これからも一つ屋根の下で一緒に暮らそうよ!」
「それはキミアキの命を粗末にしてることになると思う」
だって、とクラリスは続ける。
「たとえばキミアキが魚料理屋だとして、入荷した魚を生け簀に入れたまま放っておいたら、それはその魚の命を無駄にしてないか? ちゃんと捌いて調理するのが、その魚の命に対しての精一杯の敬意を示すことじゃないか?」
「俺は生簀の魚じゃない! 一ヶ月半の間、二人と一緒に暮らしてたじゃないか! それに二人は、俺を愛してるんだろ!?」
「私は、キミアキよりもずっと長く一緒に暮らして、ずっと長く愛情をかけてきた牛や豚や鶏の命だってありがたくいただいてるぞ」
たしかにそれはそうもしれない。クラリスが家畜に並々ならない愛情を注いでいることは、俺もよく知っている。
「キミアキはバカじゃないからもう分かっただろう。キミアキは、私たちにとって、牛や豚や鶏と同じ家畜なんだ」
「……つまり、シャナは、最初から俺を家畜にして食べるつもりで、化け物から俺を助けたってことだね?」
「そうだよ」とシャナは臆することなく答える。
「キミアキがいた森のあたりは、よく異世界生命体が出没する場所なの。だから、定期的に巡回してるんだ。化け物に先に食べられる前にキミアキを見つけられて良かったよ」
化け物を呪文によって追い払ったシャナは、「間に合って良かった」と笑顔を見せていた。あれは、先に獲物を取られずに済んだことの安堵だったらしい。
そして、今の話だと、シャナは、定期的に森を巡回し、「食用」の異世界生命体を探しているとのことだ。
それはつまり――
「この家の畑に埋まってる白骨化死体も、全て君たちが食べた異世界生命体ということだね?」
二人が、今日初めて驚いた表情を見せる。
「キミアキ、どうしてそれを知ってるんだ?」
「クラリスに畑を耕すように命じられた時に見つけたんだよ」
「私は、畑のその部分は耕すように指示してない」
それは事実である。あの時の俺は、姉妹のどちらかと結婚できることに浮かれていて、無意識のうちに命じられてない部分の畑を耕してしまっていたのである。
「まあ、今さらキミアキに隠すことは何もないな。そうだよ。あれは私たちが食べた異世界生命体の骨だ」
ただし、とクラリスは続ける。
「あれは決して『白骨化死体』なんかじゃない。私たちはそんなもったいないことはしないよ。あれは、肉を余すことなく全て食べ切った後に残った骨だ。元々白骨だよ。それを肥料にするために畑に埋めていたんだ」
「そうやって命を全て使い切ることが、私たちにできる最大限の感謝だからね」
この姉妹にとっては大事なことなのかもしれないが、白骨化死体だろうが、白骨になるまで食べ切った死体だろうが、俺にとっては大差はない。
俺は、自分が家畜であること、そして、今後の俺の運命について完全に悟った。
とはいえ、まだ分からないこともいくつかある。
「君たちが最初から俺を食べるつもりだったなら、どうして俺を家で匿って延命させたんだ? どうしてスローライフを教えて俺を幸福にしたんだ?」
「だって、最初、キミアキは不味そうだったから」
クラリスはいとも簡単にそう答える。
「現実世界で働き詰めだったキミアキは、完全に病気の状態だった。顔色も悪く、頬もげっそり痩せててさ。だから、食べる前に『治療』が必要だったのさ」
たしかにクラリスは「治療方法」としてスローライフを提案してくれたのである。
「ストレスが溜まってると、家畜の肉っていうのは不味くなるんだよ。だから、キミアキからストレスを取り除く必要があった」
クラリスが提案してくれたスローライフはストレスフリーな生き方であった。クラリスの提案に、そんな邪な思惑があるなどとはつゆ思わず、俺は今まで姉妹に心から感謝していたのである。
「結婚の話はどうなんだ? 俺を結婚相手にするためにこの家に置いているという話は嘘だったのか!?」
案の定、シャナは「嘘だよ」と答える。
「そりゃなるべく嘘はつきたくなかったんだけど、あの時、この家で『世話』をされていることに疑問を持っていたキミアキを納得させるためには、必要な嘘だったの。鶏が逃げないようにケージで囲うのと一緒で、異世界生命体を逃がさないためには最低限の嘘は必要なんだよね」
ちょっと待って、とクラリスが口を挟む。
「シャナの嘘は突発的なもので、私も面食らった。だけど、私たち姉妹は君の意思を尊重することにしたんだよ。シャナが嘘を吐いた後に、私たちは二人で約束をした。私かシャナ、君が選んでくれた方が君を独占して食べれるということをね」
クラリスはニヤリと笑う。
「今日を迎えるまでドキドキだったよ。私は、キミアキのことが大好きだ。だから、キミアキは絶対に私が食べたかったんだ」
「私だって、キミアキを食べたい」
目の前の美少女二人が、俺の目には悪魔にしか見えなくなっていた。
「結果として、キミアキは、私たちのうち一方に絞れない、と言ったよね。私たち二人とずっと一緒にいたいと言ったよね」
シャナが、宝石のついた杖の先端を、俺の胸にぴったりと付ける。
「私たちは、キミアキの意思を尊重するよ。キミアキは、私たち二人で仲良く分け合って食べる。そうすれば、キミアキは私たちの身体の一部となって、私たちとずっと一緒にいられるでしょ? これでキミアキのお望みどおりだよね? ね?」
次回最終話です。